『魔王討伐クエスト』で役に立たないからと勇者パーティーに追い出された回復師は新たな仲間と無双する〜PK集団が英雄になるって、マジですか!?〜

あーもんど

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第六章

第265話『説得《徳正 side》』

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「主君、一つお願いがあるんだけど────俺とラーちゃんを置いて、先に行っていてほしい。今だけ、二人きりにして欲しいんだ」

 『頼む』と言って、頭を下げる俺は出来る限りの誠意を示した。
突然の申し出に目を剥く周囲の面々は俺と主君を交互に見つめる。

「ちょっ……!徳正さん、何を言っているんですか!?こんな大変な時に……!」

 『ワガママ言わないで下さい!』と叱り付けてくるラーちゃんはヒョイッと俺の腕から飛び降りた。
瀕死状態だったのが嘘のようにピンピンしている彼女は真正面から俺と向き合う。
困惑の入り混じったエメラルドの瞳は俺の行動に不信感……というか、違和感を抱いているようだった。

『ラミエルの言う通りだ。こんな大変な時に別行動を取るなんて、有り得ない』

「そうだーそうだー!ラミエルを独り占めしようなんて、ずるーい!」

「論点はそこじゃないと思うけど、アラクネちゃんが休めなくなるのは困るわね。ボス戦で疲れているでしょうし」

 口々に反対意見を主張するラルカ、シムナ、ヴィエラ姉様の三人は俺に諦めを促す。
極一名ほど反対理由が私情まみれだが、彼らの主張は正論そのものだった。

 俺っちだって、分かっている……今は何よりもノースダンジョン攻略を優先するべきだって。でも……それでも、俺っちは────ラーちゃんを優先したい。ゲーム攻略より、ラーちゃんの方が大事だから。

「無理を言っている自覚はある。でも、今回だけは俺のワガママを聞いて欲しい……心からのお願いだ」

 男のプライドも徳正のキャラ・・・・・・も全部捨てて、俺はもう一度頭を下げた。
精一杯の誠意を見せる俺に、シムナ達は驚いようにピタッと身動きを止める。何故ここまで真剣なのか?と首を傾げる彼らは一旦口を閉ざした。
悩むような動作を見せる彼らは判断を仰ぐように、主君へ目を向ける。
黙りこくる主君に注目が集まる中────ふと一人の少女が彼の前に歩み出た。

「────あ、あの……頭首様!私からもお願いします!徳正さんとラミエルさんを二人きりにしてあげて下さい!私なら、休憩なしでも大丈夫ですので!」

 ボスフロア全体に響くほどの大声で賛成の意を示したのは────他の誰でもないあーちゃんだった。
胸元をギュッと握り締める彼女はちょっと泣きそうになりながら、ペコリと頭を下げる。
臆病で引っ込み思案な彼女の助太刀に、この場に居る誰もが目を見開いた。

 あーちゃんは誰よりも自己主張が苦手で、自分の意見を口にすることはほとんどないのに……。やっぱり、あーちゃんも今のラーちゃんを放っておくのは危険だって考えているのか。まあ、さっきの肉壁発言を聞けば、誰だって危機感を覚えるよね……。

 自己犠牲を厭わないラーちゃんの主張を思い返し、俺は不安げに瞳を揺らした。
頭を下げたまま動かない俺達を前に、主君は一歩前へ出る。そして、ポンッと俺達の肩にそれぞれ手を置いた。

「分かった。そこまで言うなら────お前達の願いを叶えてやる」

 『虐殺の紅月』のトップらしい傲慢な物言いで、主君は俺の願いを受け入れる。
あーちゃんの助太刀が効いたのか、周りから反対意見が出てくることはなかった。当事者であるラーちゃんすら、口を閉ざしている。
パッと顔を上げた俺はあーちゃんと目配せし合い、ラーちゃんの意識改善を約束するのだった。

 勇気を出して主張してくれたあーちゃんのためにも、ラーちゃんの考えを変えなくちゃ。『私は肉壁です』なんて、もう二度と言わせないよ。

 グッと拳を握りしめ、決意を固める俺は目の前に立つラーちゃんを見下ろす。
『一体、何の用だろう?』と首を傾げる彼女は何故こうなったのか、全く分かっていないようだった。鈍感なラーちゃんを前に、これは骨が折れそうだと苦笑する。

「おい、お前達。さっさと次へ行くぞ。時間が勿体ない」

 長居は無用だと言い捨てる主君はクルリと身を翻し、出口へ向かって歩き出した。
そうなるとシムナ達も動かないといけない訳で……渋々動き出す。
『何かあったら、大声で叫ぶんだよ』とラーちゃんに言い聞かせる彼らはまるで俺を飢えた獣のように扱った。
ちょっと……いや、かなり納得はいかないが、口を挟むと話が長くなるのでグッと堪える。
『さっさと行ってくれ』と切に願う中、ようやく彼らはボスフロアから出ていった。

 ふぅ……とりあえず、これでラーちゃんとゆっくり話が出来るね。ここなら、魔物モンスターも入って来ないから、安全だし。

 徐々に通さがっていく足音を聞き流す俺は改めてラーちゃんと向き合う。
未だかつてないほど緊張する俺はキュッと唇を引き結び、少し肩の力を抜いた。

「ら、ラーちゃん……」

「はい」

「先に一つ確認しておきたいんだけど、何で俺っちがラーちゃんと二人きりになりたいって言ったのか、分かる……?」

「いえ、全く分かりません」

 フルフルと首を左右に振るラーちゃんは良くも悪くも淡々としていた。
『やっぱり、何も分かっていなかったか』と落胆する俺は少し眉尻を下げる。
どこから話すべきかと思い悩む俺はこちらを真っ直ぐに見つめるエメラルドの瞳に、一瞬息が詰まった。

 ラーちゃんの考え方は大分歪んでいると言うのに、この目は相変わらず綺麗だね。曇りなき眼とでも言うべきかな……?こんなに真っ直ぐに見つめられると、自分の価値観がおかしいんじゃないかと疑いたくなるよ。

「────常識って……普通って、何なんだろうね」

「えっ?」

「あぁ、いや……何でもないよ。こっちの話。それより、本題に入ろうか」

 ニッコリ微笑んで話を切り出す俺は、頭に思い浮かんだ疑問を適当に誤魔化した。
パチパチと瞬きを繰り返すラーちゃんは不思議そうに首を傾げるものの、『はい』と素直に頷く。
一見すると、いつも通りに見える彼女の姿に、俺はスッと目を細めた。

「あのさ、ラーちゃん。さっき、『自分は肉壁のようなものです』って言ったこと覚えている?」

「はい、覚えています」

 一切言い淀むことなく、淡々と答えるラーちゃんに『躊躇』という言葉はなかった。
『あれは言葉の綾で……!』と否定することも、訂正することもない……本当にそう思い込んでいるのだと、再認識する結果となった。

「……そっか。それなら、話は早いね。あのね、ラーちゃん。俺っちは……いや、俺は────」

 そこで一度言葉を切ると、俺は涙を堪えるようにグッと拳を握り締めた。

「────ラーちゃんを肉壁だと思ったことなんて、一度もないよ」

 頑張って絞り出した声は情けないほど震えていて……心底格好悪い。
『ダサすぎる……』と自嘲しながらも、俺は自分の気持ちが少しでもラーちゃんの心に届くように、言葉を続けた。

「ラーちゃんは肉壁なんかじゃない。『虐殺の紅月』の参謀で、FRO随一の回復師ヒーラーで、俺っちの愛する人だよ。だから、自分が傷つくのが当たり前だと思わないでほしい。もっと自分を大切にしてほしいんだ」

 自己犠牲が普通だと思ってはダメだと言い募る俺はラーちゃんの肩に手を掛ける。
優しく諭すような物言いで説得する俺を前に、ラーちゃんは不意に俯いた。
どこか様子のおかしい彼女に、俺は困惑気味に眉尻を下げる。

「ら、ラーちゃん……?どうかした……?」

「……」

「もしかして、どこか具合が悪いの?」

「……」

「ラーちゃん……?」

 突然無言になったラーちゃんに動揺を隠し切れない俺は『もしかして、怒ったんじゃ……?』と焦りを覚える。
慌てる俺を前に、彼女は暫く黙り込み……ふと顔を上げた。

「────どうして、そうしなきゃいけないんですか……?」

「えっ……?」

 開口一番に告げられた言葉に、俺は思わず固まった。
謎掛けでも冗談でもない単純な疑問に、どう答えればいいのか分からない……。俺の言葉が、気持ちが、願いが……何一つ彼女に届いていない現状に、頭が追いつかなかった。

「徳正さんの考えはよく分かりません……。私はただ、ラミエルなら・・・・・・そうすると思って行動しただけです」

 まるでそれが社会の常識だとでも言うように、ラーちゃんは一瞬の躊躇いもなく、そう言い切った。
言葉の端々から彼女の狂気が垣間見え、俺は言葉を失う。何をどうしたら、こうなるのかと……問い質したくなった。

 ラーちゃんのこの考え方はレオンくん達を失った悲しみから出来たものだと思っていたけど……違うような気がする。どちらかと言うと、これは────生まれ育った環境から芽生えたものだ。きっと、この考え方の根底にあるものは俺が思うよりずっと深く……そして、強くラーちゃんを縛り付けている。

 ゴクリと喉を鳴らす俺は気づいてしまったある一つの可能性に、戦慄を覚えた。
『説得不可能』という文字が脳裏を過る中、ラーちゃんは俺の手をそっと掴む。その手は────少し震えていた。

「徳正さん、私は────皆の思い描く私じゃなきゃきけないんです。ゲームでも、リアルでも……」

「なっ……!?それは違うよ……!!」

 反射的に反論の言葉を口にする俺はブンブンと首を左右に振って、否定する。
その瞬間────ラーちゃんは俺の手を強く握り、いきなり距離を詰めてきた。

「何も知らないくせに、口出ししないで!私は皆の理想にならなきゃダメなの!そう教えられて、育ったから!私の生き方を……今までの人生を否定しないでよ!」

 感情のタガが外れたように喚き散らすラーちゃんはどこか苦しそうだった。
冷静沈着で、優しくて、賢い“ラミエル”を剥ぎ取った彼女は驚くほど脆くて儚い。今にも消えてしまいそうな彼女はポロリと一筋の涙を零す。

 ────助けて。

 そう言われた気がした。
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