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第六章

第255話『壊れていく心』

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「ご報告申し上げます。軟禁中のカインは────『紅蓮の夜叉』の幹部であるレオンさんに殺されました。また、実行犯である彼も自害し、先程死亡が確認されました」

 出来るだけ平静に……私情を挟まぬよう淡々と事実を告げた。
ゲーム攻略の鍵と呼ばれるカインの死亡とレオンさんの自害に、周囲はどよめく。
そして────信頼する仲間をまた一人失ったヘスティアさんはその場で腰を抜かした。
倒れ込みそうになる彼女をリーダーが咄嗟に支える。既に限界を迎えていたヘスティアさんは更なる追い討ちに、静かに涙を流した。

「レ、オンが死んだだと……?ははっ……これでは、私が一人になってしまうでは無いか」

 乾いた笑みを零すヘスティアさんは壊れた人形のように全身から力を抜く。
今にも崩れ落ちそうな彼女をリーダーは無言で抱き上げた。
小さな体を震わせるヘスティアさんに、『炎帝』としての威厳や面影はもうない。

「私はどうすれば、良かったんだ……」

 心からの嘆きを口にしたヘスティアさんは現実から目を背けるように、顔を手で覆い隠した。
『もう嫌だ』とでも言うように首を振り、縮こまっている。
この場に居る誰もがヘスティアさんに同情する中────青髪の美青年がこちらに視線を向けた。

「報告ご苦労。ところで、ラミエルは何故ここに?眠ったんじゃないのか?」

 そう問い掛けてくるニールさんは私の証言を疑っていると言うより、単純に疑問に感じたようだ。

 まあ、非戦闘要員である私に限界突破オーバーラインした勇者と上位ランカーの狂戦士バーサーカーを殺す力はないからね。彼らの不意をつける立場ではあるけど、一撃で確実に仕留めなきゃいけないから、かなり難しい……。

「実は夜中に目が覚めてしまって……なかなか寝付けなかったので、夜景でも見に行こうと思ったんです。それで、洞窟の出入口へ行こうとしたら道に迷ってしまって……気づいたら、ここに」

「つまり、迷子だったって訳か」

 神妙な面持ちでそう呟くニールさんは至って真剣なのに……話の内容がどうも下らない。
今になって、羞恥心がぶり返してきた私は僅かに頬を赤く染めて俯いた。
周囲の人々は私の失敗談に頬を緩め、悲しみに満ち溢れた室内は少し和む。

「事情は大体呑み込めた。また後で詳しい話を聞きに行くかもしれないから、頭に入れておいてくれ。それから、明日の会議は朝からの予定だったが、昼の一時に変更する。異論のある奴は居るか?」

 我々の睡眠時間を考慮した変更に、誰も異を唱えることはなかった。
黙ってニールさんの意見に頷き、この場に居ない者達へ向けてメッセージを打ち始める。
これなら、情報伝達もスムーズに行くだろう。

「では、この場は一旦解散とする。各々部屋へ戻り、しっかり休んでくれ」

 明日に……いや、ゲーム攻略に備えて休むよう告げるニールさんに促され、周囲の人々は散り散りになっていく。
張り詰めていた緊張の糸が解ける中、私はゆっくりと立ち上がった。
でも、まだショックから立ち直れていないのか少しフラついてしまう。

「おっと……ラーちゃん、大丈夫?」

「は、はい……ありがとうございます」

 私の腰に手を回した徳正さんは、フラついた体を咄嗟に支えてくれた。
気遣わしげな視線をこちらに向ける彼は腰に腕を回したまま、私から離れようとしない。
いつものセクハラ行為ではなく、ただ単に私のことが心配なのだろう。

「ラーちゃん、邪魔かもしれないけど、今日は朝まで傍に居るよ」

「えっ……!?それはさすがに悪いですよ……!サウスダンジョンの攻略が終わったばかりなんですから、今日はしっかり休んでください!」

 そこまで甘えられないと首を横に振り、断固拒否の姿勢を見せた。
一人で大丈夫だと言い張る私は徳正さんの腕から逃れるようと、身じろぎする────が、しかし……逆に強く抱き締められてしまった。

「サウスダンジョン攻略とか、疲労とか……そんなのどうでもいいよ。俺っちにとって、重要なのはラーちゃんだけ。好きな人が苦しんでいるのに休んでなんかいられないよ。お願いだから、ラーちゃんの傍に居させて?」

 コツンッとお互いの額をくっ付けて、徳正さんは私の顔を覗き込んできた。
どこか切ない表情を浮かべ、『お願い』と私に懇願する。
子犬のようなつぶらな瞳で見つめられ、私は『はぁ……』と息を吐き出した。

 これは駄目って言っても、無理そう……影魔法を使ってでも、私の監視とお世話をしそうだ。

「……分かりました。そこまで言うなら、お願いします」

 なんだかんだ、徳正さんの“お願い”に弱い私は彼の熱意に折れる形で付き添いを許可するのだった。

◇◆◇◆

 『紅蓮の夜叉』のギルドメンバーに案内を頼み、無事部屋へ戻った私は結局一睡も出来なかった。
付き添いの徳正さんとベッドに並んで座り、ひたすら下らない話をするだけ……。暗い気持ちを誤魔化すかのように、私達は昼過ぎまで喋り倒した。

 徳正さんが居てくれて、良かった……多分一人だったら、自己嫌悪に陥っていただろうから。下手したら、私もレオンさんみたいに自殺していたかもしれない。『仲間の死を止められなかった自分に生きる価値はない』とか言いながら……。

 最悪の結末を思い浮かべる私は隣に座る徳正さんを見つめ、僅かに頬を緩めた。

「そう言えば、今頃あっちはどうなっていますかね?ノースダンジョンの攻略について、話し合うと言っていましたが……」

 現在進行形で執り行われている同盟会議を思い出し、何の気なしに質問を投げ掛ける。
『昨日のショックが大きいだろうから』と会議の参加を見送られた私は待機命令を出されていた。
ちなみに徳正さんは私の付き添いとして、自主的に会議を欠席している。

「今頃、ノースダンジョンの攻略に誰が行くかで揉めているんじゃない~?ランカー達の他界で人員が不足しているし、『紅蓮の弓矢』は今まともに動ける状態じゃないからさ~。地上の守りも念頭に置かなきゃいけないから、『蒼天のソレーユ』も下手に動けないし~」

 自由に動かせる勢力が少ないと語る徳正さんはベッドの上に手を付き、そこに体重を乗せた。
ギシッと鳴るスプリングの音を聞き流し、私は『上手く話が纏まるといいんですけど……』と不安を漏らす。
会議の結果が気になってしょうがない私は興奮を抑えるように足を前後に揺らした。
この場に僅かな沈黙が降り立つ中────コンコンッと不意に扉がノックされる。

「ラミエル、俺だ」

 扉越しに聞こえた声はリーダーのもので……私は慌てて『どうぞ』と入室許可を出した。
『失礼する』と律儀に声を掛けるリーダーはガチャッと扉を開けて、中へ入ってくる。
その後ろにはラルカさんとニールさんの姿もあった。

 あっ!そう言えば、ラルカさんも一応ここに泊まってたんだよね……すっかり忘れていた。

 完全に存在を忘れ去られていたクマの着ぐるみはリーダーの後ろから、ひょこっと顔を出し、ホワイトボードをこちらに向ける。そこには『昨日は駆けつけてやれなくて、すまなかった。爆睡していた』と書かれていた。
シュンと肩を落とすラルカさんに、寝ていたならしょうがないと小さく笑う。
正直、あれはラルカさんが来たところでどうにかなる問題じゃないため、気に病む必要は全くなかった。

「ねぇ、主君~。会議はもう終わったの~?もっと掛かると思ったんだけど~」

 『随分早かったね』と笑う徳正さんはベッドから立ち上がり、近くの壁に寄り掛かる。
延期でもしたのだろうか?と疑問に思う中、リーダーは口を開いた。

「ああ、無事終わった。ノースダンジョン攻略の話し合いについては、な」

「ふ~ん?じゃあ、聞くけど────ノースダンジョン攻略には誰が行くことになったの~?」

 まるで他人事のようにそう問い掛ける徳正さんだったが、その目は笑っていなかった。
答えを急かすその眼差しに、リーダーは一つ息を吐く。

「ノースダンジョンの攻略には────我々『虐殺の紅月』が行くことになった」

「へぇ~?それで他は~?」

 いい戦力になる我々『虐殺の紅月』が出陣するのは大体分かっていたので、特に驚かない。
言葉の先を促す徳正さんに、リーダーはどこか気まずそうに視線を逸らした。

「────他はいない……俺達七人だけだ」

「「はっ……?」」

 予想の斜め上を行く回答に、私と徳正さんは思わずハモってしまう。
呆然とする私達を前に、今までずっと無言を貫いてきたニールさんが説明を始めた。

「ランカー揃いの高火力パーティーである『虐殺の紅月』をノースダンジョン攻略に向かわせる代わりに、残った全員で地上を守ることになったんだ。正直、イーストダンジョン攻略もサウスダンジョン攻略もお前達に頼りきりだったし、我々が居なくても大丈夫だと思ったんだ。まあ、危険な任務に違いはないが……」

 少数精鋭で挑むって訳か……確かにリスクは高いけど、その言い分には一理ある。体力温存という名目では、ニールさん達の力も役に立ったけど、そこまで重要じゃないから……。こう言ってはなんだけど、守る手間が省ける分、もっと楽に攻略出来そう。
それにうちは意外とバランスの取れたパーティーだし……ちょっとゴリ押し技が多いだけで。

 顎に手を当てて真剣に考え込む私は『やってみる価値はありますね』と頷く。
壁際に控える徳正さんも驚きこそすれ、反対する気はないのか、肩を竦めた。

「会議の決定には従うよ。でも────ラーちゃんの参加は強制しないでほしい。あんなことがあった後なんだから」

 ゆっくりと体を起こした徳正さんはいつになく、真剣な表情でリーダーを見つめた。

「もし、強制するなら俺っちはラーちゃんを連れて逃げる。この子にもう無理はさせられない。これ以上、同盟メンバーのワガママを聞く気は無いよ」

「え、ちょっ……!?徳正さん、何を言って……!?」

 リーダー達から私を庇うように前へ出た徳正さんは、手に武器を持っていた。
敵対行動と見られてもおかしくない暴挙に、私はオロオロする。
一触即発の雰囲気を放つ彼に『落ち着いてください』と声を掛ける中────リーダーはパッと両手を上げた。

「ああ、分かっている。俺も同じ気持ちだ。だから────」

 そこで一度言葉を切ると、リーダーはこちらに目を向け、手を差し伸べた。

「────ラミエル自身に判断してもらうために会いに来た」

 強制するつもりは毛頭ないと言い切ったリーダーに、徳正さんはスッと目を細める。そして、静かに刀を鞘へ収めた。
場を譲るように横へ移動し、おもむろに両腕を組む。

「考える時間を与えられなくて悪いが、今ここでお前の答えを聞かせて欲しい。色々あって、今日中に出立することになったんだ」

 『すまない』と謝罪するリーダーは私の前で跪き、下から顔を覗き込んできた。
誰が相手であっても決して膝を折らなかったリーダーが今、私に跪いている。これこそがリーダーの示す誠意であり、信頼の証だった。

 ノースダンジョン攻略には様々な危険が付きまとうだろう。『虐殺の紅月』のメンバーが勢揃いしているとはいえ、安全とは言い切れない。もしかしたら、また友人や仲間の死を目の当たりにするかもしれなかった。でも……。

「アスタルテさん達から受け継いだ信念バトンを放棄する訳にはいきません。私もノースダンジョン攻略に参加します」

 だって────皆の思い描く優しいラミエルなら・・・・・・・・・、そうしただろうから。

 とは言わずに私はニッコリ微笑んだ。
差し出されたリーダーの手を取り、『ノースダンジョン攻略、頑張りましょうね!』と意気込む。
────こうして、私はノースダンジョン攻略に力を貸すことになった。
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