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第六章
第252話『誰よりも愛している《レオン side》』
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アヤの訃報を聞いた俺は会議室を出て、近くの休憩室に籠っていた。
洞窟特有の湿っぽい空気がこの場を満たす中、俺はベッドに腰を下ろす。
極端に家具が少ないこの空間は昼寝に最適で、愛用していた。
「それでよく『寝過ぎだ』って叱られて、アヤに叩き起されていたっけ……?昼寝が長すぎて、約束の時間をすっぽかしたときは特に酷かったな……ははっ」
乾いた笑い声を上げる俺は遠い昔のように思える幸せな日々を思い起こし、スッと目を細めた。
寝坊助の俺を起こしに来てくれるアヤはもう居ないのだと悟り、キュッと口を引き結ぶ。
一度芽生えた殺意はなかなか消えず、勇者への憎悪ばかり積もっていった。
あの勇者が……カインがただひたすら憎い。アヤは俺の唯一無二であり、誰よりも愛しい人であり、生きる希望だったのに……。
「俺の人生って、本当にクソだな……」
ボソッと呟いた言葉はシーンと静まり返った空間によく響き、より俺を惨めにさせる。
グニャリと顔を歪める俺はベッドに体を沈めた。
酷い孤独感と喪失感に苛まれながら、そっと目を閉じる。
────脳裏に思い浮かぶのは、華々しいとは言い難い今までの人生だった。
◇◆◇◆
俺────中条 玲於は生まれて直ぐに親に捨てられ、児童養護施設で育った。
あまり贅沢は出来なかったが、毎月お小遣いをくれるし、高校にも進学出来た。
高校卒業後は施設を出て、工事現場の作業員として働いている。年収三百万以下の安月給ではあるが、独身なので特に問題は無い。
就職して、二年くらいはひたすら働いてお金を貯め続けた。
そして、ある程度まとまったお金を手に入れた俺は『自分に何かご褒美を買おう』と決心する。
今まで私的な買い物などしたことが無い俺はあちこち回って、悩んだ結果……VRゲームの本体とカセットを買うことにした。
そのゲームこそが────Free Rule Onlineだ。
現実とは全く違う世界に飛び込んだ俺は信じられない速度でFROにハマっていった。
実際の自分とは似ても似つかない外見、口調、性格……まるで新しい自分に生まれ変わったような感覚だった。
生まれて初めて楽しいと思える出来事に巡り会えた俺はプライベートの時間を全てゲームに当て、どんどんレベルを上げて行った。
ゲーム世界限定ではあるが、心強い仲間や気のいい友人も居る。
これ以上望むものはないと断言出来るほど、順風満帆な人生を送っていた。
でも、それは間違いだったと気付かされる。だって────甘く甘美な恋の味を知ってしまったから。
当時、ランカーに仲間入りしたばかりの俺は知り合いのヘスティアに連れられて、行きつけの酒屋を訪れていた。
ガヤガヤと騒がしい店内を一瞥し、目の前の人物に目を向ける。
ヘスティアの隣に座るその人物はツインテールにした長い髪をサラリと揺らした。
『紅蓮の夜叉』の創設に先立って、紹介したい人が居ると言われて来てみたが……こいつがそうなのか?ヘスティアの知り合いだって言うから、てっきり男かと思ったぜ……。
『女性の知り合いも居るんだな』と失礼なことを考えていれば、不意に彼女と目が合う。
宝石のエメラルドを彷彿させる緑の瞳は凛としていて、美しかった。
「ご挨拶が遅くなって、申し訳ありません。私はヘスティアさんの友人である、アヤと申します。『紅蓮の夜叉』の創設と運営に携わる予定なのでよろしくお願いします」
ペコリと小さく頭を下げる彼女は『気軽にアヤとお呼びください』と付け加える。
アヤへの第一印象は『真面目でしっかり者』だった。
「ああ、こっちこそよろしく。俺はレオンだ」
ヘスティア以外の女と関わる機会があまりなかった俺はつい素っ気ない態度を取ってしまう。
もっと社交的に接しないと……と思うものの、頭が真っ白になって何も言えなかった。
ポリポリと頬を掻き、視線を右往左往させる俺にヘスティアは肩を竦める。
「さて、自己紹介も終わったところだし、早速『紅蓮の夜叉』の創設について話し合おう!まず、ギルドメンバーの募集についてだが……」
気を利かせたヘスティアは早速本題に入り、ギルドメンバーの採用基準について話し始める。
心の中でヘスティアに『サンキュー!』とお礼を言いながら、俺はあれこれ意見を出した。
────それから、三時間ほどかけて応募者の推定数やオーディションの会場、面接の日程などを話し合う。
頭脳派のアヤが居たおかげか、思いのほか話し合いはスムーズに進み、予定時間より早く終わった。
上機嫌なヘスティアがお会計に行ったところで、俺とアヤは店の出入口に向かう。
他の客の邪魔にならないよう壁際へ寄り、ヘスティアの帰りを待った。
今日出会ったばかりの女と二人きりになるのは緊張するな……何か話した方がいいだろうか?でも、一体何を話せばいいんだ……?普通の女って、どんな話題を好むんだ……?
現実世界でもゲーム世界でも女性に免疫のない俺は困り果ててしまう。
男のように豪快なヘスティアとは似ても似つかないアヤにどう接すればいいのか悩んでいると────プッと彼女が吹き出した。
「ふふふふっ……!そう身構えなくても、大丈夫ですよ。ヘスティアさんと同じように接して頂いて、構いません。多少乱暴な態度でも大丈夫です。私達はもう仲間なんですから、気を使う必要はありませんよ」
笑いながらそう告げるアヤは凄く楽しそうで、ちょっと幼く見えた。
凛とした表情が多かったせいか、笑顔の破壊力は半端なく……ついつい見惚れてしまう。
男らしいヘスティアとは似ても似つかない可愛らしい笑い声と表情に、ノックアウト寸前だった。
女性に免疫がないとはいえ、チョロ過ぎんだろ、俺……!!もっとしっかりしろ……!!これじゃあ、恋愛に不慣れな童貞みたいじゃねぇーか!!まあ、その通りなんだけど……!!
グッと胸元を握りしめる俺は早々に悟った────この女には多分一生敵わない、と。
こんなにも可愛くて、優しい彼女に逆らうことなんて出来ない。先に惚れた時点で、俺に勝ち目なんてないんだ。
僅かに頬を赤く染めた俺はクスクスと楽しげに笑うアヤを見下ろす。
恋なんて自分とは無縁だろうと思っていたが、俺はこの日────アヤに恋をした。
◇◆◇◆
それから、俺はアヤの厳しい一面や子供っぽい一面も目の当たりにしたが……不思議と気持ちが冷めることはなかった。
むしろ、好きという感情が膨らんでいくばかり……今までの人生が霞んで見えるほど、アヤとの時間は幸せだった。
「まあ、もう二度とアヤには会えないんだけどな……あいつのせいで」
グッと強く拳を握り締める俺は先程までの幸せな気持ちが嘘のように憎悪した。
アヤの面影を探す度、アヤとの思い出を振り返る度、アヤへの気持ちを確認する度、殺意は膨れ上がる。
俺の人生を鮮やかに彩ってくれた彼女を失うのは死ぬより辛いことだった。
所詮はネット恋愛だろ?と馬鹿にされるかもしれないが、アヤは俺の全てだったんだ……。彼女の居ない世界なんて、何の価値もない。生きる意味すら見出せない……。
モノクロの世界に閉じ込められたような感覚に陥りながら、俺はふと瞼を上げる。
ゲーム内ディスプレイに表示された時刻には、十二時十五分と書かれていた。
「もう夜中か……」
ナイトタイムに差し掛かったことに気づき、俺はゆっくりと身を起こす。
大分時間が経ったと言うのに、胸の奥に擽る怒りや殺意はまだ消えていなかった。
ベッドから立ち上がった俺はテーブルの上に置いた大剣を手に取る。
「悪い、ヘスティア……それから、セトも。俺は────俺のやりたいようにやる。もう迷わない」
一番の友人であるヘスティアと大切な後輩であるセトに謝り、俺はそっと部屋を後にした。
洞窟特有の湿っぽい空気がこの場を満たす中、俺はベッドに腰を下ろす。
極端に家具が少ないこの空間は昼寝に最適で、愛用していた。
「それでよく『寝過ぎだ』って叱られて、アヤに叩き起されていたっけ……?昼寝が長すぎて、約束の時間をすっぽかしたときは特に酷かったな……ははっ」
乾いた笑い声を上げる俺は遠い昔のように思える幸せな日々を思い起こし、スッと目を細めた。
寝坊助の俺を起こしに来てくれるアヤはもう居ないのだと悟り、キュッと口を引き結ぶ。
一度芽生えた殺意はなかなか消えず、勇者への憎悪ばかり積もっていった。
あの勇者が……カインがただひたすら憎い。アヤは俺の唯一無二であり、誰よりも愛しい人であり、生きる希望だったのに……。
「俺の人生って、本当にクソだな……」
ボソッと呟いた言葉はシーンと静まり返った空間によく響き、より俺を惨めにさせる。
グニャリと顔を歪める俺はベッドに体を沈めた。
酷い孤独感と喪失感に苛まれながら、そっと目を閉じる。
────脳裏に思い浮かぶのは、華々しいとは言い難い今までの人生だった。
◇◆◇◆
俺────中条 玲於は生まれて直ぐに親に捨てられ、児童養護施設で育った。
あまり贅沢は出来なかったが、毎月お小遣いをくれるし、高校にも進学出来た。
高校卒業後は施設を出て、工事現場の作業員として働いている。年収三百万以下の安月給ではあるが、独身なので特に問題は無い。
就職して、二年くらいはひたすら働いてお金を貯め続けた。
そして、ある程度まとまったお金を手に入れた俺は『自分に何かご褒美を買おう』と決心する。
今まで私的な買い物などしたことが無い俺はあちこち回って、悩んだ結果……VRゲームの本体とカセットを買うことにした。
そのゲームこそが────Free Rule Onlineだ。
現実とは全く違う世界に飛び込んだ俺は信じられない速度でFROにハマっていった。
実際の自分とは似ても似つかない外見、口調、性格……まるで新しい自分に生まれ変わったような感覚だった。
生まれて初めて楽しいと思える出来事に巡り会えた俺はプライベートの時間を全てゲームに当て、どんどんレベルを上げて行った。
ゲーム世界限定ではあるが、心強い仲間や気のいい友人も居る。
これ以上望むものはないと断言出来るほど、順風満帆な人生を送っていた。
でも、それは間違いだったと気付かされる。だって────甘く甘美な恋の味を知ってしまったから。
当時、ランカーに仲間入りしたばかりの俺は知り合いのヘスティアに連れられて、行きつけの酒屋を訪れていた。
ガヤガヤと騒がしい店内を一瞥し、目の前の人物に目を向ける。
ヘスティアの隣に座るその人物はツインテールにした長い髪をサラリと揺らした。
『紅蓮の夜叉』の創設に先立って、紹介したい人が居ると言われて来てみたが……こいつがそうなのか?ヘスティアの知り合いだって言うから、てっきり男かと思ったぜ……。
『女性の知り合いも居るんだな』と失礼なことを考えていれば、不意に彼女と目が合う。
宝石のエメラルドを彷彿させる緑の瞳は凛としていて、美しかった。
「ご挨拶が遅くなって、申し訳ありません。私はヘスティアさんの友人である、アヤと申します。『紅蓮の夜叉』の創設と運営に携わる予定なのでよろしくお願いします」
ペコリと小さく頭を下げる彼女は『気軽にアヤとお呼びください』と付け加える。
アヤへの第一印象は『真面目でしっかり者』だった。
「ああ、こっちこそよろしく。俺はレオンだ」
ヘスティア以外の女と関わる機会があまりなかった俺はつい素っ気ない態度を取ってしまう。
もっと社交的に接しないと……と思うものの、頭が真っ白になって何も言えなかった。
ポリポリと頬を掻き、視線を右往左往させる俺にヘスティアは肩を竦める。
「さて、自己紹介も終わったところだし、早速『紅蓮の夜叉』の創設について話し合おう!まず、ギルドメンバーの募集についてだが……」
気を利かせたヘスティアは早速本題に入り、ギルドメンバーの採用基準について話し始める。
心の中でヘスティアに『サンキュー!』とお礼を言いながら、俺はあれこれ意見を出した。
────それから、三時間ほどかけて応募者の推定数やオーディションの会場、面接の日程などを話し合う。
頭脳派のアヤが居たおかげか、思いのほか話し合いはスムーズに進み、予定時間より早く終わった。
上機嫌なヘスティアがお会計に行ったところで、俺とアヤは店の出入口に向かう。
他の客の邪魔にならないよう壁際へ寄り、ヘスティアの帰りを待った。
今日出会ったばかりの女と二人きりになるのは緊張するな……何か話した方がいいだろうか?でも、一体何を話せばいいんだ……?普通の女って、どんな話題を好むんだ……?
現実世界でもゲーム世界でも女性に免疫のない俺は困り果ててしまう。
男のように豪快なヘスティアとは似ても似つかないアヤにどう接すればいいのか悩んでいると────プッと彼女が吹き出した。
「ふふふふっ……!そう身構えなくても、大丈夫ですよ。ヘスティアさんと同じように接して頂いて、構いません。多少乱暴な態度でも大丈夫です。私達はもう仲間なんですから、気を使う必要はありませんよ」
笑いながらそう告げるアヤは凄く楽しそうで、ちょっと幼く見えた。
凛とした表情が多かったせいか、笑顔の破壊力は半端なく……ついつい見惚れてしまう。
男らしいヘスティアとは似ても似つかない可愛らしい笑い声と表情に、ノックアウト寸前だった。
女性に免疫がないとはいえ、チョロ過ぎんだろ、俺……!!もっとしっかりしろ……!!これじゃあ、恋愛に不慣れな童貞みたいじゃねぇーか!!まあ、その通りなんだけど……!!
グッと胸元を握りしめる俺は早々に悟った────この女には多分一生敵わない、と。
こんなにも可愛くて、優しい彼女に逆らうことなんて出来ない。先に惚れた時点で、俺に勝ち目なんてないんだ。
僅かに頬を赤く染めた俺はクスクスと楽しげに笑うアヤを見下ろす。
恋なんて自分とは無縁だろうと思っていたが、俺はこの日────アヤに恋をした。
◇◆◇◆
それから、俺はアヤの厳しい一面や子供っぽい一面も目の当たりにしたが……不思議と気持ちが冷めることはなかった。
むしろ、好きという感情が膨らんでいくばかり……今までの人生が霞んで見えるほど、アヤとの時間は幸せだった。
「まあ、もう二度とアヤには会えないんだけどな……あいつのせいで」
グッと強く拳を握り締める俺は先程までの幸せな気持ちが嘘のように憎悪した。
アヤの面影を探す度、アヤとの思い出を振り返る度、アヤへの気持ちを確認する度、殺意は膨れ上がる。
俺の人生を鮮やかに彩ってくれた彼女を失うのは死ぬより辛いことだった。
所詮はネット恋愛だろ?と馬鹿にされるかもしれないが、アヤは俺の全てだったんだ……。彼女の居ない世界なんて、何の価値もない。生きる意味すら見出せない……。
モノクロの世界に閉じ込められたような感覚に陥りながら、俺はふと瞼を上げる。
ゲーム内ディスプレイに表示された時刻には、十二時十五分と書かれていた。
「もう夜中か……」
ナイトタイムに差し掛かったことに気づき、俺はゆっくりと身を起こす。
大分時間が経ったと言うのに、胸の奥に擽る怒りや殺意はまだ消えていなかった。
ベッドから立ち上がった俺はテーブルの上に置いた大剣を手に取る。
「悪い、ヘスティア……それから、セトも。俺は────俺のやりたいようにやる。もう迷わない」
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