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第六章
第250話『無念と涙《ヘスティア side》』
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「アヤ達が死んだ原因は勇者カインが────『仲間の絆』というスキルを使ったせいだ」
出来るだけ平静を装うものの、少し声が震えてしまった。
胸の奥底から湧き上がる激情を抑え込み、何とか感情を押し殺す。
歯を食いしばる私の前で、この場に集まったプレイヤー達は固まった。
戸惑いを隠し切れない彼らは驚きのあまり声も出ないようで、互いに目配せし合う。
アヤ達の死が味方によるものだと知り、困惑しているのだろう。
「『仲間の絆』って、確かオーバーラインで得たスキルだよな……?」
「ああ……仲間のHPやMPを吸い取って、攻撃力を上げるっていう、はた迷惑なスキルだ」
「ということは、まさか……」
────仲間のHPやMPを限界まで吸い尽くしたってことか?
セリフの後半部分をわざと濁した同盟メンバーはこちらに気遣わしげな視線を向ける。
でも、掛ける言葉が見つからないのか、みんな口を閉ざしてしまった。
この場に沈黙が降り立つ中、私は『ふぅ……』と一つ息を吐く。
「これから、当時の状況を出来るだけ事細かに話していく。途中で何度か言い淀むかもしれないが、最後まで聞いてくれ」
そう前置きした上で、私はアヤ達の最期をゆっくりと語り始めた。
「ウエストダンジョンの攻略自体は途中まで……ダンジョンボスと戦うまで順調だったんだ。その戦いだって、苦戦を強いられたものの、何とか勝てそうだった。でも────勇者カインの暴走のせいで全てが狂ってしまったんだ」
怒りと悲しみでどうにかなりそうな私は目尻に涙を浮かべ、体を震わせる。
脳裏を過ぎるのは────最期まで笑顔だった仲間達の姿だった。
◇◆◇◆
ウエストダンジョン攻略もいよいよ大詰めとなった頃────我々選抜メンバーはダンジョンボスのヒュドールと対峙していた。
少数精鋭で挑んだボス戦は苦戦を強いられ、あまり思わしい状況じゃない。
相手が水を司るドラゴンだったこともあり、私との相性は最悪だった。
でも、皆で力を合わせて何とか勝ち筋を見出したのだ。
マヤが展開した毒魔法のおかげでヒュドールの動きは大分鈍くなっている。あとは最高火力でぶっ飛ばせば、何とかなる筈だ。
「よし!皆、あともう一踏ん張りだ!」
肉体的にも精神的にも追い込まれた仲間達にそう声を掛ければ、『はい!』と元気のいい返事が返ってくる。
やる気に満ち溢れた彼らはそれぞれ武器を手に取り、ラストスパートを掛けた。
ヒュドールの気を引いてくれる仲間に感謝しながら、私は火炎魔法の準備に入る。
まさに全てが順調だった────ここまでは……。
「チッ!俺の出番が少なすぎる……!俺は勇者なんだぞ!?もっと目立つべきだろ……!!」
ウエストダンジョン攻略で大した功績を上げられなかった勇者カインは苛立たしげにそう吐き捨てる。
ファルコと一緒になってヒュドールの注意を引きながら、彼は険しい表情を浮かべた。
かと思えば、何か思い付いたようにパッと表情を明るくさせる。
「そうだ!あのスキルをここで使っちまおう!それでダンジョンボスを倒すんだ!そうすれば、俺様の実力は本物だと証明出来る!」
無名と交わしたあの約束を気にしているのか、彼はそんな暴論に思い至った。
勝手極まりない行動だが、こちらが止める前に彼は実行に移してしまう……。
「スキル発動────|《仲間の絆》!」
周囲への迷惑など顧みず、勇者カインはオーバーラインで得たスキルを発動してしまった。
刹那────我々選抜メンバーの体から、蛍のような光が無数に飛び出る。
と同時に私達の残りHPやMPが秒単位で減り始めた。
ビックリして目を見開く私達を他所に、その光は彼の元へ集い、体内へ取り込まれていく。
火炎魔法の発動に必要なMPすら奪われ、エラーが発生した。
う、嘘だろ……?もうほとんどMPが残っていない……!HPも半分を切っている……!あいつは一体どれだけ吸い取るつもりなんだ……!?
「おい!もうやめろ!これ以上は死んでしまう!」
恐怖を覚えるほどの吸収量に声を荒げれば、カインは顔を顰めた。
「俺の糧になれるんだから、別にいいだろ!文句言うな!」
両目を吊り上げる彼はこちらの話を全く聞こうとしない。
何故ラミエルやセトが『サムヒーロー』を……カインを毛嫌いしているのか、少し分かった気がした。
あまりにも自分勝手すぎる……!こいつを連れて来たのは……いや、『サムヒーロー』を攻略同盟へ引き込んだのは失敗だったか……!?
焦る私を置いて、どんどんステータスが吸収されていく。
残りHPが二百を切る頃────突然、私の周りに半透明の壁が出来た。
それと同時にHPの吸収が止んだ。
「────ヘスティアさん、あとは任せます」
聞き慣れた声が耳を掠め、慌てて振り返ると────そこには穏やかに微笑むアヤの姿があった。
その手には空になった瓶が握られている。恐らく、咄嗟の判断でマジックポーションを飲み、結界を張ったのだろう。
ただ、私を守るので精一杯だったのか────彼女の周りには結界がなかった。
アヤは……自分の命より、私を優先したのだ。それがどれだけ危険な決断かも分かっていながら……それでも私を選んでくれた。
「っ……!!アヤ……!!私のことより、自分のことを……!!」
お前を犠牲にしてまで生きたくないと叫ぶと、彼女はただ首を横に振った。
全てを悟ったような顔で緩やかに口角を上げる。
「ヘスティアさん、最期に一つだけお願いがあります。レオンに────『喧嘩別れになってしまったけれど、貴方をずっと愛している』と伝えてください」
普段なら絶対に口しない愛の告白を言い、アヤは────光の粒子と化した。
陽だまりみたいに温かい光が彼女の体を崩壊させ、跡形もなく消し去っていく。
まるで最初から存在しなかったかのように……。
でも、私の周囲を取り囲む半透明の結界が彼女の存在を誇示していた。
自分が死んでも私を守れるよう、結界に継続時間を設けたのだろう。
最後の最後まで抜かりのない奴だな、お前は……。私はいつもお前に助けられてばかりだ。
「ヘスティアさん、出来れば私達の遺言もお願いするのですよ~」
「ヘスティアにこんな役割を押し付けるんは酷やけど、頼むわ。ワイらの頼みも聞いてくれ」
必死に涙を堪える私に、アスタルテとファルコは明るく話し掛けた。
死を間近に控えた人間とは思えないほど、陽気な彼らはニッコリ笑う。
ゲーム世界だから死の恐怖が薄れているんだろうが……それにしたって元気すぎた。
「まずは、『プタハのアトリエ』の皆に感謝を伝えて欲しいのです。こんなギルマスに付いてきてくれてありがとう、と……それから、田中の野郎にアイテム製造班のことは任せるって伝えて欲しいなのです~!あとあと!ラミエルさんに『友達になってくれて、ありがとう。凄く楽しかった』って伝えてくれると助かるのです!」
ビシッと敬礼する幼女は可愛らしく、どこまでも無邪気だった。
本当の子供のように振る舞う彼女を前に、私は唇を噛み締める。
なんて言えばいいのか分からず、黙っていると────彼女の体は光の粒子に包まれた。
淡い光に身を委ねるアスタルテはただ無邪気に笑う。鈍感な私では、彼女の心境を察することは出来なかった。
アスタルテ……お前は結局最後まで胸の内を語ることはなかったな。最後くらい、怖いと泣き叫んでも良かったのに……!
ギュッと拳を握り締め、顔を歪めていると……不意にアキラと目が合った。
「俺も伝言を頼んでいいだろうか……?もし、ゲームを攻略して無事現実世界へ帰れたら、俺の妹にこう伝えて欲しい。幸せになってくれ、と……。それから、ラミエルに『あのとき、味方になれなくてすまなかった』と俺の代わりに謝って欲しい」
『不躾な頼みですまない』と謝罪するアキラは少しだけ表情を和らげた。
それを合図に、彼の体は光の粒子に変わり……徐々に崩壊していく。
潔く死を受けいれた彼は死ぬ直前まで泣き言を吐かなかった。
「────あ、あの……!私もいいですか……!?」
女性特有の高い声が聞こえ、そちらに目を向ければ、マヤの姿があった。
とんがり帽子のつばをキュッと握る彼女は緊張した面持ちでこちらを見据える。
「もし、現実世界に帰れたら両親に『親不孝な娘でごめんなさい』とお伝えください。それから、ラミエルに『カインを止められなくて、ごめん。賛成しないと、パーティーから外すって言われて逆らえなかった』と謝っておいてください。お願いします」
ペコリと丁寧に頭を下げる彼女は毅然とした態度で顔を上げる。
凛々しい表情を浮かべる彼女は最後の強がりとして、笑ってみせた。
引き攣った笑みを浮かべるアヤは堂々と胸を張る。潤んだ目に後悔が滲む頃────彼女の体は淡い光に包まれる。
『あとは頼みます』という言葉を最後に、彼女の体は完全に消えた。
「────ほな、ワイで最後やな」
死の余韻に浸る暇もなく、ファルコの番となる。
獣人化を保つのも難しいのか、彼の外見は普通のプレイヤーと全く変わらなかった。
「時間もあらへんし、パパッと話すで。まず、『牙』のメンバーに俺が死んでもしっかりやって行くよう伝えてくれ。同盟に残るかどうかは任せるが、何らかの形でゲーム攻略に協力してくれると助かるともな」
僅かに目を細めるファルコはギルドメンバーのことを思い出しているのか、表情が柔らかかった。
「それから、もう一つ……これは伝言やなくて、ただのお願いや」
そう前置きするファルコは真剣な表情で私を見据える。
普段のおちゃらけた雰囲気は一切なく、『天空の覇者』としての威厳を放っていた。
「ヘスティア、ワイらの分までしっかり頼むで。この地獄から皆を解放してやって欲しい。ワイらの死は捨ておけ。死を悔やむのは────全てが終わってからでええんや。せやから、笑え!お前に暗い顔なんて似合わん!」
唇の両端に指先を当て、口角を上げる彼はニカッと笑ってみせた。
ファルコなりの精一杯のエールを受け取り、私は必死に口角を上げる。
引き攣った笑みを浮かべる私に、ファルコはプッと吹き出した。
「はははっ!ブッサイクやなぁ!」
明るい笑い声が響き渡る中────ファルコの体は光の粒子に変化する。
淡い光に包まれる彼は死を目前にしても、笑みを絶やさなかった。
笑いながら死んでいくファルコに、『行かないでくれ!』と縋りそうになる。
でも、自分の感情を押し殺して応援してくれた彼にそんなことは出来なかった。
「っ……!!約束だ!!必ず、この地獄を終わらせてみせる!!だから……だからっ!安心して、眠ってくれ……!」
ファルコの体が完全に消える直前にそう誓えば、彼は『ありがとう』と微笑んだ。
穏やかな笑みを浮かべる彼は一秒と待たずに消滅する。
五人のプレイヤーに託された希望や想いは想像以上に重かった。
ファルコに『ワイらの死は捨ておけ』と言われたばかりなのに……後悔の念が耐えない。笑うことすら難しかった。
ポロリと涙を流す私を他所に────勇者カインは意気揚々と走り出す。
仲間の力を吸収した彼はホクホク顔で、『力が漲ってくる!』と目を輝かせた。
ヒュドールの傍まで駆け寄ると、大きく剣を振り被る。そして、勢いよく剣を振り下ろした。
五人分のステータスを乗せた一撃は強烈で、あっという間にヒュドールの首を斬り落とす。
ミスリルの剣より硬いドラゴンの鱗をいとも簡単に切り刻んでしまった。
たったの一撃で、ヒュドールを……凄まじい威力だな。まあ、五人も犠牲にしていれば当たり前か……。
腹の底から湧き上がる怒りと悲しみに、私はただ静かに耐える。
本音を言えば、今すぐこいつを殺してしまいたいが、ゲーム攻略には勇者の力が必要だった。ファルコと交わした約束を守るため、私は殺意を押し殺す。
────無念しか残らなかったウエストダンジョン攻略はこうして幕を閉ざした。
出来るだけ平静を装うものの、少し声が震えてしまった。
胸の奥底から湧き上がる激情を抑え込み、何とか感情を押し殺す。
歯を食いしばる私の前で、この場に集まったプレイヤー達は固まった。
戸惑いを隠し切れない彼らは驚きのあまり声も出ないようで、互いに目配せし合う。
アヤ達の死が味方によるものだと知り、困惑しているのだろう。
「『仲間の絆』って、確かオーバーラインで得たスキルだよな……?」
「ああ……仲間のHPやMPを吸い取って、攻撃力を上げるっていう、はた迷惑なスキルだ」
「ということは、まさか……」
────仲間のHPやMPを限界まで吸い尽くしたってことか?
セリフの後半部分をわざと濁した同盟メンバーはこちらに気遣わしげな視線を向ける。
でも、掛ける言葉が見つからないのか、みんな口を閉ざしてしまった。
この場に沈黙が降り立つ中、私は『ふぅ……』と一つ息を吐く。
「これから、当時の状況を出来るだけ事細かに話していく。途中で何度か言い淀むかもしれないが、最後まで聞いてくれ」
そう前置きした上で、私はアヤ達の最期をゆっくりと語り始めた。
「ウエストダンジョンの攻略自体は途中まで……ダンジョンボスと戦うまで順調だったんだ。その戦いだって、苦戦を強いられたものの、何とか勝てそうだった。でも────勇者カインの暴走のせいで全てが狂ってしまったんだ」
怒りと悲しみでどうにかなりそうな私は目尻に涙を浮かべ、体を震わせる。
脳裏を過ぎるのは────最期まで笑顔だった仲間達の姿だった。
◇◆◇◆
ウエストダンジョン攻略もいよいよ大詰めとなった頃────我々選抜メンバーはダンジョンボスのヒュドールと対峙していた。
少数精鋭で挑んだボス戦は苦戦を強いられ、あまり思わしい状況じゃない。
相手が水を司るドラゴンだったこともあり、私との相性は最悪だった。
でも、皆で力を合わせて何とか勝ち筋を見出したのだ。
マヤが展開した毒魔法のおかげでヒュドールの動きは大分鈍くなっている。あとは最高火力でぶっ飛ばせば、何とかなる筈だ。
「よし!皆、あともう一踏ん張りだ!」
肉体的にも精神的にも追い込まれた仲間達にそう声を掛ければ、『はい!』と元気のいい返事が返ってくる。
やる気に満ち溢れた彼らはそれぞれ武器を手に取り、ラストスパートを掛けた。
ヒュドールの気を引いてくれる仲間に感謝しながら、私は火炎魔法の準備に入る。
まさに全てが順調だった────ここまでは……。
「チッ!俺の出番が少なすぎる……!俺は勇者なんだぞ!?もっと目立つべきだろ……!!」
ウエストダンジョン攻略で大した功績を上げられなかった勇者カインは苛立たしげにそう吐き捨てる。
ファルコと一緒になってヒュドールの注意を引きながら、彼は険しい表情を浮かべた。
かと思えば、何か思い付いたようにパッと表情を明るくさせる。
「そうだ!あのスキルをここで使っちまおう!それでダンジョンボスを倒すんだ!そうすれば、俺様の実力は本物だと証明出来る!」
無名と交わしたあの約束を気にしているのか、彼はそんな暴論に思い至った。
勝手極まりない行動だが、こちらが止める前に彼は実行に移してしまう……。
「スキル発動────|《仲間の絆》!」
周囲への迷惑など顧みず、勇者カインはオーバーラインで得たスキルを発動してしまった。
刹那────我々選抜メンバーの体から、蛍のような光が無数に飛び出る。
と同時に私達の残りHPやMPが秒単位で減り始めた。
ビックリして目を見開く私達を他所に、その光は彼の元へ集い、体内へ取り込まれていく。
火炎魔法の発動に必要なMPすら奪われ、エラーが発生した。
う、嘘だろ……?もうほとんどMPが残っていない……!HPも半分を切っている……!あいつは一体どれだけ吸い取るつもりなんだ……!?
「おい!もうやめろ!これ以上は死んでしまう!」
恐怖を覚えるほどの吸収量に声を荒げれば、カインは顔を顰めた。
「俺の糧になれるんだから、別にいいだろ!文句言うな!」
両目を吊り上げる彼はこちらの話を全く聞こうとしない。
何故ラミエルやセトが『サムヒーロー』を……カインを毛嫌いしているのか、少し分かった気がした。
あまりにも自分勝手すぎる……!こいつを連れて来たのは……いや、『サムヒーロー』を攻略同盟へ引き込んだのは失敗だったか……!?
焦る私を置いて、どんどんステータスが吸収されていく。
残りHPが二百を切る頃────突然、私の周りに半透明の壁が出来た。
それと同時にHPの吸収が止んだ。
「────ヘスティアさん、あとは任せます」
聞き慣れた声が耳を掠め、慌てて振り返ると────そこには穏やかに微笑むアヤの姿があった。
その手には空になった瓶が握られている。恐らく、咄嗟の判断でマジックポーションを飲み、結界を張ったのだろう。
ただ、私を守るので精一杯だったのか────彼女の周りには結界がなかった。
アヤは……自分の命より、私を優先したのだ。それがどれだけ危険な決断かも分かっていながら……それでも私を選んでくれた。
「っ……!!アヤ……!!私のことより、自分のことを……!!」
お前を犠牲にしてまで生きたくないと叫ぶと、彼女はただ首を横に振った。
全てを悟ったような顔で緩やかに口角を上げる。
「ヘスティアさん、最期に一つだけお願いがあります。レオンに────『喧嘩別れになってしまったけれど、貴方をずっと愛している』と伝えてください」
普段なら絶対に口しない愛の告白を言い、アヤは────光の粒子と化した。
陽だまりみたいに温かい光が彼女の体を崩壊させ、跡形もなく消し去っていく。
まるで最初から存在しなかったかのように……。
でも、私の周囲を取り囲む半透明の結界が彼女の存在を誇示していた。
自分が死んでも私を守れるよう、結界に継続時間を設けたのだろう。
最後の最後まで抜かりのない奴だな、お前は……。私はいつもお前に助けられてばかりだ。
「ヘスティアさん、出来れば私達の遺言もお願いするのですよ~」
「ヘスティアにこんな役割を押し付けるんは酷やけど、頼むわ。ワイらの頼みも聞いてくれ」
必死に涙を堪える私に、アスタルテとファルコは明るく話し掛けた。
死を間近に控えた人間とは思えないほど、陽気な彼らはニッコリ笑う。
ゲーム世界だから死の恐怖が薄れているんだろうが……それにしたって元気すぎた。
「まずは、『プタハのアトリエ』の皆に感謝を伝えて欲しいのです。こんなギルマスに付いてきてくれてありがとう、と……それから、田中の野郎にアイテム製造班のことは任せるって伝えて欲しいなのです~!あとあと!ラミエルさんに『友達になってくれて、ありがとう。凄く楽しかった』って伝えてくれると助かるのです!」
ビシッと敬礼する幼女は可愛らしく、どこまでも無邪気だった。
本当の子供のように振る舞う彼女を前に、私は唇を噛み締める。
なんて言えばいいのか分からず、黙っていると────彼女の体は光の粒子に包まれた。
淡い光に身を委ねるアスタルテはただ無邪気に笑う。鈍感な私では、彼女の心境を察することは出来なかった。
アスタルテ……お前は結局最後まで胸の内を語ることはなかったな。最後くらい、怖いと泣き叫んでも良かったのに……!
ギュッと拳を握り締め、顔を歪めていると……不意にアキラと目が合った。
「俺も伝言を頼んでいいだろうか……?もし、ゲームを攻略して無事現実世界へ帰れたら、俺の妹にこう伝えて欲しい。幸せになってくれ、と……。それから、ラミエルに『あのとき、味方になれなくてすまなかった』と俺の代わりに謝って欲しい」
『不躾な頼みですまない』と謝罪するアキラは少しだけ表情を和らげた。
それを合図に、彼の体は光の粒子に変わり……徐々に崩壊していく。
潔く死を受けいれた彼は死ぬ直前まで泣き言を吐かなかった。
「────あ、あの……!私もいいですか……!?」
女性特有の高い声が聞こえ、そちらに目を向ければ、マヤの姿があった。
とんがり帽子のつばをキュッと握る彼女は緊張した面持ちでこちらを見据える。
「もし、現実世界に帰れたら両親に『親不孝な娘でごめんなさい』とお伝えください。それから、ラミエルに『カインを止められなくて、ごめん。賛成しないと、パーティーから外すって言われて逆らえなかった』と謝っておいてください。お願いします」
ペコリと丁寧に頭を下げる彼女は毅然とした態度で顔を上げる。
凛々しい表情を浮かべる彼女は最後の強がりとして、笑ってみせた。
引き攣った笑みを浮かべるアヤは堂々と胸を張る。潤んだ目に後悔が滲む頃────彼女の体は淡い光に包まれる。
『あとは頼みます』という言葉を最後に、彼女の体は完全に消えた。
「────ほな、ワイで最後やな」
死の余韻に浸る暇もなく、ファルコの番となる。
獣人化を保つのも難しいのか、彼の外見は普通のプレイヤーと全く変わらなかった。
「時間もあらへんし、パパッと話すで。まず、『牙』のメンバーに俺が死んでもしっかりやって行くよう伝えてくれ。同盟に残るかどうかは任せるが、何らかの形でゲーム攻略に協力してくれると助かるともな」
僅かに目を細めるファルコはギルドメンバーのことを思い出しているのか、表情が柔らかかった。
「それから、もう一つ……これは伝言やなくて、ただのお願いや」
そう前置きするファルコは真剣な表情で私を見据える。
普段のおちゃらけた雰囲気は一切なく、『天空の覇者』としての威厳を放っていた。
「ヘスティア、ワイらの分までしっかり頼むで。この地獄から皆を解放してやって欲しい。ワイらの死は捨ておけ。死を悔やむのは────全てが終わってからでええんや。せやから、笑え!お前に暗い顔なんて似合わん!」
唇の両端に指先を当て、口角を上げる彼はニカッと笑ってみせた。
ファルコなりの精一杯のエールを受け取り、私は必死に口角を上げる。
引き攣った笑みを浮かべる私に、ファルコはプッと吹き出した。
「はははっ!ブッサイクやなぁ!」
明るい笑い声が響き渡る中────ファルコの体は光の粒子に変化する。
淡い光に包まれる彼は死を目前にしても、笑みを絶やさなかった。
笑いながら死んでいくファルコに、『行かないでくれ!』と縋りそうになる。
でも、自分の感情を押し殺して応援してくれた彼にそんなことは出来なかった。
「っ……!!約束だ!!必ず、この地獄を終わらせてみせる!!だから……だからっ!安心して、眠ってくれ……!」
ファルコの体が完全に消える直前にそう誓えば、彼は『ありがとう』と微笑んだ。
穏やかな笑みを浮かべる彼は一秒と待たずに消滅する。
五人のプレイヤーに託された希望や想いは想像以上に重かった。
ファルコに『ワイらの死は捨ておけ』と言われたばかりなのに……後悔の念が耐えない。笑うことすら難しかった。
ポロリと涙を流す私を他所に────勇者カインは意気揚々と走り出す。
仲間の力を吸収した彼はホクホク顔で、『力が漲ってくる!』と目を輝かせた。
ヒュドールの傍まで駆け寄ると、大きく剣を振り被る。そして、勢いよく剣を振り下ろした。
五人分のステータスを乗せた一撃は強烈で、あっという間にヒュドールの首を斬り落とす。
ミスリルの剣より硬いドラゴンの鱗をいとも簡単に切り刻んでしまった。
たったの一撃で、ヒュドールを……凄まじい威力だな。まあ、五人も犠牲にしていれば当たり前か……。
腹の底から湧き上がる怒りと悲しみに、私はただ静かに耐える。
本音を言えば、今すぐこいつを殺してしまいたいが、ゲーム攻略には勇者の力が必要だった。ファルコと交わした約束を守るため、私は殺意を押し殺す。
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自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
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