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第五章

第240話『ファフニールの能力解析』

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「ファフニールの特性や能力を把握するために、これを奴の翼に投げつけるつもりです。もし、私の予想が当たっていれば────クナイはファフニールの翼に触れた瞬間、腐る筈です」

 ファフニールの口から放たれた黒い何かは奴の翼……らしきものを形成している黒い靄によく似ている。見た目だけで言えば、全く同じだ。
だから、まずあの翼にも物を腐らせる能力があるのか確認する。それを確認しないことには無闇に近づけない。

 クナイをギュッと握り締める私の傍で、徳正さんは『なるほどね~』と呟き、黒い靄で形成された翼を見つめた。
ゆらゆらと揺れる靄を前に、彼は目を細め、トンッと軽く地面を蹴り上げる。
ふわりと体が宙に浮いた直後────私達の元いた場所に鱗で覆われた尻尾が叩きつけられた。

『ふむ……なかなか勘が鋭いのぉ。まさか、外すとは思わなかった。完全に油断したと思ったんじゃがなぁ』

 渋い声でそう零すファフニールは『残念だ』と言わんばかりにパタパタと尻尾を縦に振る。
かなり冷静さを取り戻しているみたいだが、奴の目には若干の焦りが見えた。
己の能力を見破られそうになり、不安になっているのかもしれない。

 ファフニールの能力解析が少しずつ進んでいるのに対して、私達の能力は一切分かっていないからね。情報戦で負けるのを恐れているのだろう。
まあ、だからと言って遠慮する気はないけど。

 天井ギリギリまで舞い上がった私はカチャッとクナイを構え、黒い靄に狙いを定める。
そして、毒針を投げるのと同じ要領で手に持つクナイを投げた。
回復師ヒーラーが投げたものなので、ちょっとスピードは劣るが、ファフニールの翼目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。
────が、しかし……それをファフニールが見逃す訳がなく、長い尻尾を振りあげた。

『ふんっ!こんなもの叩き落としてくれるわ!』

 私の頑張りを嘲笑うかのようにクナイを尻尾で弾いたファフニールは愉快げに目を細める。
嬉しそうに尻尾を左右に振るダンジョンボスだったが……喜ぶのはまだ早かった。

「────残念だったね!こっちが本命だよ☆」

 そんな声が聞こえたかと思えば、奴の翼を形成する黒い靄に────弓矢が貫通する。
リアムさんの愛用する弓矢はそのまま壁に突き刺さり……爛れるようにじわじわと腐って行った。
想像通りの結果に私はニヤリと口角を上げ、白髪アシメの美男子にサムズアップする。

「リアムさん、ナイスです!タイミングもバッチリでした!」

「ははっ!ありがとう。でも、褒め言葉なら“死屍累々の王”に送っておくれ。僕はただ彼の指示に従っただけさ。ラミエルの思惑を真っ先に察し、行動に移したのは彼なんだから」

 そう言って、リーダーの方を振り返ったリアムさんはニッコリ微笑んだ。
首根っこを掴まれた状態なので、いまいち格好がつかないが……。

 なるほど。私の思惑を察したのはリアムさんじゃなくて、リーダーだったのか。道理で作戦の流れがスムーズだな、と思ったよ。

「お力添え、感謝します。リーダーのおかげで作戦が上手く行きました」

「いや、大したことはやっていない。作戦が上手くいったのは単純にこいつの腕が良かったからだ」
 
 指示出し以外は何もやっていないと語る銀髪の美丈夫は手に持つ白髪アシメの美男子をプラプラと揺さぶった。
されるがままのリアムさんは『はっはっはっはっ!』と楽しげに笑っている。
緊張感もクソもない二人のやり取りに苦笑を浮かべていると、私を抱っこした徳正さんが床に着地した。

 とりあえず、これで私の予想が正しかったことは証明出来た。また、尻尾に弾かれたクナイが腐っていないことから、ファフニールの体そのものに腐敗の力はないと推測出来る。
恐らく、腐敗の力を持っているのはあの翼とブレスだけだ。

 翼に関しては自由自在に動かせる訳ではないようだし、ブレスだけ警戒すればいいか。
腐敗の力は強力だけど、当たらなければ問題ないし。効果は異なるけど、性能自体はバハムートと変わらなさそう。
となると、バハムート戦で使用した討伐方法が有効になる訳だけど────。

「────魔法使いが居ないんですよね……」

 目元を手で覆い隠す私は溜め息混じりにそう呟いた。
ファフニールの攻撃を避けまくるクマの着ぐるみと銀髪の美丈夫を見つめ、『ふぅ……』と息を吐き出す。

 前回のバハムート戦では、ヴィエラさんが相手に不利なフィールドを作ることでブレスの使用を制限し、勝利を勝ち取った。
だが、今回は優秀な魔法使いが居ない……。一応徳正さんの影魔法があるけど、今はクールタイムCT中なんだよね……正直、クールタイムCTが終わるまで待っていられない。

 今回の選抜メンバーは物理攻撃に特化しているから、火力で押し切ることも出来るけど……あの鱗がねぇ……。
シムナさん愛用の斧すら砕くドラゴンの鱗を物理攻撃だけで何とか出来るとは思えない……。スキルを使えば、ワンチャンあるけど……どう頑張っても武器が壊れる未来しか見えない。

 いっそ、素手で戦う?いや、それはさすがに可哀想か……斧すら砕く鱗を素手で殴ったりしたら、怪我しちゃうもんね。

「はぁ……せめて、聖属性のスキルか魔法を使える人が居ればなぁ……腐敗は浄化の力に弱いだろうし」

 どう頑張っても勝ち筋が見えない戦いにヤキモキしていれば────不意に紺髪の美丈夫が目に入った。
クマの着ぐるみに物理的に振り回されるセトは『ぎゃぁぁぁああ!!』と叫び声を上げている。
元パーティーメンバーの情けない姿に、私は苦笑を漏らした。

 ジェットコースター並のスピードと機動力で動き回るから怖いのは分かるけど、怖がりすぎでしょ。仮にも男の子なんだから、もうちょっと頑張りなよ。
サムヒーロー時代は魔王の幹部にも怯まず、私の前に立って守ってくれたのに。ガラハドの盾に聖魔法を掛けてさ、幹部にトドメを刺したことも……って、ちょっと待って!?聖魔法!?

 頭の中からすっぽり抜け落ちていたセトのステータスを振り返り、私はカッと目を見開いた。
脳内に様々な憶測と仮説が飛び交い、『もしかしたら、行けるかもしれない……』と一つの可能性を見出す。
まだ聖魔法が有効と決まった訳でも、セトの実力が通用すると分かった訳でもないが、賭けてみる価値は充分あった。

「ラルカさんは即時離脱!リーダーはそのままファフニールの牽制を続けてください!」

「『承知した|(分かった)』」

 私の指示に即座に応じたクマの着ぐるみと銀髪の美丈夫は各々自分の役割を果たすために動き出す。
我々の会話を聞いていたファフニールがラルカさんを逃がすまいと手を伸ばすが……リアムさんの弓矢に邪魔された。
リーダー率いる牽制組がファフニールの前に立ちはだかる。チッと大きく舌打ちする青緑色のドラゴンだったが、さすがに彼らを無視する訳にはいかず……戦うしかなかった。

 あっちには、とんでもない遠隔操作リモートコントロール能力を持つリアムさんと化け物並みの破壊力を持つリーダーが居るからね。無視したくても出来ないだろう。余所見なんてすれば、一瞬で急所を撃ち抜かれるだろうし。

 頼もしいチームメンバーの存在に頬を緩めれば、セトとレオンさんを担いだラルカさんが我々の元へやってきた。
クマの着ぐるみは両脇に担ぐ二人からパッと手を離し、私と向き合う。

『指示通り離脱してきたが、何か策でもあるのか?』

 ホワイトボード片手にコテリと首を傾げるラルカさんに、私は『はい!』と元気よく頷いた。
そして、床に座り込む紺髪の美丈夫に目を向ける。
私の視線に気づいたセトは僅かに顔を上げると、不思議そうに首を傾げた。

「ねぇ、セト。ガラハドの盾って、まだ持っているよね?」

「あ、ああ……持っているけど……」

 『何で今、そんなに質問をするんだ?』と眉を顰めるセトに、私はニッコリ笑い掛ける。

「そっか。なら、良かった。それじゃあ────ガラハドの盾で強化した聖魔法をファフニールに撃ち込んで来てくれない?」
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