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第五章

第229話『勘違い』

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「皆さん、そのままの状態で聞いてください。今から、私・セト・ニールさんを除く五人で一斉にナイチンゲールを倒して貰います。綿密な打ち合わせをしている暇はないので、今回はニールさんのスキルを使い、作戦に挑んでもらいます。くれぐれも事故が起きないようにお願いします」

 そう指示を出せば、徳正さんとラルカさんが瞬時に武器を構え、リアムさんが弓矢を手に持った。
前線でナイチンゲールと対峙していたレオンさんとリーダーはタイミングを見計らって、一旦後ろに下がる。
その間にナイチンゲールが減った分の分身体を補うように再び分身した。

 オリジナルも合わせて、ナイチンゲールの数はちょうど二十体……私の数え間違えではなさそうね。

「セトはリアムさんの傍で待機。カニスの時のように悪足掻きをする可能性があるから、しっかりリアムさんを守って」

「分かった」

 リアムさんの傍でオロオロしていたセトは私の言葉に力強く頷くと、リアムさんの斜め後ろに立った。
弓の邪魔にならないよう配慮しつつも、直ぐにフォローに入れる位置に移動したのだろう。

 リアムさんのことはセトに任せるとして……私はニールさんの護衛に回ろう。さすがにフロアボスとやり合えるだけの力は持っていないが、牽制や時間稼ぎくらいは私にも出来る。
作戦の要とも言えるニールさんだけは何としてでも守らなくては。

 懐から短剣を取り出した私はニールさんの前に立ち、それを構える。
ナイチンゲールの美しい鳴き声がボスフロアに響き渡る中、マジックポーションで魔力MP回復を終えたニールさんが口を開いた。

「では、手筈通り頼むぞ────一心共鳴 魂のレクイエム」

 作戦開始を意味するニールさんのスキルが発動した瞬間、私達の胸に変な感覚が走った。
違和感とも不快感とも取れる感覚に、徳正さん達は顔を顰める。
なかなか慣れないこの感覚に誰もが苦笑を浮かべる中────前衛を任された四人の男達が一斉に動き出した。

「本っ当に気持ち悪いな~!何度やっても慣れないんだけど~!」

 嫌悪感を前面に出す黒衣の忍びは愚痴を零しつつも、持ち前のスピードで一気に距離を詰める。
軽く地面を蹴り上げた徳正さんの体は宙に浮き、手に握る妖刀マサムネがキラリと光った。
円を描くように刀を振り回し、ターンした彼は手の届く範囲に居るナイチンゲールを全て切り裂く。
目にも止まらぬ速さで、処理されたナイチンゲールだったが、どれもオリジナルでは無かったようで、光と共に消えるだけだった。

 まずは五体……。

「ちぇ~!五体か~!もう少し固まって動いてくれれば、もっと倒せたんだけどな~」

「無駄口を叩いていないで、さっさとどけ」

『邪魔だ、徳正』

 重力に従い真っ直ぐ落ちてくる徳正さんを、リーダーとラルカさんは踏み台代わりとして足蹴にした。
思い切り背中を蹴られた徳正さんは『ちょっ!酷くな~い!?』と言いつつ、華麗に着地する。
彼の嘆きを素知らぬ顔で受け流した銀髪の美丈夫とクマの着ぐるみはそれぞれ空中で武器を構えた。

 あれ?リーダーの構え方、ちょっとおかしくない……?あれじゃあ、刃の部分がナイチンゲールに当たらないよ?

 大剣を野球のバットのように構えるリーダーに違和感を抱いていれば、彼は見事なスイングを見せてくれた。
標的となった五体のナイチンゲールはフラーと呼ばれる剣の平らなところで思い切り殴打される。
大剣は面積が広いので、避けることが出来なかったようだ。

 なるほど……確実に五体を仕留めるため、面積の狭い刃部分ではなく、フラーを利用したのか。
剣の使い方は完全に間違っているけど、確実性を求めるならそれが最善。

 リーダーの機転に感心していれば、クマの着ぐるみがナイチンゲールを斬り捨てる様子が見えた。
デスサイズの鋭い刃で首を跳ねられた五体のナイチンゲールは光と共に消える。
だが、残念なことに、倒されたナイチンゲールの中にオリジナルは居なかったようで、死を告げる歌声は鳴り止まなかった。

 徳正さんの分も含めて、十五体のナイチンゲールが倒された。残るは五体……。
でも、何かがおかしい……二十分の一の確率とはいえ、半数以上倒していながらオリジナルがまだ生き残っているなんて、有り得るだろうか?
私達が狙う個体を把握していれば、話は別だが、ナイチンゲールにそんな能力はない。偶然だと言ってしまえば、そこまでだが……どうにも引っ掛かる。

 ────いや、落ち着け。今はそんなこと、どうでもいい。どうせ、やることは変わらないのだから。

 頭の中に浮かんだ疑問を消し去るようにかぶりを振り、私は余計な考えを振り払った。
残り五体のナイチンゲールを前に、大トリを務めるレオンさんとリアムさんが動き出す。

「リアム、フォローを頼む!────狂戦士バーサーカー化5%……|《狂拳突き》!」

 物凄い跳躍で一気にナイチンゲールとの距離を縮めるレオンさんはスキル入りの拳をお見舞した。
強烈な打撃にナイチンゲールは『ピィー!』と悲鳴を上げながら、落ちていく。
レオンさんの拳をまともに食らった三体のナイチンゲールは淡い光に包まれた。

「あとは任せておくれ!レオンさん!」

 自信満々の笑みを浮かべるリアムさんは一思いに弓矢を放った。
風を切る音と共に飛んでいく弓矢はナイチンゲールを確実に捉えており、奴の喉元に突き刺さる。
『ピィ……』と弱々しい鳴き声を上げて落ちていくナイチンゲールは光と共に消え失せる。
────残すはあと一体となった。

 あれがナイチンゲールのオリジナルか。

「リアムさん、奴が分身する前に一気に畳み掛けて下さい!」

「了解だよ☆猛獣使いの姫君」

 慣れた様子でウインクするリアムさんはパチンッと指を鳴らし、先ほど放った弓矢を自在に操る。
見事な遠隔操作リモートコントロールを見せる白髪アシメの美男子は指揮者のように手を動かし、弓矢の先端をナイチンゲールに向けた。
真っ直ぐに向かってくる弓矢を前に、ナイチンゲールは逃げ惑う……だが、リアムさんの方が一枚上手だった。

「これで終わりだよ☆」

 そんな決め台詞と共にナイチンゲールのオリジナルに弓矢が突き刺さる。
脳天をぶち抜かれたナイチンゲールは血反吐を吐いて倒れた。
淡い光の粒子となって、消えていく。
これで第三十階層のボス戦が終わる────筈だった。

「なっ、どうして……!?何で────ナイチンゲールの分身体が!?オリジナルは確かに倒した筈なのに……!」

 弓矢に脳天をぶち抜かれる直前、最後の力を振り絞って分身体を作り出したのか、私達の目の前には健康体のナイチンゲールが一体居た。
バサバサと両翼を動かし、宙を舞うその分身体は美しい鳴き声を響かせている。
予想外の事態に、私は目を白黒させた。

 分身体が作り出されるまではいい……そこはまだ理解出来る。
でも、どうして分身体はまだ動いていられるの?普通、オリジナルが倒されたら動かなくなるか、一緒に消えるよね?なのに、何で……?

「まさか────ナイチンゲールの分身は自分の質量を利用した分裂・・だったの……?」

 脳裏に浮かんだ一つの仮説に、私は戦慄を覚えると共に、己の無知を心底恥じた。
何故あれだけ多くのヒントがありながら気づけなかったのか、と……。

 よく考えてみれば、最初から……徳正さんが『気配察知で見分けられない』と言った時から、おかしかった。
もし、本当にオリジナルと分身体で種類が分かれているなら、気配察知で違いが分かる筈だから。
なのに、気配探知能力において右に出る者は居ない徳正さんが『分からない』と言った。

 次に、違和感を抱いたのはナイチンゲールを十五体倒したとき。
二十分の一の確率とはいえ、リーダー達がオリジナルと対峙しなかったのはやはりおかしい。
リーダー達の狙ったナイチンゲールがたまたま全部分身体だった可能性もあるけど、あまりにも現実的じゃない。

 そして、この仮説を裏付ける一番の理由はオリジナルと思しきナイチンゲールを倒しても、分身体のナイチンゲールが倒れなかったこと。

 以上の理由から、ナイチンゲールの持つ能力は分身ではなく、分裂だと予測出来る。
まあ、早い話が────この場に存在する全てのナイチンゲールがオリジナルだったということだ。
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