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第五章

第220話『第十一階層』

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 束の間の休憩を終え、再び行進を始めた私達は第十一階層まで来ていた。
私達の目の前には湿っぽい洞窟にそぐわない美しい白鳥が居る。

 汚れ一つ見当たらない真っ白な翼を揺らす彼らこそ────第十一階層の魔物モンスターである、リグリアだ。
リグリアは『みにくいアヒルの子』の白鳥をモチーフに作られた魔物モンスターで、美しいものへの執着が凄い。
また、凄く嫉妬深く欲張りなため、自分より美しいものを見つけると、率先して攻撃を仕掛けるという。

 そのため、女性プレイヤーが狙われやすい訳だが……。


「────どうして、私ばっかり狙われるんですか!?私より、美しい方なんてそこら辺にたくさん居るでしょう!?」

 左右から物凄い勢いで迫ってくるリグリアを前に、私は思わず叫んでしまう。
この階層に来てから、タンクよりヘイトが高くなった私はもはや半泣きだった。

 何で私ばっかり、こうなるの!?これで、もう十匹目だよ!?ちょっと、しつこ過ぎない!?

「はははっ!魔物モンスターのくせに見る目あるね~。ラーちゃんの美しさに気づくなんてさ~」

『ラミエルは外見だけでなく、内面も美しいからな。否が応でも惹かれるのだろう』

「うちの参謀は魅力の塊だからな」

 呑気に会話を交わす彼らを前に、こちらへ向かってくるリグリアは────突然姿を消した。
いや、風景に溶け込んだ・・・・・・・・と言った方が正しいだろうか?

 この魔物モンスターの厄介なところは軽やかな身のこなしと────幻影魔法・・・・が使えること。

 幻影魔法とは、その名の通り周りに幻を見せる魔法で、隠密系のスキルと同じような働きを持っている。
姿を完全に消すことが出来るため、奇襲攻撃や不意打ちなんかに最適だった。

 ────まあ、うちのメンバーには通じないけど。

「はいはい、ラーちゃんに近づかないでね~」

『その汚い翼でラミエルに触れるな』

「うちの参謀に指一本も触れてみろ。血祭りにあげてやる」

 幻影魔法を使って、急接近してくるリグリアたちを徳正さん達は軽くあしらった。
────全く姿が見えないのに、だ。

 人の気配や殺意に敏感な彼らは相手の姿なんて見えなくても、簡単に敵を排除出来る。
特に忍者の徳正さんは非常に優れた気配探知能力を持っているため、リグリアの位置を完璧に把握することが出来た。

 徳正さん達はある意味リグリアの天敵かもしれませんね。

「なんか、思ったより弱いね~。楽勝すぎて、ちょっと拍子抜けしちゃったよ~」

 妖刀マサムネで姿の見えないリグリアを斬り殺した徳正さんは光の粒子を詰まらなさそうに見つめる。
その顔には『退屈だ』とハッキリ書いてあった。

 まあ、気配探知でリグリアの位置を完璧に把握出来る徳正さんからすれば、詰まらないでしょうね。リグリア戦で一番難しいのは敵の位置をきちんと把握することだから。
幻影魔法さえ看破できれば、討伐することは簡単だ。リグリア自体に大きな力はないから。

「確かに徳正さんからすれば、リグリア戦は楽勝かもしれませんが、一般プレイヤーからすれば十分難しいですよ」

 『ほら』と言って、列の前方部分を指させば、幻影魔法に翻弄されている攻略メンバーの姿が目に入る。
互いに背中を合わせ、武器を構える彼らは見えない敵に苦戦している様子だった。
その様子を一瞥した黒衣の忍びは呆れたように溜め息を零す。

「気配探知が使えないのは仕方ないとして……あれはどうなの~?周りの音や匂いに意識を向ければ、大体の場所は割り出せると思うけど~。何のための五感なのさ~」

「あんな状況で五感に意識を集中させることなんて、出来ませんよ。それに周りには他のプレイヤーも居ますから。音や匂いでリグリアの場所を割り出すのは難しいと思います」

「え~?そうかな~?俺っちはゲームを始めた当初から、そうやって相手の場所を割り出したりしたけど~」

「え“っ……?ゲームを始めた当初から!?」

 サラッと、とんでもないことを口走る徳正さんに、私は思わず頬を引き攣らせる。
何故、彼がここまで強くなれたのか……その理由が少しだけ分かった気がした。

 基本的に五感はランダムで決まった職業やスキルに左右されるものだ。
ファルコさんみたいに職業が獣人戦士アニマル・ビーストだったりすると、一般プレイヤーより五感が発達しているし、職業が盗賊だと『盗み聞き』というスキルが習得出来る。
だから、ゲームで五感を鍛えようとする人なんて居ない筈なのだ……本来ならば。

 それで五感が発達するかどうかはさておき、徳正さんのチャレンジ精神には感服する。
彼がここまで強くなれたのも強い好奇心と何事にも挑戦する勇気があったからだろう。

 一生懸命クエストをこなし、こつこつと経験値を溜めてきた私とは大違いだ。

 きっと、こういうところで上位プレイヤーと下位プレイヤーの差が出来るんだろうなぁ。

「徳正さんはゲーム開始当初から、変わったことをされていたんですね……っと、それはさておき。もうそろそろ、あれをどうにかしないといけませんね。攻略メンバーの集中が切れかかっています────《ハイヒール・リンク》」

 アイテムボックスから純白の杖を取り出した私は範囲治癒を使って、プレイヤー達の傷を癒す。
体内の魔力MPがごっそり抜け落ちていく感覚に陥りながら、私は『ふぅー』と息を吐き出した。

 さすがにこれだけの人数を一度に癒すのは疲れますね。
痛みこそないものの、疲労感を隠し切れない……。

 今回は回復師ヒーラーの数がそこまで多くないため、手分けして怪我人を管理することが出来ない。
また、怪我人の数や怪我の度合いを把握することが出来ないため、重傷者から順に一人ずつ治療することが出来ないのだ。
だから、今回は無理を承知で範囲治癒を使っている。

 魔力MP消費が激しい分、回数に制限があるけど、人手が足りないのだから仕方ない。
その代わり、多人数のプレイヤーが負傷するまで怪我の治療は我慢してもらわないといけないけど。

 左上に表示された自身の魔力MP量を確認しながら、マジックポーションの使用を見送る。
そんな中、徳正さんは慣れた様子でリグリアを切り捌いていた。
そこら中に光の粒子が飛び交う。

「う~ん……確かにあのまま放置しておくのは危険かもね~。ラーちゃんの言う通り、集中力が低下しているみたいだし~。でも、中層魔物モンスターの討伐はあいつらの仕事でしょ~?放っておいたら~?」

「それはそうですが……」

 徳正さんの正論にぐうの音も出ず、言葉を詰まらせる。
リグリアに苦戦中の攻略メンバーを眺めながら、頭を悩ませた。

 徳正さんの言い分には一理ある。
でも、リグリアに完全に翻弄されている彼らを放置するのは気が引けた。
何より、これ以上この階層に時間をかける訳にはいかない。
ダンジョンの攻略期間が長引けば長引くほど、プレイヤー達の気力が削がれ、危険が多くなるからだ。こんなところで足止めをくらっている場合ではない。
だからといって、勝手に列を乱し、事前に決めた役割分担を無視するのはなぁ……。

 『うーん……』と唸りながら、解決策を探していると────不意にラルカさんと目が合う。
見ない間に随分と可愛らしくなった……というか、衣装チェンジした彼は真っ白なクマの着ぐるみに着替えていた。
その着ぐるみは何故かバレリーナの衣装を着ており……彼の股間あたりで白鳥の頭がプラプラ揺れている。
ネタとしか思えないその格好に、私はなんてコメントすればいいのか分からなかった。
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