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第三章

第68話『襲撃者と腹パン』

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 『よく目で追えるな~』と感心していると、シムナさんが痺れを切らしたように口を開く。

「ねぇー、これ僕らの方から行ってもいいのー?動き回るだけで、全然攻撃仕掛けて来ないじゃーん」

「ん~……先手は譲るつもりだったんだけど、時間もないし、ちゃちゃっとやっちゃおうか~」

「おっけー!あんまり遅くなると、ラミエルがまた発狂しかねないもんねー」

「シムナ~、多分あれは発狂じゃなかったと思うよ~。ていうか、それ本人の前で言っちゃダメだよ~。ラーちゃんって、かなり繊細だからね~。傷ついちゃう~」

「えっ?マジでー?」

 強敵を前にしているとは思えないほど、いつものペースを保っているシムナさんに、私は頭を抱える。
『せめて、武器を持ってくれ』と願いながら。
だって、妖刀マサムネを腰に下げている徳正さんと違って、アイテムボックスから武器を出してすらないから。
『なんて無防備なんだ……』と呆れる中、今までとは比にならないほどの風の音が鳴り響く。
と同時に、凄まじい風圧を感じた。
『ラルカさんに支えられてなかったら、確実に吹っ飛んでいた』と思いつつ、私は目を瞑る。
そして、風が止むのを待ってから瞼を上げた。
すると、眼前に─────刃先の鋭いナイフがある。
銀色に輝くソレは、確かに私を捉えていた。

「あのさー、君馬鹿なのー?僕らを無視して、ラミエルにまっしぐらとかただのアホじゃーん」

「何でラーちゃんを狙ってるのかは知らないけど、俺っち達の大切な司令官は傷付けさせないよ~?」

 敵の肩を押さえ、首元に刃物を宛てがう徳正さんは視線を鋭くする。
その隣で、シムナさんはナイフのバック部分を指先で摘んでいた。

 あと、数センチ近づいていたら……間違いなく、怪我を負っていた。
いや、それどころか死んでいた可能性も……。
でも、これでハッキリした。この人はカインの手先じゃない。
だって、カインの目的はあくまで私の奪還。殺害じゃない。
カイン関連じゃないのは良かったけど、狙われる理由がますます分からなくなってしまった。
というのも────この人とは、初対面だから。

 私は瞬きもせず、じっとこちらを見つめ……いや、ガン見してくる敵プレイヤーの男性を見上げた。
真っ黒とまではいかないものの、かなり日に焼けた肌。彫りの深い顔立ち。
癖毛がちな焦げ茶色の長髪とレモンイエローの瞳は、とても綺麗だった。
なので、『会ったことを忘れている』という線はかなり低い。
これだけ特徴的な見た目をしているのだから。
『本当に誰なんだ?この人……』と頭を悩ませていると、シムナさんが口を開く。

「ねぇー、殺されたくなかったら武器を下ろしてくれなーい?ラミエルにいつまで凶器を向けるつもりー?」

「……」

「ねぇー、聞いてるー?」

「……」

「いい加減にしないと、僕怒るよー?」

「……」

 シムナさんの威圧的な笑みを目の前にしても、敵プレイヤーは微動だにしなかった。
『もしかして、目開けたまま寝てます?』と疑うくらい。
喋る素振りすら見せない彼を前に、シムナさんは口角を上げた。

「あはははっ!何ー?無視ー?ふははっ!ねぇねぇー、こいつ殺してもいーい?」

「シムナ、どうどう。ここでキレたら、ラーちゃんとの約束がパーになるよ~?」

 笑顔でブチギレるシムナさんを宥め、徳正さんは苦笑を漏らす。
『どうしたもんか』と思い悩む彼の前で、私もまた思考を巡らせていた。

 シムナさんに話し掛けられても無反応だったということは、会話する意思なしと見て間違いないだろう。
ただ、ここまで何のリアクションもないのは気になる。
リーダーのような単なる無表情とは、少し違う気がした。
なんというか……心ここに在らずって感じなんだよね、この人。
放心状態とまではいかないものの、正気を失っているのは確か……って、まさか!?

 ある一つの可能性に気づき、私は敵プレイヤーを凝視した。

 確信はないけど……でも、もしそうなら辻褄は合う。
だって────最強の戦闘兵士 狂戦士バーサーカーは正気を失うことがあるから。

 狂戦士バーサーカーとは人間の奥底にある本能を呼び覚まし、本来の力を引き出す職業。
狂戦士バーサーカー化すれば、パワーやスピードが飛躍的に向上し、敵を倒しやすくなる。
ただ、その分破壊衝動が強まるため味方にまで刃を向ける可能性があった。

 勇者と並ぶレア職業だから詳しいことは知らないけど、狂戦士バーサーカー化には幾つか段階があって、その時々に応じて必要な力を取り出しているらしい。
ただ引き出す力が多くなればなるほど、制御は難しくなる。
かなりの精神力を持っていなければ、扱えない職業だ。

 何で私を狙うのかは未だ不明だけど、彼の状態には説明がつく。
恐らく、身の丈に合わない力を引き出して暴行してしまったのだろう。
つまり、完全に理性を失った状態ということ。

「徳正さん、シムナさん。この人、多分狂戦士バーサーカーです。一回気絶させないと狂戦士バーサーカー化が解けないので、お腹に一発キメちゃってください」

狂戦士バーサーカー~?それはまた、なんというか……レアな職業だね~」

「職業とか別にどうでもいいけど、お腹殴っていいのー?殴っていいなら、僕が殴りたーい」

「シムナさんでも構いませんが、くれぐれも殺さないようにお願いしますね」

「はーい」

 軽く返事するシムナさんは活き活きとした表情で、拳に力を込めた。

 ほ、本当に大丈夫かな……?『うっかり殺しちゃった☆テヘペロ』みたいな展開にならないよね……?

 なんとも言えない不安を抱える私の前で、シムナさんは一歩前へ踏み出す。
と同時に、小さな拳を敵プレイヤーの腹へ叩き込んだ。

「かはっ……!!」

 目をひん剥いて吐血する敵プレイヤーは、痛みに悶える。
────と、ここでバキバキバキバキッ!と鳴っちゃいけない音がした。

 ……絶対、骨折れている。ついでに内臓もいくつか損傷しているだろう。
重傷なのは、間違いない……不幸中の幸いは死んでいないことか。

 敵プレイヤーの体が白い光の粒子に包まれていないことから、私は一先ず無事を悟る。
でも、これはさすがにやり過ぎだった。

 いや、あのね?シムナさん……『殺さないように』とは言ったけど、『殺さないギリギリを狙え』とは誰も言っていないよ?

 『私はただ気絶させてほしかっただけなのに……』と嘆く中、敵プレイヤーは衝撃と痛みで見事気絶した。
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