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第三章

第63話『目覚めと怒り』

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 こ、これはもしかして……!?いや、もしかしなくても!起きてくれるんじゃ……!?

 そんな私の期待に応えるかのように、男性プレイヤーの睫毛はフルリと震えた。
かと思えば、瞼の下に隠れていたブルーフローライトの瞳が姿を現す。

「んあ……?ここは一体……?」

 まだ寝起きでぼんやりしているのか、男性プレイヤーは眠そうに目を擦る。
そして、キョロキョロと辺りを見回した。

 よ、良かった……!この人が起きてくれれば、女性プレイヤーを運ぶことが出来る!
いや、それどころか女性プレイヤーの保護と脱出も頼めるかもしれない!

 『これぞ、一石二鳥!』と歓喜する中、男性プレイヤーはカッと目を見開く。
その視線の先には、ラルカさんが居た。

「うぉぉえああぁぁああ!?な、何だ!?このクマ!!気持ちわりぃ!」

 男性プレイヤーはラルカさんを指さし、驚愕と困惑の入り混じった表情を浮かべる。
完全にドン引きした様子の彼を前に、ラルカさんは抱っこをやめた。
というか、男性プレイヤーを地面に落とした。

『恩人に対して、その口の聞き方は何だ?』

 アイテムボックスから取り出したホワイトボードに文句を並べ立て、ラルカさんは腕を組む。
さすがのラルカさんでも、あの失礼な態度には耐えられなかったらしい。
珍しく腹を立て、威圧感たっぷりの達筆で言葉をぶつけていた。

『瓦礫の山の下敷きになっているお前を助け出したのは、僕とラミエルだ。なのに、『気持ちわりぃ』とは何だ?僕らがお前を救出しなければ、お前は確実に死んでいたんだぞ。感謝されるいわれはあっても、罵られる謂れはない!』

 確かに『気持ちわりぃ』は、ないよね。
助けた・助けてない関係なく、初対面の人相手にその発言はあまりにも失礼過ぎる。
寝起きで頭が上手く回らなかったとはいえ、言っていい事と悪い事があった。

「そ、そうだ、俺……建物の崩壊に巻き込まれて……それで瓦礫の山の下敷きに……お、俺!大恩人になんてことを……!」

 ようやく自分の立場と状況を理解した男性は、恐る恐るといった様子でラルカさんを見上げた。
そして、仁王立ちしているクマの着ぐるみを見ると、サァーッと青ざめる。
『ぜ、絶対怒っている……』と呟く彼を前に、私は苦笑を漏らした。

「あの、謝って頂ければラルカさんはきっと許してくれると思いま……」

『謝っただけでは許さんぞ』

「えぇ……!?」

『許す訳がないだろう?僕の大好きなクマさんを・・・・・侮辱したのだ。謝罪程度で許す訳ない』

 ……ん?んんっ!?ちょ、ちょっと待って!?
ラルカさんが怒っている原因って、自分のことを『気持ちわりぃ』って言われたからじゃないの!?
クマの着ぐるみを貶されたからだったの!?

 『えっ!?何それ!?』と呆然とする私の前で、ラルカさんはダムダムと地面を何度も踏み付ける。
その度、地震を疑うほどの振動が伝わってきた。
ラルカさんのエゲつないクマ愛を目の当たりにする中、男性は一度地面に正座する。

「え、えっと……その……クマさんを馬鹿にして、すみませんでした!!以後気をつけます!!」

 ガバッと勢いよく頭を下げ、男性は精一杯の謝意を示した。
『本当にすみません!』と何度も謝罪する彼の前で、ラルカさんはホワイトボードに文字を書き込む。

『さっきも言ったが、謝罪程度で許すつもりはない。クマさんを馬鹿にした罪は、重いぞ』

「ひぃぃぃいい!すみません、すみません!何でもするので、命だけは助けてください!」

『……』

 えっ?何で無言なの?そこは『命まで取るつもりはない』って言うところじゃ?
まさか、クマさんのためにPK禁止命令を無視する訳じゃないよね……?

 果てしなく嫌な予感を覚え、私は額に汗を滲ませる。
だって、もし本気でラルカさんがPKに走ったら……私には止められないから。
『頼むから、思い留まってくれ……!』と願う中、ラルカさんは男性に一歩近づいた。

『タダで許すつもりはない。謝罪も不要だ。だから────』

 そこで言葉を区切ると、ラルカさんは土下座する男性プレイヤーから目を逸らした。
その真ん丸お目目が見つめる先には、毛布でくるまれた女性プレイヤーの姿が……。

 ラルカさん、まさか……!?

『お前の失言を許す代わりに、あの女を連れて街の外まで行け。僕らが通ってきた道を通れば、西口から街の外に出られる』

「!?」

「ラルカさん……!!」

 一瞬でもラルカさんがPKするんじゃないか?って、疑った自分が恥ずかしい!
そうだよね!あのラルカさんがリーダーの命令に背く筈ない!
いつだって冷静で、周りをよく見ている良い人なんだから!

 己の疑り深さを恥じる私の前で、男性プレイヤーはポカーンと口を開けて固まっていた。
見事なアホ面を晒す彼を他所に、ラルカさんは凍った地面を滑るようにして歩く。
そして、毛布に包まれた女性を抱き上げると、男性プレイヤーの前まで運んで行った。
かと思えば、無言で男性プレイヤーの腕に女性プレイヤーを捩じ込む。

『返事は『はい』以外、認めない。さっさとその女を連れていけ。いいな?』

「は、はい!」

 男性プレイヤーは首振り人形のようにコクコクと頷き、了承の意を示した。
抵抗する意思などない、とアピールするように。

『じゃあ、さっさと行け。目障りだ』

「は、はいぃぃぃいいい!!」

 女性プレイヤーの体をしっかり抱き締め、男性は脱兎の如くこの場から逃げ出した。
その背中は直ぐに小さくなる。

 なんか、色んな意味で可哀想な人だったな……始まりは自分の軽率な発言だったとしても、さすがちょっと不憫。
まあ、あの人のおかげで女性プレイヤーを置いていく羽目にならずに済んだから、感謝してるけど。

 私は小さくなった背中を一瞥し、無言で歩き出したラルカさんの背中を追った。

 どうやら、まだご機嫌斜めみたいだ。
こういう時は放置に限る。変に話し掛けたり、気遣ったりしても逆効果だ。

 いつもより歩くスピードの早いラルカさんの背中を追いかけ、私は先を急いだ。
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