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第二章

猫さんと男性の正体

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「────憑依前のリディアから、事のあらましを聞いている……?」

 無意識にそう口走り、私はまじまじと男性を見つめる。
『もしかしたら、本物のリディアと親しい仲なのかもしれない』と思案する中、彼はスッと目を細めた。

「う~ん……ちょっと惜しいかな?確かに事のあらましを知ってはいるけど、彼女から聞いた訳じゃないというか……」

 悩ましげに眉を顰め、男性は私の前にやってくる。
またもや、一瞬で。

「説明が難しいから、単刀直入に言うね。リディア・ルース・グレンジャーに憑依術を教えたのは────この僕だよ。だから、色々知っているという訳」

「「!?」」

 予想外のカミングアウトを受け、私とルーシーさんはたじろいだ。
と同時に、納得する。
確かにそれなら全てを知っていて、当然だから。
でも、一つ疑問が残る。
どんなに探しても見つからなかった憑依術の使用方法を、何故この人が知っているのか。

 外見年齢から察するに、まだ二十代前半くらいよね?
そんな若さで、憑依術を自ら編み出したとは考えにくいわ。
もちろん、物凄い天才であっという間に憑依術を完成させた可能性もあるけど……現実的に考えて、有り得ないわよね。

 などと考えていると、猫さんが男性の髪をペタペタ触る。
どうやら、話に飽きてきたようだ。
『何とも気まぐれな猫さんらしい』と少しだけ微笑ましく思う中、ルーシーさんはサッと顔色を変える。
その視線の先には、例の猫さんが……。

「……ねぇ、あれ────翼、じゃない?」

 恐る恐るといった様子で猫さんの背中を指さし、ルーシーさんはゴクリと喉を鳴らす。
最悪の可能性を思い浮かべる彼女の横で、私も翼を視認した。

 頭巾に隠れていたから、言われるまで気づかなかったわ……。
でも、猫さんの行動は今から考えれば凄く不可解だった。
まるで、男性の言葉を理解しているように振る舞っていたこと。
聖職者のリエート卿やルーシーさんを毛嫌いしていたこと。
突然、三階の窓に現れたこと。
まあ、普通の動物じゃないのは明らかね。

 『どうして、気づかなかったのだろう?』と自己嫌悪に陥る中、ルーシーさんは表情を引き締める。
何とか平静を取り戻したのか、彼女はどこか凛とした雰囲気を放っており、真っ直ぐだった。

「────魔物、なの?」

「ご名答」

 男性は全く悪びれる様子もなく、淡々と事実を肯定した。
あまりにも堂々とした態度にこちらが面食らっていると、彼は黒い瞳をスッと細める。

「では、改めてご挨拶と行こうか。僕は────ハデス。君達が魔王と呼ぶ存在だ。こっちは愛猫のチェルシー」

 律儀に猫さん……改めチェルシーの紹介までしてくれたハデスは、ゆるりと口角を上げた。
────と、ここで私達は身構える。
魔王が目の前に居るのなら、戦闘を……いや、死闘を覚悟しないといけないため。
『まだ全ての任務を遂行出来ていないのに』と苦悩する中、ハデスは僅かに目を見開いた。
かと思えば、少し笑う。

「あぁ、安心して。今日は君達の偵察に来ただけで、争うつもりはないから」

 『最近、なんだかコソコソしているから気になって』と零し、ハデスはチェルシーの頭を撫でた。

「まあ、残念ながら目的は果たせなかったけど────それ以上にいいものを見られたから、良しとしよう」

 そう言って、ハデスは私達を……いや、男性陣を見つめる。
釣られるようにして私も視線を動かすと、困惑顔の彼らが目に入った。

 あっ、そっか……リディアの話、皆の前でしちゃったから。

 意図せず秘密をバラしてしまったことに気づき、私はそっと目を伏せる。
『話につい夢中になってしまい、すっかり皆のことを忘れていた』と思いつつ、複雑な心境へ陥った。
どのような対応をすればいいのか迷っていると、ハデスが私の手を取る。
極自然に……流れるような動作で。

「それじゃあ、僕達はこれで失礼するよ────君達の来訪、楽しみにしているね」

 『待っているよ』と言い、ハデスは私の手に唇を押し当てた。
チュッというリップ音と共に顔を離し、不敵に笑う。
まるで、こちらをからかうかのように。
ペロリと唇を舐めながら身を起こし、彼はこちらに背を向けた。
かと思えば、一瞬で姿を消す。
無論、愛猫のチェルシーと共に。

 なん、だったの……?

 色々衝撃すぎて思考が追いつかない私は、手の甲を見つめ呆然とする。
『何も仕掛けられていないわよね?』と不安がる私を他所に────兄は前髪を掻き上げた。
苛立ちや困惑を誤魔化すかのように。

「……リディア、どういうことか説明してくれ」

 ハデスとの会話について言及し、兄はこちらを見た。

「あいつの口ぶりだと、お前は本物のリディアじゃないみたいだが……それは事実なのか?」

「えっと……」

 こちらもまだ混乱しているため即答出来ず、私は言葉を濁してしまう。
震える手をギュッと握り締め、視線をさまよわせていると、兄が早くも痺れを切らした。

「『はい』か、『いいえ』の簡単な質問だろう!さっさと答えろ!」

 少し乱暴に私の腕を掴み、兄は顔を覗き込んでくる。
『嘘は許さない』とでも言うように。

 今、言わないと……ちゃんと、しっかり、迷わずに。
今まで皆を騙してごめんなさい、って。
早く……早く!

 強迫観念にも似た衝動が体に走り、私は何とか口を開ける。
が、私が声を発する前に

「────今は全員混乱しているし、また日を改めよう。場合によっては、グレンジャー公爵夫妻も呼ばないといけないからね」

 と、レーヴェン殿下が兄を宥めた。
『まずは落ち着きなよ』と言いながら間に入り、さりげなく私を背に庇う。

 どうして、レーヴェン殿下はこんなに落ち着いているのだろう?
普通なら、取り乱してもおかしくないのに。
いや、それよりも────何故、偽物のリディアを庇ってくれるの?

 予想と全然違う反応に、私は戸惑いを覚えた。
『ルーシーさんならまだしも……』と考えつつ、目元を押さえる。
────と、ここで私は激しい目眩に襲われた。

 あ、れ……?意識が……。

 学園祭の疲労がピークに達したのか、それとも精神的なものか……私は気を失う。
遠くで『リディア!』と叫ぶ兄達の声が聞こえたような気もするが……きっと、気の所為だろう。
だって、私は偽物なのだから。
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