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第二章

説得の結果

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「ったく……生意気になったな、お前も」

 『誰に似たんだか』と小さく笑い、兄は身を起こす。
もうすっかり毒気を抜かれてしまったのか、先程までの悲壮感はなくいつもの兄に戻っていた。
腕の中から私を解放し、一歩後ろへ下がる彼は軽く伸びをする。

「でも、まあリディアの言う通りだな────ここは合理的に行こう」

 『感情論なんて、僕らしくない』と肩を竦め、兄は私の頭を優しく撫でた。
もう大丈夫だとでも言うように。

「という訳で、僕も魔王の討伐に参加する」

 両腕を組んで決定事項のように告げる兄は、『反論は受け付けない』と言ってのけた。
置いていく気満々だったこちらとしては、まさに青天の霹靂である。

「えっ……!?」

「何驚いているんだ?当然だろう?妹の世話は、兄の役目なんだから」

「いや、それは……」

「じゃあ、リディア一人で父上と母上を説得するか?」

 ある意味最難関とも言える二人の存在を提示し、兄は『さあ、どうする?』と笑った。
まるで、こちらの反応を楽しむかのように。
『人の足元を見るとは、まさにこの事か』と痛感しつつ、私はガクリと肩を落とした。
だって、両親の説得はきっと私一人じゃ無理だから。

「お兄様、意地悪です……」

「妹の参戦を許すんだから、これくらい許せ。あと────」

 そこで一度言葉を切ると、兄は私の背後に視線を向けた。

「────魔王の討伐に参加しようと思っているのは、多分僕だけじゃないぞ?」

「えっ?」

 訳が分からずポカンとする私は、一先ず後ろを振り返る。
すると、そこには────ルーシーさんやリエート卿、レーヴェン殿下の姿が。
壁のちょっとした出っ張りに身を隠し、こちらの様子を窺っていた三人は苦笑した。
そして、『やっぱり、バレていたか』とでも言うように肩を竦め、ゾロゾロと出てくる。

「えーっと、言い出しっぺの私は当然として……」

「聖騎士の俺も、当然参加するぜ!ルーシーの護衛とか、あるからな!」

「私も参加する所存だよ。国の……いや、世界の一大事とあってはじっとしていられないからね。それに君もさっき言っていただろう?戦いから逃れられたとしても、諸悪の根源を討つことが出来なければ死んでしまうって。だから、持てる戦力は全て投入するべきだと思う」

 ぐうの音も出ないほどの正論を述べるレーヴェン殿下に、私は何も言えなかった。
だって、それを否定してしまったら兄の説得が水の泡になるから。
きっと反論するなり、『なら、やっぱりお前の参加もなしで』と言われるに違いない。

 完全に八方塞がりだわ。
ここは大人しく、皆の参加を認めるしかなさそう。
それに攻略対象者達も戦力に加われば、心強いもの。

 実際ゲームではヒロイン+攻略対象者で魔王を倒しているため、勝率が上がるのは間違いなかった。
なので、私は不満を一旦全部呑み込む。

「分かりました。全員で力を合わせて、頑張りましょう」

 ギュッと手を握り締め、私は『絶対、全員無事で帰ってこよう』と意気込んだ────のが、つい二週間前。
季節はもうすっかり夏へ移り変わり、蒸し暑い日が続いている。
のだが……ここだけ、どうも温度がおかしい。

「────つまり聖女候補殿はたった五人だけで魔王の討伐に挑みたい、と?」

 底冷えするような低い声で、私の父イヴェール・スノウ・グレンジャーは難色を示した。
ゾッとするほど冷たい眼差しをルーシーさんに向け、眉間に深い皺を刻んでいる。
珍しくポーカーフェイスを崩す父の前で、私は『嗚呼……』と項垂れた。

 一先ずお兄様の説得で参戦は認めてくれたけど、丸投げは出来ないみたい。
まあ、相手があの魔王なのだから当然と言えば当然だけど。

 『親としても、一人の大人としても心配よね』と思いつつ、私は室内を見回す。
すると、父と同じく渋い顔をする面々が目に入った。
その中には、皇帝陛下の姿もある。
というのも、この会議は皇城の一室を借りて行っているため。
事が事だけに、デスタン帝国の権力者達が顔を揃えていた。
『神殿側からは教皇聖下も来ているし……』と内心衝撃を受ける中、ルーシーさんは嫣然と顔を上げる。
円卓の中央であらゆる人達からの視線を浴びているにも拘わらず、堂々としていた。

「はい。先程も説明しましたが、魔王は敵の数に応じて自身の能力値を上昇させるアイテムを持っています。なので、大勢で挑むのはオススメしません」

「我々の軍が無様に命を散らすだけだと?」

「そうは言っていません。ただ、少数精鋭で臨んだ方が有利だと言いたいんです」

 クライン公爵のチクリとした発言にも、ルーシーさんは冷静に対応した。
『合理的に考えた結果です』と諭す彼女の前で、今度は────皇帝であるノクターン・ゼニス・デスタン陛下が声を上げる。

「ルーシー嬢の考えは、よく分かった。だが、その少数精鋭とやらは────絶対に君達五人じゃないと、いけないのか?もう少し人数を増やしたり……あるいはメンバーを入れ替えたりすることは出来ないのか?」

 オールバックにした短い銀髪をサラリと揺らし、ノクターン皇帝陛下は小首を傾げる。
レーヴェン殿下と同じアメジストの瞳にルーシーさんを映し出し、じっと見つめた。
まるで、彼女の一挙一動も見逃さぬよう観察するかのように。
警戒心を露わにする彼の前で、ルーシーさんはそっと目を伏せた。

「それは……正直、分かりません」

「分からない?」

「はい。私の視た未来で、魔王を倒したメンバーはこの五人だったというだけですから。それ以上のことは言えません」

 『予知から外れることには責任を取れない』と主張し、ルーシーさんは言及を避けた。
上手に立ち回る彼女を前に、私は少し感心してしまう。
『自分だったら、こうはいかない』と思って。

「ルーシーさん、凄いですね。受け答えバッチリです」

 隣に座る兄へ小声で話し掛け、私は感嘆の声を漏らす。
すると、兄は小さく肩を竦めた。

「そりゃあ、僕と殿下できっちり教育したからな」

「えっ?」

「ほら、生徒会室に集まった次の日────『新しい予知を視た』とか言って、魔王の追加情報を沢山くれただろう?だから、あのとき僕と殿下で会議の対策を話し合って、特待生に教え込んだんだ」

 『正直ちょっと不安だったから』と零し、兄は苦笑を漏らす。
その視線の先には、ルーシーさんの手が……。

 あら、凄い汗……やっぱり、ルーシーさんも緊張しているのね。

 『それなのに一人で頑張って……』と心打たれる中、兄はカチャリと眼鏡を押し上げた。

「さて、そろそろチェックメイトだな」
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