上 下
37 / 52
Episode5

井川珠里の想い

しおりを挟む
「井川珠里さん、今から貴方の中に溜まった余分な霊力を浄化します」

 念のためそう声を掛けてから、俺は御札に自身の霊力を流した。
その瞬間、彼女の体から妖や幽霊の気配が抜け落ちて……消えていく。
まるで、最初から何もなかったみたいに。

「神様の気配もちょっと薄くなってきたね」

 お祓いの終わった御札を井川猛に手渡しつつ、悟史は『おお』と感嘆の声を漏らした。
霊力を抜くだけでこんなに違うのか、と驚いているらしい。

「この調子なら、完全に人間へ戻れるんじゃない?」

「いや、それは不可能だ。さっきも言ったが、何かしら影響は残る。それがいい方向に行くか、悪い方向に行くかは分からないが」

 じっと井川珠里の横顔を眺める俺は、ひたすら浄化を続けた。
そして、何とか余分な霊力を消し去ると、一つ息を吐く。
『やっぱ、神の気配は残っちまったな』と思いながら。

 穢れの類いであれば、お清めで何とか出来るんだが……神の持つ力は基本清らかで、塗り替えられない。
白を白で彩るようなものだから。

「俺に出来るのはここまでです。あとはもう慣れていくしか……」

「────ありがとう」

 『慣れていくしかありません』と続ける筈の言葉を遮ったのは、他の誰でもない井川珠里だった。
しっかりとこちらを見て微笑む彼女は、そっと俺の手を握る。

「私、本当は神様になりたくなかったの。人間として生きて、人間として死にたかった。だから、お父さんとお母さんを止めてくれて本当に良かった」

 浄化という措置が功を奏したのか、井川珠里は普通の人間みたいに振る舞った。
『やっと、喋れる』と歓喜しながら。

「お兄ちゃんも、お父さんとお母さんを説得してくれてありがとね。ずっと、見てたよ」

 神の力を使ってこちらの様子を窺っていたらしく、井川珠里は『格好良かったよ』と述べる。
その途端、井川猛は滂沱の涙を流した。安心して、気が抜けてしまったらしい。

「良かっ、た……ほんと、に……俺、もう……お前と話せないかと思っ、て……」

「ふふふっ。本当に泣き虫だな、お兄ちゃんは」

 『昔から変わらないよね』と言い、井川珠里はうんと目を細めた。
かと思えば、井川夫妻へ目を向ける。
どことなく、厳しい顔つきで。

「こっちへ来て」

「「……」」

 黙ってベッドに近づく井川夫妻は、彼女の目線に合わせて少し屈む。
と同時に、頬を引っぱたかれた。それも、かなりの勢いで。

「私、凄く怒っている。お兄ちゃんや私の意思を無視したこともそうだけど、全く無関係の妖や幽霊を巻き込んで……もう生きていないからって、あんな扱いしたらダメだよ」

 『命を何だと思っているのか』と説教し、井川珠里は少し涙目になる。
が、ここで泣いたらいけないと己を律し、大きく深呼吸した。

「私のためにやってくれたことは、分かっている。全て愛情の裏返しで……親心なんだって。でも、お父さんとお母さんは超えちゃいけない一線を超えた。それは一生背負っていくべきものだし、いつかとんでもないしっぺ返しを食らう覚悟はしておくべき」

 厳しい口調で責め立て、井川珠里はおもむろに手を伸ばす。
また愛の鞭でも施すのかと思いきや、彼女はギュッと両親を抱き締めた。

「だけど、私のために病気を治そうと奔走してくれたことだけは……その思いだけは、凄く嬉しかったよ。ありがとう」

 囁くようにお礼を言い、彼女はゆっくりと身を起こす。
と同時に、明るく笑った。

「神様にはならないけど、私は私として頑張るから。病気に打ち勝って、また家族四人で楽しく暮らせるように」

 自身の胸元に手を添え、井川珠里は『私の生命力を信じてよ』と述べた。
どこまでも強気に……そして、勝気に振る舞う彼女はこの場の誰よりも人間として出来ている。

「そういう訳で、お父さんお母さんお兄ちゃん。サポート、よろしくね」

 『私は治療に専念するから』と告げる井川珠里に、他の三人は大きく頷いた。
『必ず支える』と言い、心を一つにする彼らはもう立派な家族だろう。

 今のこいつらなら、どんな結果になっても多分大丈夫だろう。

 などと思いつつ、俺は悟史を連れてこっそりリビングへ向かう。
家族水入らずを邪魔するのは、どうかと思って。
『さっさと帰るか』と思案しながら、簡単なメモをテーブルの上に置いた。

「悟史、表に車回せ」

 学ランのフックを外しながらそう言うと、悟史は『おっけー』と二つ返事で了承。
でも、学ランを脱ごうとするのは止められた。

「今日はこのままで行こ」

「ふざけんな」

「いいじゃんいいじゃん、たまにはさ」

 『今だけ学生時代に戻ったと思って』と説得し、悟史は俺の手を引いて歩き出す。
一度言い出したら聞かない性分の彼を前に、俺はチッ!と軽く舌打ちした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

支配された捜査員達はステージの上で恥辱ショーの開始を告げる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

処理中です...