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Episode3
東雲柚子の依頼
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◇◆◇◆
「はぁ……また面倒臭そうな依頼だな」
再び黒塗りの高級車に揺られつつ、俺はメールの文面を反芻する。
これでもかというほどゲンナリした表情を浮かべ、窓越しに見える田畑を一瞥した。
高宮二郎に頼まれたお守りをやっと作り終わったと思ったら、コレだからな。
まあ、仕事を貰えるのは有り難いけど。
『しかも、今回は当たりだし』と考えながら、俺は前髪を掻き上げる。
────と、ここで横からスマホを奪われた。
「今回は何の依頼なの?てか、そっちから僕を誘うなんて珍しくない?いっつも、こっちから誘わないと連絡すら寄越さないのに」
ここ数週間の講義のことを言っているのか、悟史は小さく首を傾げる。
ちょっと嬉しそうな雰囲気を漂わせる彼は、僅かに口元を緩めた。
「もしかして、僕の力が必要になったとか?最近、ちょっとずつ祓い屋としても成長してきたからね」
「いや、どっちかって言うと俺の目当てはあっち」
運転席と助手席に座る及川兄弟を指さし、俺はそう答えた。
すると、悟史はあからさまに機嫌を悪くする。
「どうして?蓮と拓は祓い屋の才能もないのに」
「物資の調達と車での送迎をやってくれるだけ、超有り難いわ。特に今は夏本番だし。クーラーの効いた車内でのんびり出来るとか、マジ神」
「一応、この車僕のものなんだけど……」
『何で蓮達のおかげみたいになるのさ』と不満を漏らし、悟史はスマホを握り締める。
それも、俺の方を。
『おい、壊れたらどうすんだよ』と思案する中、黒塗りの高級車はある一軒家の前で停まった。
かと思えば、及川兄弟が素早く車を降りて後部座席側の扉を開く。
惚れ惚れするほどスマートな対応に、俺は『あんがと』と声を掛けて下車した。
と同時に、一軒家の方から女性が姿を現す。
「あ、あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
田舎では目立つ高級車とイカつい及川兄弟に、彼女は警戒心を露わにする。
どこか不安そうにキョロキョロと辺りを見回す女性に、俺は悟史から奪い返したスマホを見せた。
「祓い屋の小鳥遊です。そちらは依頼人の東雲柚子さんで、お間違いないでしょうか?」
「は、はい……!私が東雲柚子です!本日は遠いところお越しいただき、ありがとうございます!」
『すみません、こんな田舎町に!』と頭を下げ、東雲柚子はチラリと及川兄弟を見る。
ヤバい人に依頼してしまったかもしれないとでも考えているのか、顔色が悪かった。
『どうしよう』と困り果てる彼女を前に、悟史はすかさず及川兄弟へ目配せする。
すると、二人は直ぐさま車へ戻ってこの場を立ち去った。
恐らく、少し離れた場所で待機するつもりなのだろう。
「とりあえず立ち話もなんなんで、中に入っていいですか?」
悟史はここでも物怖じしない性格を遺憾なく発揮し、ニッコリ笑う。
どこか人懐っこい印象を与える彼の態度に、東雲柚子はちょっと拍子抜けしたようでコクリと頷いた。
へぇ……ここで追い返さないのか。
となると、本気で困ってそうだな。
こちらの想定以上に、厄介な案件かもしれない。
などと考えながら、俺は東雲家の中へ足を踏み入れ────震撼する。
「……悟史、出来るだけ礼儀正しくしていろ。今回は悪い意味で大当たりだ」
この上ない威圧感……というか厳かな空気に、俺は表情を強ばらせた。
震える指先を握り込む俺の横で、悟史は少しばかり姿勢を正す。
「『今回は』じゃなくて、『今回も』でしょ」
「お前もついにそこまで、感知出来るようになったか。でも、今回は前回の比じゃないぞ」
「分かっているって」
『マジで全然空気が違うもん』と零し、悟史は歩を進めた。
そしてリビングへ通されると、俺達はそれぞれダイニングテーブルの前に腰を下ろす。
東雲柚子の用意したお茶やお菓子を眺めながら俯き、上の気配から極力意識を逸らした。
そうでもしないと、今にも呑み込まれそうだったから。
「えっと……それで、依頼内容をもう一度教えていただけますか?」
メールの文面と上から漂ってくる気配で、もう大体把握してはいるものの、念のため説明を求めた。
時折、情報不足や言葉の食い違いで決定的なミスを侵すことがあるので。
どんなに面倒でも、依頼人の口から直接事情を聞くようにしている。
「あっ、はい。内容は本当メールに書いた通りなのですが────実はウチの娘の麻里が、その……コックリさんをやってしまったようでして」
最もポピュラーな降霊術を話題に出し、東雲柚子は少し視線を下げた。
どこか言いづらそうに……躊躇うように唇を引き結び、ギュッと手を握り締める。
「娘は……麻里は幽霊に憑依されてしまったようなんです。なので、小鳥遊さんにはその幽霊を追い払っていただきたく……」
メールに書いてあったことと全く同じ内容を言い、東雲柚子はチラリとこちらの顔色を窺った。
かと思えば、シャツの裾辺りをギュッと握り締める。
「これまで有名な霊能力者や高名な住職など……色んな方々に見ていただきましたが、皆さん家に入るなり逃げ出すか金だけ搾り取って去るかの二つでした。なので、先にこれだけ言わせてください」
そう前置きしてから、東雲柚子は真っ直ぐにこちらを見据えた。
「────もし、お金目的なら今すぐお帰りを。ウチはもう本当にお金がなくて……今回の費用を工面するのだって、かなりギリギリだったんです」
「はぁ……また面倒臭そうな依頼だな」
再び黒塗りの高級車に揺られつつ、俺はメールの文面を反芻する。
これでもかというほどゲンナリした表情を浮かべ、窓越しに見える田畑を一瞥した。
高宮二郎に頼まれたお守りをやっと作り終わったと思ったら、コレだからな。
まあ、仕事を貰えるのは有り難いけど。
『しかも、今回は当たりだし』と考えながら、俺は前髪を掻き上げる。
────と、ここで横からスマホを奪われた。
「今回は何の依頼なの?てか、そっちから僕を誘うなんて珍しくない?いっつも、こっちから誘わないと連絡すら寄越さないのに」
ここ数週間の講義のことを言っているのか、悟史は小さく首を傾げる。
ちょっと嬉しそうな雰囲気を漂わせる彼は、僅かに口元を緩めた。
「もしかして、僕の力が必要になったとか?最近、ちょっとずつ祓い屋としても成長してきたからね」
「いや、どっちかって言うと俺の目当てはあっち」
運転席と助手席に座る及川兄弟を指さし、俺はそう答えた。
すると、悟史はあからさまに機嫌を悪くする。
「どうして?蓮と拓は祓い屋の才能もないのに」
「物資の調達と車での送迎をやってくれるだけ、超有り難いわ。特に今は夏本番だし。クーラーの効いた車内でのんびり出来るとか、マジ神」
「一応、この車僕のものなんだけど……」
『何で蓮達のおかげみたいになるのさ』と不満を漏らし、悟史はスマホを握り締める。
それも、俺の方を。
『おい、壊れたらどうすんだよ』と思案する中、黒塗りの高級車はある一軒家の前で停まった。
かと思えば、及川兄弟が素早く車を降りて後部座席側の扉を開く。
惚れ惚れするほどスマートな対応に、俺は『あんがと』と声を掛けて下車した。
と同時に、一軒家の方から女性が姿を現す。
「あ、あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
田舎では目立つ高級車とイカつい及川兄弟に、彼女は警戒心を露わにする。
どこか不安そうにキョロキョロと辺りを見回す女性に、俺は悟史から奪い返したスマホを見せた。
「祓い屋の小鳥遊です。そちらは依頼人の東雲柚子さんで、お間違いないでしょうか?」
「は、はい……!私が東雲柚子です!本日は遠いところお越しいただき、ありがとうございます!」
『すみません、こんな田舎町に!』と頭を下げ、東雲柚子はチラリと及川兄弟を見る。
ヤバい人に依頼してしまったかもしれないとでも考えているのか、顔色が悪かった。
『どうしよう』と困り果てる彼女を前に、悟史はすかさず及川兄弟へ目配せする。
すると、二人は直ぐさま車へ戻ってこの場を立ち去った。
恐らく、少し離れた場所で待機するつもりなのだろう。
「とりあえず立ち話もなんなんで、中に入っていいですか?」
悟史はここでも物怖じしない性格を遺憾なく発揮し、ニッコリ笑う。
どこか人懐っこい印象を与える彼の態度に、東雲柚子はちょっと拍子抜けしたようでコクリと頷いた。
へぇ……ここで追い返さないのか。
となると、本気で困ってそうだな。
こちらの想定以上に、厄介な案件かもしれない。
などと考えながら、俺は東雲家の中へ足を踏み入れ────震撼する。
「……悟史、出来るだけ礼儀正しくしていろ。今回は悪い意味で大当たりだ」
この上ない威圧感……というか厳かな空気に、俺は表情を強ばらせた。
震える指先を握り込む俺の横で、悟史は少しばかり姿勢を正す。
「『今回は』じゃなくて、『今回も』でしょ」
「お前もついにそこまで、感知出来るようになったか。でも、今回は前回の比じゃないぞ」
「分かっているって」
『マジで全然空気が違うもん』と零し、悟史は歩を進めた。
そしてリビングへ通されると、俺達はそれぞれダイニングテーブルの前に腰を下ろす。
東雲柚子の用意したお茶やお菓子を眺めながら俯き、上の気配から極力意識を逸らした。
そうでもしないと、今にも呑み込まれそうだったから。
「えっと……それで、依頼内容をもう一度教えていただけますか?」
メールの文面と上から漂ってくる気配で、もう大体把握してはいるものの、念のため説明を求めた。
時折、情報不足や言葉の食い違いで決定的なミスを侵すことがあるので。
どんなに面倒でも、依頼人の口から直接事情を聞くようにしている。
「あっ、はい。内容は本当メールに書いた通りなのですが────実はウチの娘の麻里が、その……コックリさんをやってしまったようでして」
最もポピュラーな降霊術を話題に出し、東雲柚子は少し視線を下げた。
どこか言いづらそうに……躊躇うように唇を引き結び、ギュッと手を握り締める。
「娘は……麻里は幽霊に憑依されてしまったようなんです。なので、小鳥遊さんにはその幽霊を追い払っていただきたく……」
メールに書いてあったことと全く同じ内容を言い、東雲柚子はチラリとこちらの顔色を窺った。
かと思えば、シャツの裾辺りをギュッと握り締める。
「これまで有名な霊能力者や高名な住職など……色んな方々に見ていただきましたが、皆さん家に入るなり逃げ出すか金だけ搾り取って去るかの二つでした。なので、先にこれだけ言わせてください」
そう前置きしてから、東雲柚子は真っ直ぐにこちらを見据えた。
「────もし、お金目的なら今すぐお帰りを。ウチはもう本当にお金がなくて……今回の費用を工面するのだって、かなりギリギリだったんです」
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