2 / 52
Episode1
母親の幽霊
しおりを挟む
気になる点は主に二つ。
何故、氷室悟史の母親は死んだ直後じゃなくて少し間を置いてから、現れるようになったのか。
また、何故こんなにも霊障の進行が早いのか。
余程恨みを持っている人物でもなければ、ここまで急激には進まない。
家族の死により傷心中だったとしても、だ。
幽霊は基本、人間の精神に干渉してくる。
物理的にどうこう出来る類いのものは、とても少ない。
だから、母の夢を見るなり意識不明になるというのはとても不自然なのだ。
『組長への愛が大きすぎるが故のバフ効果?』と思案する中、氷室悟史は右横の障子に手を掛けた。
「こちらが、父の眠る寝室になります。今は風来家の方々によって結界を張られていますので、中に入らない限りは大丈夫だと思いますが、念のため気をつけてください」
『視える体質の人は影響を受けやすいと聞いていますから』と言い、氷室悟史はこちらを気遣う。
ヤクザの跡取りというだけあって、こちらの業界にも詳しいらしい。
『裏稼業と祓い屋は切っても切れない縁だもんな』と考えつつ、俺は小さく首を縦に振る。
すると、氷室悟史は
「では、開けます」
と一言掛けてから、一気に障子を開け放った。
その途端、何とも言えない不快感と嫌悪感が全身を駆け巡る。
が、俺は至って冷静だった。
こういう修羅場は幾度となく、経験しているため。
あー……なるほどな。だから、風来家の次期当主は俺にこの案件を回してきたのか。
『やっと腑に落ちた』と肩を竦め、俺はドブのような臭いとうっすら見える黒い靄に苦笑した。
と同時に、黒髪ロングの女性がこちらを見る。
恐らく、彼女が組長の妻であり氷室悟史の母親だろう。
「えーっと、とりあえず────お疲れ様でした。あとは俺に任せて、休んでいてください」
ペコリと頭を下げ、俺は『もう何もしなくていい』と告げた。
布団に寝かせられた男性を眺めつつ、禍々しい気配で溢れた室内へ足を踏み入れる。
「えっ?ちょっ……大丈夫なの!?中に入って!」
氷室悟史は堪らずといった様子で俺の腕を掴み、困惑気味に眉を顰めた。
余程驚いているのか、敬語は……猫被りは外れてしまっている。
「第一、フリーの祓い屋なんかにどうにか出来る訳!?風来家より派遣されてきた者達ですら、解決出来なかったのに!」
やはりこちらの実力を信じてなかったのか、氷室悟史は『危ないよ!』と警告してきた。
が、俺は全く意に介さない。
「あいつらがしたのはあくまで、部屋や組長の浄化と母親のお祓いだろ?それじゃあ、この問題の根本は解決出来ねぇーよ」
「はっ……?それはどういう……」
怪訝そうな表情を浮かべる氷室悟史に、俺はやれやれと頭を振る。
そして、一から説明してやろうとするものの────目当てのものを発見して、一瞬固まった。
「あれか────呪詛の媒介は」
独り言のようにそう呟くと、俺はタンスの上に置かれた熊のガラス細工へ一直線。
俺の腕を掴んだままの氷室悟史を引き摺っていき、目当てのものを手に取った。
と同時に、床へ叩きつける。
「お、おい!一体、何を……えっ?」
ガラス細工の破片の中から出てきた一枚の紙に、氷室悟史は目を丸くした。
恐らく、素人目から見ても禍々しいものに映ったのだろう。
俺はその紙を持ち上げると、『ふっ!』と息を吹きかけた。
「これでよしっと」
禍々しい雰囲気のなくなった紙を見下ろし、俺はクルリと身を翻す。
すると、間髪容れずに氷室悟史が声を掛けてきた。
「えっ?何をしたの?」
「呪詛の効果を打ち消したんだよ」
「はっ……?」
『一体、何を言っているんだ?』と戸惑い、氷室悟史は目を白黒させる。
全く状況についていけない様子の彼に、俺はチラリと視線を向けた。
「まあ、一から説明すると、組長の体調不良の原因は母親の幽霊じゃなくて、この紙────に込められた呪いのせいなんだよ」
「!!」
ハッとしたように息を呑む氷室悟史は、メモ帳サイズの紙を凝視した。
かと思えば、困惑気味に色素の薄い瞳を揺らす。
「じゃ、じゃあ母さんの幽霊は最初から居なかったってこと……?」
「いや、居る。めっちゃ居る。そこに居る」
組長の頭上辺りを指さすと、氷室悟史は『ますます訳が分からない……』と額を押さえた。
今にも思考停止しそうな彼の前で、俺は体が透けている女性を見つめる。
「多分だけど、お前の母親は────組長を守るためにここへ来たんじゃないか?」
「えっ……?」
「この呪詛って、本来は悪夢や幻覚を見せて精神的に追い詰めていくやつなのね。でも、お前の母親が父親の夢に干渉することでその効果を何とか抑えていたんだ。いや、吸収していたと言った方が正しいか……」
『毒を食らうような行為なのに、よくやる』と肩を竦め、俺は氷室悟史に向き直る。
「あと、お前らの前によく現れていたのは父親の異常に気づいてほしかったから。自分が……幽霊が頻繁に出るとなれば、医者だけじゃなく祓い屋も呼んでくれると踏んだんだろう」
本当は自力でどうにかしたかったんだろうが、幽霊は物理的に何か出来る訳じゃないから……こういう遠回しな方法を選ばざるを得なかった。
まさに愛だな。自分が悪者になってでも、他人を助けるなんて……たとえ、夫婦でもなかなか出来ない。
氷室悟史の言う通り、母親は本当に組長のことを愛していたのだろう。
何故、氷室悟史の母親は死んだ直後じゃなくて少し間を置いてから、現れるようになったのか。
また、何故こんなにも霊障の進行が早いのか。
余程恨みを持っている人物でもなければ、ここまで急激には進まない。
家族の死により傷心中だったとしても、だ。
幽霊は基本、人間の精神に干渉してくる。
物理的にどうこう出来る類いのものは、とても少ない。
だから、母の夢を見るなり意識不明になるというのはとても不自然なのだ。
『組長への愛が大きすぎるが故のバフ効果?』と思案する中、氷室悟史は右横の障子に手を掛けた。
「こちらが、父の眠る寝室になります。今は風来家の方々によって結界を張られていますので、中に入らない限りは大丈夫だと思いますが、念のため気をつけてください」
『視える体質の人は影響を受けやすいと聞いていますから』と言い、氷室悟史はこちらを気遣う。
ヤクザの跡取りというだけあって、こちらの業界にも詳しいらしい。
『裏稼業と祓い屋は切っても切れない縁だもんな』と考えつつ、俺は小さく首を縦に振る。
すると、氷室悟史は
「では、開けます」
と一言掛けてから、一気に障子を開け放った。
その途端、何とも言えない不快感と嫌悪感が全身を駆け巡る。
が、俺は至って冷静だった。
こういう修羅場は幾度となく、経験しているため。
あー……なるほどな。だから、風来家の次期当主は俺にこの案件を回してきたのか。
『やっと腑に落ちた』と肩を竦め、俺はドブのような臭いとうっすら見える黒い靄に苦笑した。
と同時に、黒髪ロングの女性がこちらを見る。
恐らく、彼女が組長の妻であり氷室悟史の母親だろう。
「えーっと、とりあえず────お疲れ様でした。あとは俺に任せて、休んでいてください」
ペコリと頭を下げ、俺は『もう何もしなくていい』と告げた。
布団に寝かせられた男性を眺めつつ、禍々しい気配で溢れた室内へ足を踏み入れる。
「えっ?ちょっ……大丈夫なの!?中に入って!」
氷室悟史は堪らずといった様子で俺の腕を掴み、困惑気味に眉を顰めた。
余程驚いているのか、敬語は……猫被りは外れてしまっている。
「第一、フリーの祓い屋なんかにどうにか出来る訳!?風来家より派遣されてきた者達ですら、解決出来なかったのに!」
やはりこちらの実力を信じてなかったのか、氷室悟史は『危ないよ!』と警告してきた。
が、俺は全く意に介さない。
「あいつらがしたのはあくまで、部屋や組長の浄化と母親のお祓いだろ?それじゃあ、この問題の根本は解決出来ねぇーよ」
「はっ……?それはどういう……」
怪訝そうな表情を浮かべる氷室悟史に、俺はやれやれと頭を振る。
そして、一から説明してやろうとするものの────目当てのものを発見して、一瞬固まった。
「あれか────呪詛の媒介は」
独り言のようにそう呟くと、俺はタンスの上に置かれた熊のガラス細工へ一直線。
俺の腕を掴んだままの氷室悟史を引き摺っていき、目当てのものを手に取った。
と同時に、床へ叩きつける。
「お、おい!一体、何を……えっ?」
ガラス細工の破片の中から出てきた一枚の紙に、氷室悟史は目を丸くした。
恐らく、素人目から見ても禍々しいものに映ったのだろう。
俺はその紙を持ち上げると、『ふっ!』と息を吹きかけた。
「これでよしっと」
禍々しい雰囲気のなくなった紙を見下ろし、俺はクルリと身を翻す。
すると、間髪容れずに氷室悟史が声を掛けてきた。
「えっ?何をしたの?」
「呪詛の効果を打ち消したんだよ」
「はっ……?」
『一体、何を言っているんだ?』と戸惑い、氷室悟史は目を白黒させる。
全く状況についていけない様子の彼に、俺はチラリと視線を向けた。
「まあ、一から説明すると、組長の体調不良の原因は母親の幽霊じゃなくて、この紙────に込められた呪いのせいなんだよ」
「!!」
ハッとしたように息を呑む氷室悟史は、メモ帳サイズの紙を凝視した。
かと思えば、困惑気味に色素の薄い瞳を揺らす。
「じゃ、じゃあ母さんの幽霊は最初から居なかったってこと……?」
「いや、居る。めっちゃ居る。そこに居る」
組長の頭上辺りを指さすと、氷室悟史は『ますます訳が分からない……』と額を押さえた。
今にも思考停止しそうな彼の前で、俺は体が透けている女性を見つめる。
「多分だけど、お前の母親は────組長を守るためにここへ来たんじゃないか?」
「えっ……?」
「この呪詛って、本来は悪夢や幻覚を見せて精神的に追い詰めていくやつなのね。でも、お前の母親が父親の夢に干渉することでその効果を何とか抑えていたんだ。いや、吸収していたと言った方が正しいか……」
『毒を食らうような行為なのに、よくやる』と肩を竦め、俺は氷室悟史に向き直る。
「あと、お前らの前によく現れていたのは父親の異常に気づいてほしかったから。自分が……幽霊が頻繁に出るとなれば、医者だけじゃなく祓い屋も呼んでくれると踏んだんだろう」
本当は自力でどうにかしたかったんだろうが、幽霊は物理的に何か出来る訳じゃないから……こういう遠回しな方法を選ばざるを得なかった。
まさに愛だな。自分が悪者になってでも、他人を助けるなんて……たとえ、夫婦でもなかなか出来ない。
氷室悟史の言う通り、母親は本当に組長のことを愛していたのだろう。
28
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる