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第二章

叙爵

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◇◆◇◆

 ────師匠とのお別れから、約半年。
ミリウス殿下の護衛任務も終わり、私はエテル騎士団の業務へ戻った。
これで、もう完全にいつも通り────と思いきや、朗報が。

「おめでとう、グレイス卿。君のこれまでの功績が認められて、叙爵する運びになったよ」

 そう言って、ニッコリ微笑むのは他の誰でもないミリウス殿下だった。
『やったね』と自分のことのように喜ぶ彼は、パチパチと手を叩く。
『ちなみに爵位は男爵だよ』と補足する彼を前に、私はポカンとしてしまった。
なにせ、突然のことだったので。

 でも、悪い知らせじゃなくて良かったわ。
ミリウス殿下の執務室に呼び出された当初は、また護衛の相談でもされるのかと思っていたから。

 『何事もなくて安心した』と胸を撫で下ろし、私は僅かに表情を和らげる。
と同時に、背筋を伸ばして一礼した。

「有り難く拝命いたします」

 ────と、答えた一週間後。
無事に授与式も済んで、本当に男爵となった。
でも、別に領地を与えられたり何かの義務を課せられたりした訳じゃないため、至っていつも通り。
男爵という肩書きが、増えた程度の認識だ。

 一応、貴族としての特権は諸々使えるらしいけど、特に必要性を感じないのよね。

 華やかな社交界にも政治にも関心のない私は、『本当に名ばかり貴族だなぁ』とぼんやり考える。
────と、ここで退勤時間になり、騎士団本部を後にした。
そして、一度自宅に帰ると、服を着替えてまた外出。
というのも、今日はディラン様から夕食に誘われているため。

 このピンクのドレスもわざわざ、ディラン様が用意してくれたのよね。
会う時に着てきてほしい、って。
だから、今回は仕事帰りに合流するいつもの流れじゃなくて、待ち合わせになったの。

 『さすがに騎士団本部でドレスに着替える訳には、いかなかったから』と思案しつつ、私は歩を進める。
待ち合わせ場所であるレストランを目指して。

 事前に教えてもらった道順通りなら、この辺の筈だけど……あっ、

「────ディラン様」

 お店よりも先に待ち合わせ相手を発見し、私は軽く手を上げた。
すると、正装姿のディラン様がこちらを振り返る。

「グレイス嬢……」

 なんだか驚いた様子でこちらを見つめ、ディラン様は微かに頬を赤くした。
かと思えば、ツカツカとこちらへ歩み寄ってくる。

「や、やっぱり帰ろう」

「えっ?」

「こんなに可愛い君を、誰にも見せたくない」

 そう言うが早いか、ディラン様は自分のジャケットを脱いで私に着せた。
いや、被せたと言った方がいいかもしれない。
だって、頭の上からジャケットを掛けられたから。

「本当に似合いすぎて、困る……ただでさえ、普段と違う格好でドキドキしているのに……こんなの反則だよ……今すぐ、家に閉じ込めたい……」

 何かを堪えるように唇を引き結び、ディラン様は力いっぱい私を抱き締める。

「嗚呼、もう本当に好き……大好き。愛している」

 人目も憚らずに愛の言葉を囁き、ディラン様はスリスリと頬擦りしてきた。
その瞬間────目の前が真っ白になる。いや、光に包み込まれると言った方が正しいか。
反射的に目を瞑る私の前で、ディラン様は『ふふっ』と小さく笑った。

「これで二人きり……」

 スルリと私の頬を撫で、ディラン様は頭の上に被せたジャケットを取り払う。
と同時に、私は目を開けた。

 あれ?ここは……。

 全く見覚えのない広い空間に、私は小首を傾げる。
とりあえず、転移魔術で移動してきたことは理解しているが……この場所に全く心当たりはなかった。
『もしかして、ディラン様の自宅?』なんて考えていると、彼はうっそりと目を細める。

「いきなり、連れ去ってきちゃってごめんね……?どうしても、今の君を独り占めしたくて……本当に凄く凄く可愛いから」

 ハーフアップにした髪や露わになった肩へキスして、ディラン様は独占欲を表す。
なんだか目がハートになっている彼を前に、私は

「ディラン様の方こそよくお似合いです、その青いジャケットも紺のスーツも。髪型だってオールバックにしていて、綺麗なお顔がよく見えますし」

 と、本心を語った。
ニコニコと機嫌良く笑いながらディラン様の頬を撫でる私は、『本当に素敵です』と褒め称える。
すると、彼は瞬く間に赤くなった。

「ぁ……ぅ……そんなの……ずる、ぃ……」

 『不意討ちは卑怯だ』と主張し、ディラン様はちょっと俯く。
でも、決して手を振り払おうとはしなかった。
むしろ『もっと撫でて』と言うように、少し顔を傾けてくる。
相変わらず猫のような反応を示す彼に、私はついつい笑みを漏らしてしまった。
ディラン様を慈しむ気持ちが大きくなっていくのを感じつつ、更に彼の頬を撫でる。

「ディラン様、少しだけ顔を上げてくれませんか?」

「だ、だめ……今、絶対変な顔しているから……」

「そんなことはないと思いますが、ディラン様の嫌がることはしたくないので我慢しますね。ちょっと残念ですけど」

「……僕の変な顔、見たかったってこと?」

 少し拗ねたような口調で問い掛けてくるディラン様に、私は小さく首を横に振る。

「いえ、そうじゃなくて────ディラン様とキスしたかったな、と」

「!」

 パッと弾かれるように顔を上げたディラン様は、僅かに目を輝かせた。
かと思えば、スススッと顔を近づいてくる。

「そういうことなら、早く言ってよ。ねぇ、今日は僕からしてもいい?」

「もちろんです。今日に限らず、いつでもどうぞ」

 これまで私からすることが多かったため、なんだか新鮮な気持ちになった。
喜びを隠し切れない私の前で、ディラン様は

「ありがとう。じゃあ……するね」

 ゆっくりと唇を重ねる。
初めてということもあって緊張しているのか、彼は少し震えていた。
なので宥めるように優しく頭を撫でると、ディラン様は安心して肩の力を抜く。
と同時に、チュッと音を立てて唇を離した。

「もう一回、いい……?」

「はい。何度でもしてください」

「本当に……?僕、多分止まらなくなるよ……?」

「構いません」

 『ディラン様になら、何をされてもいい』と思っているため、私は笑って頷いた。
と同時に、ディラン様はまたもや唇を重ねる。
今度はちょっと激しく、何度も角度を変えながら。
『もっと、もっと』と長く深く口付けるディラン様は、いつの間にか息も絶え絶えに。
でも、まだ物足りないのか結局小一時間ほどキスに没頭していた。

「ごめんね、グレイス嬢……すっかり夢中になっちゃった」

 『いくらなんでも、やり過ぎた』と反省するディラン様に、私は小さく首を横に振る。

「いえ、謝らないでください。『何度でもしてください』と言ったのは、私ですから。それにディラン様とたくさんキス出来て、私も嬉しかったです」

 素直な気持ちを伝えてニッコリ微笑むと、ディラン様は少しばかり頬を赤くした。
ちょっと照れ臭そうに。

「グレイス嬢は本当に甘やかし上手だよね。僕を喜ばせるのが上手い、とも言うのかな。このままじゃ、骨抜きにされそう……いや、もうなっているか。僕、君なしじゃ生きていけないから」

 どことなく真剣味を帯びた瞳でこちらを見つめ、ディラン様は『本心だよ』と伝えてくる。
思わず固まる私を前に、彼は少しばかり身を乗り出した。

「ねぇ、グレイス嬢」

 私の頬を両手で包み込み、ディラン様は真っ直ぐにこちらを見つめる。
と同時に、表情を引き締めた。
いつになく凛とした雰囲気を漂わせるディラン様に自然と鼓動が早まる中、彼は意を決したように口を開く。

「────これから先もずっと、僕の隣に居てほしい」

 改まったようにそう言ってくるディラン様は、言うまでもなく真剣そのものだった。
なので、さすがの私も『将来を見据えた発言なんだ』と理解する。

「あの、それはプロポーズと受け取ってよろしいでしょうか?」

 自惚れかもしれないため一応確認を取ると、ディラン様は迷わず首を縦に振った。

「うん、そのつもり。まあ、ムードも何もないこの状況じゃ、冗談に聞こえるかもしれないけど。でも、ちゃんと本気だよ。今日、わざわざドレスアップしてもらったのも良いレストランを指定したのも全部プロポーズするためだから」

 『ずっと前から、準備していたんだ』と語り、ディラン様はコツンッと額同士を合わせる。
と同時に、至近距離からこちらを見つめた。

「それで────グレイス嬢の気持ちを聞かせてほしいんだけど」

 『もちろん、時間が欲しいなら待つよ』と述べつつ、ディラン様は返事を促す。
アメジストの瞳に僅かな不安と期待を滲ませる彼の前で、私は少しばかり悩む素振りを見せた。

 結婚となると、家同士の結び付きもある。
これまでのように互いの感情だけで、事を進める訳にはいかない。
ただでさえ、私とディラン様では身分が……あっ、でも────私はもう貴族の末席に名を連ねる立場だから、一応ディラン様やフラメル公爵家の面目が立つのではないかしら?

 貴族に仲間入りした事実を思い返し、私は『もしや、それを見越した上で今プロポーズを?』と思案する。
色々と腑に落ちていく感覚を覚えながら、私はそっと目を伏せた。

 それなら、あとは私の気持ち次第。
ディラン様の想いに応えるためにも、しっかり覚悟を決めないと。

 『いい加減な気持ちで返事しちゃいけない』と自分に言い聞かせ、私は真剣にディラン様との将来を考える。
そして、幸せな未来を思い描くと、真っ直ぐに前を見据えた。
必ずこの理想を叶えよう、と胸に決めて。

「私で良ければ、ディラン様のお隣に居させてください。これから先も、ずっと……どちらかの命が尽きるまで」

 確固たる意志と覚悟を持って返事し、私は額を合わせたままの状態で擦り寄る。
大好き、という気持ちを態度でも伝えたくて。

「うん……うん、ありがとう。ずっとずっと一緒に居ようね」

 ディラン様は少しばかり瞳を潤ませ、僅かに表情を和らげた。
心底ホッとしたように……でも、凄く幸せそうに。

「改めて、これからよろしくね」

 蕩けるような甘い声でそう言い、ディラン様はうんと目を細める。
と同時に、キスを交わした。
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