心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど

文字の大きさ
上 下
41 / 59
第二章

信じられなかった罪《ミリウス side》

しおりを挟む
「これで終わりだ、兄さん」

 その言葉を合図に、サミュエルの部下達は剣を振り上げた。
────と、ここでディランが魔術式の短縮版簡易魔術を利用して彼らを吹き飛ばす。
が、普通の魔術より威力はかなり低いため少し体がよろめいた程度で、相手の体勢を崩すことは出来なかった。
なので、サミュエルの部下達は何事もなかったかのようにまた剣を構える。

 ダメだ、これは……完全に詰んだ。

 回避も防御も逃走も不可能な現実を見据え、私は絶望した。
その瞬間────後ろから、ガサッと草木の揺れる音が聞こえる。
思わずそちらへ目を向けると、グレイス嬢の姿を視認した。

 何故、彼女がここに……?まさか、もうあの魔物達を倒したのか!?あれだけの数が居たのに!?

 『そんなこと有り得るのか!?』と動揺しつつ、私はふと────サミュエルの言葉を思い返す。
『あの話はあながち、嘘じゃなかったんじゃないか』と不信感を募らせる中、グレイス嬢はこちらを向いた。
と同時に、大きく目を見開く。

「ディラン様……!」

 血だらけの恋人を見て、狼狽え……ているように見えるグレイス卿は、慌ててこちらへ向かってくる。
が、どう考えても間に合う距離じゃないため、取り急ぎ風圧で敵を捌いた。
ゴトッと地面へ落ちる彼らの手首を前に、彼女は再び剣を構える。
どこか据わった目で前を見据え、地面を蹴り上げた。
かと思えば、私達の前へ着地する。

「言いたいことはたくさんありますが、後にします。今はディラン様の治療を最優先に動きましょう」

 サミュエル側の人間を威嚇しつつ、グレイス卿は私の方へ手を差し出す。

「一先ず、ディラン様をこちらへ」

 『自分が背負う』と申し出るグレイス卿に、私はすぐ賛同出来なかった。
彼女を本当に信用していいのか、迷ってしまって。

 分かっている……サミュエルの言っていたことは詭弁に過ぎない、と。
現に彼女は私達を助けてくれたし、ボロボロのディランを見て怒ってくれた。
でも、あの異様な強さと経歴の謎には不信感が残る……。

 親友の一大事ということもあって、いい加減な判断は出来ず……自分でも驚くほど、慎重になる。
『やっぱり、不安要素のある人間へ大切なものほ託せない』と思案する中、私は顔を上げた。

「いや、ディランの身柄は私の方で管理するよ。グレイス卿はこのまま、敵の牽制と防御に徹してほしい」

「えっ?でも、それだとミリウス殿下の負担が……」

 人一人持てないほど非力だと思われているのか、グレイス卿はこちらのことを気に掛ける。
『本当に大丈夫ですか?』と尋ねてくる彼女の前で、私はディランのことをおんぶした。

「この通り、問題ないよ」

「……そうですか。分かりました」

 少し不安そうではあったものの、グレイス卿は最終的に理解を示す。
『辛くなったら、いつでも代わりますからね』と声を掛けてから、前の方を見た。

「では、退路を開きますのでとにかく真っ直ぐ走ってください。敵は絶対に近づけません」

 そう言うが早いか、グレイス卿は目の前の敵を薙ぎ払う。
一応手加減しているのか、あちらに致命傷はないものの……手首の切断も相まって、もう動く気力など0だ。
地面に尻もちをついてのたうち回るしかない彼らの前で、彼女はこちらを振り返る。

「さあ、お早く」

 テントやステージのある方向を手で示し、グレイス卿は先に行くよう促してきた。
なので、私は意を決して駆け出す。
すると、彼女も直ぐにあとを追い掛けてきた。

「えっ?グレイス卿も来るのかい?」

 てっきりここに残って敵を一網打尽にするものかと思っていた私は、口を滑らせる。
これでは、彼女のことを疑っているのが丸分かりだ。
『不味い……つい、動揺して』と戸惑う私を前に、グレイス卿は後方へ剣を振るう。

「一応、足止め役としてここに残ることも考えましたが、伏兵の存在や野生動物との遭遇を考えるとあまりにもリスクが大きいため断念しました。今のミリウス殿下では、咄嗟に反撃も出来ないでしょうから」

 ディランを背負った状態だと下手に動けないことを指摘し、グレイス卿は『これが最善』と説いた。

 確かに……彼女の言い分には、一理あるね。
ここで分断するのは、得策じゃない……けど、グレイス卿に背中を晒すのは少し抵抗があるな。

 僅かに表情を強ばらせ、私は頻りに後ろの様子を窺う。
剣を振った時の風圧で、切り刻まれていく敵達を見つめながら。
『この調子なら、森を抜ける前に敵が全滅するかもしれない』と考える中────私は足を滑らせた。

「なっ……!」

 反射的に足元を見ると、そこには大量の血が……。
まだ乾き切っていないのか、かなりヌルヌルしている。

 まさか、これ全部ディランの……!?いや、それにしては量が……!

 などと思いつつ、体勢を崩す。
その際、エテル騎士団の騎士服を身に纏う男性が一瞬だけ見えた。

 そうか、彼がこの血の……!

 木の幹に背中を預けて絶命している男性に、私は目を見開く。
というのも、多分────彼がサミュエル達のお目付け役として救援隊へ加わり、命を落とした者だから。
そうでなければ、陣営の警備を担当しているエテル騎士団が森へ入る筈ない。
『それにこれは明らかに斬殺だし』と冷静に分析しつつ、ここからどうするか悩む。

 倒れた先には、斜面がある……恐らく、このままだと二メートルほど転げ落ちることになるだろう。
幸い、そこまで角度のある斜面じゃないから受け身さえ取れば、私は大丈夫だと思う。
でも、重傷のディランは……。

 最悪の未来を想像し、私は歯を食いしばった。
と同時に、己の失態を嘆く。

 私の、せいだ……後ろばかり気にして、しっかり前を見てなかったから。
いや、違うな。そもそもの原因は────グレイス卿を信用出来なかったこと。
彼女は言葉や態度でしっかり、味方であることを示してくれていたのに……私はまんまとサミュエルの口車に乗せられてしまった。

 どんなに追い込まれてもサミュエル側へ寝返らなかったことを思い返し、私は心底自分を恨む。
本物のスパイならここまでしないだろう、と。
少なくとも、最初に分断したあと戻ってくることはなかった筈だ。
こちらの状況にもよるが、そんなの自滅行為に他ならないから。
情報を持って帰るのが仕事であるスパイにとって、最悪の選択と言える。

 その事実にもっと早く気づけていたら……私はこのような過ちを犯さずに済んだのだろうか。

 後悔と自己嫌悪に苛まれながら、私は体の向きを変える。
せめて、私が下敷きになる形で着地しようと思って。
そんなことをしても、ディランの容態悪化は避けられないだろうが……今、出来ることはこれくらいしかなかった。
『歯痒いね……本当に』と唇を噛み締める中────不意に左肩を掴まれる。

「ミリウス殿下、ディラン様のことを離さないでくださいね」

 聞き覚えのある声が耳を掠め、私は反射的に後ろを振り返った。
すると、そこにはグレイス卿と────彼女に剣を振り下ろすサミュエルの姿があった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

私と運命の番との物語

星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。 ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー 破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。 前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。 そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎ そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。 *「私と運命の番との物語」の改稿版です。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。

白霧雪。
恋愛
 王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。

処理中です...