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第二章

兎の追跡

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「追い掛けよう」

 やっと見つけた獲物ということもあり、ミリウス殿下は一も二もなく駆け出した。
ここであの兎を逃せば、また捜索に逆戻りなので何としてでも捕まえたいのだろう。

「ちょっ……待ってよ」

 ここまでの移動と暑さにより疲弊しているディラン様は、息を切らしながら後を追う。
私も、それに続いた。

「……もう無理。走れない」

 両膝に手をついて立ち止まり、ディラン様は『先に行って』と私を促す。
さすがにミリウス殿下を一人にする訳には、いかないため。
『魔術を使って何とか追い掛けるから』と述べる彼に対し、私は

「ちょっと失礼します」

 と、断りを入れた。
と同時に、ディラン様をお姫様抱っこする。
端から、彼を置いていく選択肢なんてなかった。
『私一人じゃ、ミリウス殿下を完璧に守り切れないし』と考えつつ、先を急ぐ。

「ぐ、グレイス嬢大丈夫?疲れていない?」

「問題ありません。ご心配いただき、ありがとうございま……」

 ────す。

 と続ける筈だった言葉を呑み込み、私は一気に加速した。
そして、ミリウス殿下の前へ躍り出ると、ディラン様を一旦下ろす。

「お二人とも、そのまま動かないでください」

 そう言うが早いか、私は剣を思い切り横へ振った。
『一線』という掛け声と共に。

「「!?」」

 ハッとしたように息を呑むディラン様とミリウス殿下は、鋭い刃のような強風に釘付けとなる。
何故なら、その先に────炎の玉を発見したから。

「魔術……?」

「どこかからの流れ弾でしょうか……?」

 ドカンと大きな音を立てて接触した強風と炎の玉を前に、二人は顔を見合わせた。
その瞬間────前方にある木々の間から、黒い熊が姿を現す。

「なっ……!魔物!?」

「じゃあ、さっきの攻撃は……!」

 大きく瞳を揺らし、ミリウス殿下とディラン様は表情を強ばらせた。
かと思えば、険しい顔付きで魔物を見据える。

「この森で魔物の目撃情報はなかった……今朝も含めてしっかり見回りしたから、間違いない」

「なら、これは────自然発生したものではなく、人間の手でここに連れてこられた可能性が高いですね」

 人為的なものであることを指摘し、ディラン様は眉間に皺を寄せた。
『してやられた』と悔しがる彼の横で、ミリウス殿下は額に手を当てる。

「上手く誘導された、という訳か……」

 溜め息交じりにそう言い、ミリウス殿下はチラリと後ろを振り返った。

「よく考えてみれば、ここまで動物に遭遇しなかったのは不自然でしかないし、あの兎の登場もどこかわざとらしかった」

「逃走ルートも、ちょっと変でしたしね。普通は草むらなどの障害物を経由しながらこちらを撒くのに、あの兎は姿を晒したまま一直線……最初はこの辺に生息しない種類だから、迷子になっているのかと思ったけど、それにしたって違和感は大きい。何より、僕でも追跡出来るスピードで走っていたのが引っ掛かります」

 『まあ、途中で力尽きましたけど』と肩を竦め、ディラン様は手のひらから魔力を出す。
と同時に、兎の走り去った方向を見つめた。

「恐らく、人間の手によってしっかり訓練された兎だったんでしょうね」

 『そう考えれば、辻褄は合う』と主張し、ディラン様はスッと目を細める。
アメジストの瞳に確信を滲ませる彼の前で、ミリウス殿下はやれやれとかぶりを振った。

「兎は他の動物に比べて警戒心が強く躾にくいのに、よくここまで手懐けたね。ある意味、感心するよ」

 『その労力を別のことに割けば、いいのに』と零し、ミリウス殿下は苦笑いする。
その横で、ディラン様は魔術式を完成させた。

「何はともあれ────こうなった以上、相手するしかありませんね」

 かなり森の奥まった場所に来てしまったからか、ディラン様は逃亡という選択肢を消す。
今、ここで敵に背中を向けるのは悪手と判断したようだ。

 私かディラン様がここに残って魔物を倒す手もあるけど、他にも居る可能性を捨て切れないため別行動は不味い。
固まって動くのが、ベスト。

 人為的ということもあり、慎重になる私は警戒心を強める。
と同時に、顔だけ後ろへ向けた。

「ミリウス殿下、信号弾を」

「ああ、分かっているよ」

 ミリウス殿下は剣を一度鞘に戻して懐へ手を突っ込み、信号銃を取り出した。
かと思えば、迷わず引き金を引く。
その途端、上空に真っ赤な煙が上がった。
これは救援要請を意味するものである。

 今日はよく晴れているから、皆直ぐに気づいてくれる筈。
だから、助けが来るまで時間稼ぎをすればいい。
とはいえ、ここはかなり奥まった場所の上、通常コースより少し外れているためある程度持ち堪える必要があるけど。

 『この森、凄く広いし』と考えつつ、私は剣を構えた。
それを合図に、ディラン様が魔術を発動させる。

「とりあえず、結界は張った。だから、こっちのことは気にせず戦っていいよ」

「ただし、離れ過ぎないようにね。いざという時、お互いの射程圏内に居ないと対応出来ないから」

 手短に指示を出してくるディラン様とミリウス殿下に対し、私はコクリと頷く。

「分かりました。では、少し前に出ます」

 前方に居る魔物へ意識を向け、私は勢いよく地面を蹴り上げた。
そして、瞬く間に距離を詰めると、魔物の首を刎ねる。
ブシャッと飛び散る血液を一瞥し、私はすかさず身を屈めた。
すると、どこからか現れた炎の玉が頭上スレスレを飛んでいく。

「やはり、一体だけではありませんでしたか」

 右奥に居る熊の集団を見やり、私は体勢を立て直した。
と同時に、先程飛んできた火の玉が近くの木々を燃やす。

「あっ……」

 大きな火事に繋がりかねない現状を前に、私は慌てて剣を構えた。
『早く消火を』と考える私の前で、後ろから水の矢が飛んでくる。

「炎の玉の後始末はこっちでやる。だから、グレイス嬢は魔物に集中して」

 ディラン様は正確に火元を撃ち抜き、あっさり消火。
そのため、被害は最小限で済んだ。
『私じゃ、ああはならない』と判断し、魔物の対応に専念する。
出来ると意地を張ったって、どうしようもないから。
『とにかく、私は私の出来ることをしよう』と奮起し、剣を振るう。
先程と同様に風圧を利用して攻撃する中、炎の玉の集中砲火に見舞われた。

 思ったより、知能の高い魔物みたいね。わりと連携が取れているわ。

 物凄い勢いで接近してくる複数の炎の玉を前に、私は地面を蹴り上げる。
その反動で体が浮き上がり、炎の玉の集中砲火を回避した。

 風で相殺しても良かったのだけど、あの数となると取りこぼしの可能性があるから。
それに、炎の玉Aに向けた攻撃で炎の玉Bが方向転換したり更に勢いを増したりする危険もある。
ここは素直にディラン様のお力を借りるべきだわ。

 『無茶して困るのは私だけじゃない』ということもあり、炎の玉の対処から手を引く。
すると、ディラン様は心得たようにグリモワールを取り出し、水の矢を複数顕現させた。
かと思えば、手当り次第に消火していく。
おかげで、一面火の海なんてことにならずに済んだ。
『任せて正解だった』と確信しながら、私は着地する。
と同時に、熊の集団へ刃を向けた。
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