心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど

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第一章

克服《ディラン side》

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「どうぞ、ご存分に」

 胸元に手を添えて一礼する彼女は、優しく……でも、力強く僕の背中を押してくれた。
心配でも応援でもない……『貴方なら余裕で出来るから、楽しんでね』という趣旨の言葉に、僕は目を剥く。
が、気づけば笑っていた。
なんだか、おかしくて。

「うん、ちょっと行ってくるね」

 先程より幾分か落ち着きを取り戻し、僕はゆっくりと前を向く。
まだアルカディアのことは怖いが、手足が凍りつくような感覚はもうなかった。
『よし……動ける』と考えながら、僕は懐からグリモワールを取り出す。

「アルカディア、君はここで倒す」

「そんな真っ青な顔で言われても、説得力はありませんが……まあ、お相手しますよ」

 『貴方に前へ出てもらった方が捕縛しやすいので』と述べつつ、アルカディアは指先から魔力を垂らす。
新たな魔術式を構築しようとする彼の前で、僕はグリモワールを使って攻撃した。
すると、アルカディアの手元目掛けて電流が走り、魔力を弾き飛ばす。
おかげで、構築途中の魔術式はめちゃくちゃになった。

「……トラウマを克服し始めている?」

 チラリとこちらの顔色を窺い、アルカディアは少しばかり表情を強ばらせる。
彼自身、本気になった僕を敵に回せば勝てないことくらい分かっているのだろう。
第二級魔術師と第一級魔術師には、天と地ほどの差があるから。
単に一つ階級が違う、というだけではない。

 それは最初から分かっていたのに、いざ実力差を目の当たりにすると、なんだか拍子抜けしてしまう。

「……思ったより、弱いな」

 『そこまで身構える必要ないんじゃないか』と肩の力を抜き、僕はグリモワールで連続攻撃を仕掛ける。
手始めにアルカディアの右足を氷の矢で射抜き、すかさず雷を落とした。
続けてマグマの雨を降らせ、地面から鋭い針のような突起物を生やす。
さすがに後半二つは結界で防がれてしまったが、氷の矢と雷は当てられた。

「っ……!」

 氷の矢が貫通し凍った足を押さえ、アルカディアは片膝を突く。
額に玉のような汗を浮かべながら。

「ディラン・エド・ミッチェル、十二年前の出来事をもうお忘れですか……?私に逆らったら、どうなるかその身に刻み込んだ筈……」

「僕のトラウマを刺激して、隙を作ろうって算段?悪いけど、無駄だよ。君のおかげで、恐怖は上書きされたから────」

 そこで一度言葉を切ると、僕はゆっくり歩を進めた。
怯えたように頬を引き攣らせるアルカディアを見据え、小さく笑う。
『嗚呼、僕の怖がっていたものってこんなにちっぽけだったんだな』と実感しながら。

「────僕はもうトラウマを乗り越えた」

 まだ当時のことを思い出すと、体が強ばるものの……でも、それだけ。
今あるのはどちらかと言うと、酷い仕打ちに対する怒りや憎しみだ。

「アルカディア、十二年前の借りを今返そう」

 『待たせて悪かったね』と言い、僕はグリモワールのページを捲る。
万能感にも似た高揚を覚えながら立ち止まり、手を前に突き出した。
それを合図に、重力魔術が発動し────アルカディアの張った結界を上から押し潰そうとする。
当然、その負荷に耐えられる筈もなく……半透明の壁は見事に砕け散った。
と同時に、アルカディアは地面に伏せる。
いや、押し付けられると言った方がいいだろうか。

「どうだい?少しは僕の苦痛を理解出来た?」

 『体の自由を奪われる側になった感想は?』と問うと、アルカディアは乾いた笑みを零す。

「『理解した』と言えば、満足ですか?」

「いいや、全然」

 『まだまだ足りないよ』と述べ、僕はアルカディアの両手を切り落とした。
隠れて、こっそり魔術式を作ろうとしていたから。
『全く、油断も隙もない』と肩を竦めつつ、僕は膝を折る。

「僕を満足させたいなら、まずは反省することだね」

 そう言ってニッコリ微笑むと、僕は指先から電流を飛ばした。
蛇のようにうねって進んでいくソレは、アルカディアの首筋へ噛み付く。
と同時に、体内へ入り込み全身を巡った。
その反動衝撃でアルカディアは気を失い、ガクッと地面に顔を伏せる。
────と、ここで炎の槍が降ってきた。
恐らく、万が一に備えて上空へ待機させていたものだろう。

「炎の槍は第一波の時しか使ってなかったから、かなり早い段階で次善策を用意していたことになるな……全く、本当に抜け目のない人だ。まあ、でも────この程度の威力じゃ、僕の結界は破れないけど」

 半透明の壁に阻まれ弾かれていく炎の槍を見やり、僕は『大したことないな』と一つ息を吐いた。
己の成長とアルカディアの実力を再認識しつつ、後ろを振り返る。
すると、赤紫色の瞳と真っ先に目が合った。

「お疲れ様です、ディラン様」

 ふわりと柔らかく微笑んでこちらへ歩み寄り、グレイス嬢は剣を鞘に収める。
『格好良かったですよ』と褒める彼女を前に、僕は結界を解いた。

「ありがとう。でも、こうしてアルカディアに……過去に立ち向かえたのは、グレイス嬢のおかげだよ」

「いいえ。キッカケは私でも、その一歩を……勇気を振り絞ったのはディラン様です。ですから、どうか己を誇ってください」

 謙遜する必要はないのだと語る彼女に、僕は少し照れてしまう。

「うん……」

 頬を僅かに紅潮させながら頷き、僕は少し俯いた。
なんだか、彼女の顔をまともに見れなくて。

 どうしよう……前より、ずっとグレイス嬢のことを好きになっている。
その証拠に、今は『彼女を誰にも渡したくない』だけじゃなくて────『彼女にも僕のことを想ってほしい』と考えているから。

 『僕って、結構欲張りかも……』と悶々とする中、不意に欠けた足や血痕が目に入る。
と同時に、僕は慌てて指先から魔力を出した。

「ごめん……!直ぐに治療するね……!」

「いえ、私のことはいいのでアランくんの方を先に……」

「ばっか!グレイスさんの方が明らかに重傷なんだから、遠慮すんなよ!」

 堪らずといった様子でグレイス嬢の背中を叩き、アランは『先あっちな!』と告げる。

 言われなくても、そのつもりだけど……どうせなら、二人同時に治療するか。
そっちの方がグレイス嬢も後ろめたさを感じずに済むし。

「いいから、二人ともじっとしていて」

 そう言うが早いか、僕は作成した魔術式を発動した。
すると、見る見るうちに二人の傷は塞がっていき、凍りついた箇所も元に戻る。
さすがに失った血液までは補えないが、完治したと見ていいだろう。
『グレイス嬢の足もちゃんと生えたし』と考えつつ、僕はアルカディアを結界で包み込んだ。
守るためではなく、逃げさないために。

「さてと、とりあえずアルカディアを騎士団本部まで移送して殿下達に状況を報告しようか」

 『結局、増援が来る前に片付けちゃったし』と思い、僕はアルカディアを浮遊魔術で宙に浮かせた。
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