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1巻

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 小人サイズのジンの小さな手と、手の代わりに差し出されたベヒモスの鼻を、躊躇ためらうことなく、掴む。
 ――これが、新しい人生の第一歩!
 私は先を行くジンとベヒモスに手を引かれるまま、一歩前へ踏み出した。
 カツンと鳴るヒールの音が、どこかほこらしげに聞こえる。
 普段はなまりのように重い足が、今日はとても軽く感じた。
 私は唖然とする人々を置いて、ジンとベヒモスとともに純白の扉の向こうへ飛び込んだ。

「――お姉様……!」

 私に様々なものを強請ねだった、可愛らしい妹の声が聞こえる。
 精霊国へ足を踏み入れた私は、ギギギギッと音を立てて閉まる扉の向こうを振り返った。
 そこには、困惑気味に私を見つめるルーシーの姿が……
 ルーシー、悪いけど……私があなたの呼び声に応える日はもう来ないわ。
 さようなら、私の可愛い妹……
 何か言いたげにこちらを見つめるエメラルドの瞳が見えたのを最後に、パタンと扉は閉ざされた。



   第一章


「ノーラ! 精霊国へ、ようこそ!」
「ヨウコソ……」

 異様な存在感を放つ純白の扉が消えたあと、ジンとベヒモスは私の精霊国への入国を歓迎してくれた。
 元気で活発な性格のジンはくるくると私の頭の周りを飛び回り、体全体で喜びをあらわにしている。おっとりとした性格のベヒモスも、優しく見守ってくれていた。
 喜ぶのは私のほうなのに、ジンたちのほうが喜んでいるわ……ふふっ。
 歓迎されるって、こんなに気分のいいことなのね。初めて知ったわ。
 ポカポカと、胸が陽だまりみたいに温かくなっていく。
 じんわり広がる優しい熱が、とても心地よかった。

「ジンたちが言っていた通り、精霊国はいいところね。自然が豊かだし、空気は美味おいしいし……何より――すごく心が休まる。緑ばかりだけれど、とても素敵……」

 見渡す限り続いている草原は、私の心を晴れやかにさせる。
 百合ゆり薔薇ばらなどの美しい花が咲き乱れるオルティス伯爵邸の庭より、私はこっちのほうが好きだ。
 花の美しさとはまた違う、素朴そぼくで純粋な魅力が、この草原にはある。
 まあ、派手好きなルーシーはきっと嫌がるでしょうけど……
 私がそんなことを思っていると、ジンがはしゃいだ声をあげる。

「でしょでしょー! ここは精霊城の外縁に位置する場所で、花が一切ないんだー!」
……ハナ、ニガテ……」
「――タリア様?」

 ベヒモスから出た聞き覚えのない名前に、私はコテンと首を傾げた。
 タリア様って、誰のことかしら? きっと誰かの名前よね? でも、一体誰の……?
 不思議そうにしている私に気づいて、ジンが教えてくれる。

「タリア様は精霊城のあるじ――つまり、精霊王のことだよ! で、ここだけの話……タリア様って、虫全般ダメなんだよねー! だから、虫が寄ってくる花は城に置いてないのー!」
「えぇ!? 精霊王様!?」

 予想を遥かに上回る高貴な人だったことに、私は唖然とする。
 そ、そんなすごい人の名前だったの……!? 私はてっきり城仕しろづかえの誰かの名前かと……
 精霊王様といえば、全ての精霊の頂点に立つお方じゃない!
 全属性の魔力を先祖代々受け継ぐ精霊で、魔力量も豊富! 人族の契約を必要としないくらい……!
 書物によれば、当代の精霊王様はたった一人で世界の半分を破壊できる力を持っているんだとか……
 精霊は長寿な生き物だけれど、精霊王様はさらに長生きだそうで、遥か昔に起きた自然災害や大厄災だいやくさいしずめたのも、精霊王様だと言われている。
 魔法を極める人間なら、一度はあこがれる存在! それが精霊王様!
 まさか、その方の名前を知る日が来ようとは……!
 胸の奥からじわじわと感動が広がり、私は思わずグッと手を握り締める。
 そんな私に、ジンが衝撃の一言ひとことを放つ。

「あっ、そうそう! これからタリア様に、ノーラの移住申請と挨拶あいさつをしに行かなきゃいけないから、心の準備しておいてねー?」
「……タリアサマ……アイニイク……」
「……ふぇ?」

 ジンとベヒモスはなんでもないように私にそう告げると、遠くに見える純白の城を目指して歩き出した。
 え、えぇ!? ちょ、ちょっと待って! 二人とも!
 私は心の中で叫びながら、ジンとベヒモスのあとを追いかけた。


 それから、私はジンとベヒモスに連れられるがまま青々とした草原をぐ突っ切り、精霊城を訪れていた。
 私たちは、純白の外装と同じ真っ白な客室に通されている。
 プネブマ王国の王城のように派手ではないけれど、品をそこなわない程度の装飾がほどこされている室内。
 シンプルな造りの部屋だけれど、嫌いではないわ。むしろ、好きなほう。
 この城のインテリアを手掛けた人はセンスがいいわね。
 私は自分好みの室内に頬を緩めつつ、用意された紅茶に口をつける。

「それにしても……あっさり通してもらえたわね。もっと警戒されると思っていたわ」

 この世界には、私たち人間の他にも様々な種族が生きており、それぞれの国で暮らしている。
 精霊国も、その中の一つだ。
 精霊国は他種族から独立した国で、入国はおろかコンタクトすら取れない謎の国。
 ただそこに精霊たちが住んでいるということ以外に、情報はなかった。
 だから、「なんでここに人間が!?」とか「この地より、立ち去れ!」とかいろいろ言われるかと思っていたのだけれど……特に何も言われることなく客室へと通された。
 嫌な顔一つされなかったし……
 私の予想に反して、精霊たちは人間に好意的なのかしら……?
 そう私が考えていると、ジンとベヒモスが口を開く。

「警戒されなかったのは、僕とベヒモスが前々からノーラの移住の件について、タリア様や精霊たちに話していたからだよ。ノーラが精霊国に移住するってなったら、タリア様の許可やみんなの賛同が必要だからさ」
「ダカラ、ダイジョウブ……アンシンシテ……」

 ジンとベヒモスが私のために精霊王様や精霊たちに根回しを……? 全然知らなかった。
 いつも子供のように陽気で明るい二人が、そんなことをしていたなんて……私のために裏でいろいろ頑張ってくれていたのね……
 だって、そう簡単に精霊たちが、人間の移住を認めるとは思えないもの。

「ありがとう、二人とも。私のためにいろいろ頑張ってくれたのね」
「どういたしましてー! でも、ノーラのためなら、これくらいへっちゃらだよ! だから、気にしないでー!」
「ジンノ……イウトオリ……」

 ジンとベヒモスはほこらしげに胸を張り、ニッコリ笑う。
「へっちゃらだ」と二人は言うけれど、私の移住許可をもらうにあたってたくさんの困難があったに違いない。
 二人の努力と頑張りを思うと、胸の奥がじわりと熱くなった。
 今度ジンとベヒモスに何かお礼しましょう!
 何がいいかしら!? 何もかも祖国に捨ててきた今の私は、宝石などの高価なものを持っていないし……
 私がそう考えていると、コンコンというノックの音がして、思考が中断された。

「ど、どうぞ……!」
「失礼するよ」

 緊張を隠しきれない私が、硬い声色こわいろでノックに答えると、扉の向こうから耳に心地よいテノールボイスが聞こえてきた。
 ゆったりとした……でも、どこか威厳のある声。
 多くの伝説が語り継がれる精霊王様にこれからお会いするのかと思うと、胸の高鳴りが抑えられなかった。
 バクバクと心臓が激しく鳴る中、ガチャッと扉が開かれる。
 扉の向こうから颯爽さっそうと現れたのは――銀髪赤眼の美青年だった。
 腰まである長い銀髪に、柘榴ざくろのような深い赤を宿した瞳。顔立ちは中性的で美しく、女性と見間違えるほど……
 ただ、布越しでもわかるほどきたえられた筋肉が、彼は男性だと告げていた。
 純白のローブに身を包んだ銀髪の美青年はゆったりとした動作で私の向かい側に腰掛けた。長い足を組み、ぐにこちらを見つめる。
 この方が……精霊王様! 数々の伝説が語り継がれる偉人……!
 実力だけでなく、外見にも恵まれているなんて……別世界の人みたいだわ。
 その見た目のうるわしさに見惚みとれていると、銀髪の美青年はゆるりと口角を上げた。

「君がジンとベヒモスの主人だという、ノーラ・オルティスだね? 僕は精霊王のタリア。よろしく頼むよ」
「あっ、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 一生会うことはないだろうと思っていたあこがれの存在が今、目の前にいる。それだけで胸が高鳴った。
 わ、私、失礼な態度とか取っていないわよね?
 一応、身嗜みだしなみも城に入る前に確認したし……
 私は不安と緊張で胸がけそうになりながら、柔らかい笑みを浮かべる精霊王様になんとか笑みを返す。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ? 移住の件は、すでに話がまとまってるから」

 精霊王様の言葉に、ジンが胸を張る。

「僕とベヒモスがタリア様に直談判じかだんぱんしたからねー!」
「いやぁ、あのときはかなり驚いたよ。義理堅いジンだけでなく、淡白なベヒモスも来たからさ」
「ノーラ……トクベツ……」

 緊張でガチガチになる私を気遣きづかうように話す精霊王様に、答えるベヒモス。
 精霊王様の態度からは、優しさがにじていた。
 きっと、精霊王様みたいな人を完璧かんぺきと呼ぶのだろう。
 外見のよさや実力もさることながら、内面からにじる美しさと優しさが彼の最大の魅力なのかもしれない。
 初対面の……それも、他種族である人間を気遣きづかってくれる、思いやりあふれる人なのね。
 今までずっと理不尽な環境にいたせいか、その優しさや気遣きづかいがより強く感じられた。
 私が嬉しさを抑えきれずにいると、精霊王様は微笑む。

「ふふっ。君は本当にジンとベヒモスに愛されてい……うぎゃぁぁぁぁああああ!?」

 ニコニコと機嫌きげんよく笑いながら、私と二人の仲の良さに感心する精霊王様だったけれど……ピトンと鼻の先にハチがとまった瞬間、甲高かんだかい悲鳴をあげる。
 女性顔負けの高音ボイスだ。

「ぎゃぁぁぁあああ!? なんで虫がここにぃぃぃぃぃぃぃい!? 無理! 無理だから! 僕、虫無理だからぁぁぁああ!」

 精霊王様は鼻先にとまったハチを、顔をブンブン振り回し、追い払うことに成功した。
 さっきまでの笑顔はどこへやら……彼は必死の形相ぎょうそうでハチをにらんでいる。
 精霊王様は転げ落ちるようにソファから下りると、ハチ相手に火炎魔法の魔法陣を展開した。
 あぁ、そういえば、精霊王様は虫がお嫌いなんだとジンが言っていたわね。
 でも、まさかここまで嫌っているとは……
 ハチ相手に火炎魔法って……確かに効果は抜群だけど、さすがにやりすぎなのでは……?
 私は、精霊王様の手元で赤く光る魔法陣を見つめる。
 突然現れた虫のせいで戸惑とまどっているとはいえ、こちらに被害が出るような魔法を使うとは思えないけれど……念のため結界を張っておきましょう。
 備えあればうれいなし、です。
 私は魔法と物理に有効な結界を展開させると、ジンとベヒモスをその結界で包み込む。
 ――と同時に、ドカンッ! とすさまじい破壊音が鼓膜こまくを揺らした。
 大きな音とともに爆発が起こり、この部屋を軽く吹き飛ばす。
 ムワッとした熱気がこの場を包み込んだ。
 ……結界を展開させて正解だったわ。
 あの爆発に巻き込まれていたら、タダでは済まなかったもの。最悪、死んでいたわね……
 どうやら、精霊の頂点に立つ精霊王タリア様は『超』が付くほどの虫嫌いだったらしい。
 虫を目の前にすると、周りが見えなくなるくらいに。
 爆発の影響で巻き起こった風やけむりがやんだ頃、もうあのハチの姿はどこにもなかった。
 残骸ざんがいすらもない。跡形もなく消し去ったのだろう。
 そして、爆発を引き起こした張本人はというと……消え去った脅威ハチに、安堵あんどの溜め息をこぼしていた。
 あの……そこ、安心するところではないと思うのですが……
 あやうく、客人である私たちのことも爆発で吹き飛ばすところだったんですよ?
 私はヒビの入った結界を解くと、城のあるじたる精霊王様にジト目をお見舞いしたのだった。


 それから、駆けつけた侍女軍団によって部屋は綺麗に片付けられ、私たちは別の客室に移動した。
 新しい部屋は吹き飛ばされた客室と大して変わらず、シンプルな造りをしている。
 その中で、私は頬を赤らめる精霊王様と向き合っていた。

「精霊王様が虫嫌いという話は、本当だったんですね」
「う、うん……情けない話だけど、どうしても虫が無理で……。虫を目の前にすると、ついつい攻撃魔法をぶっ放しちゃうんだ」

 ポリポリと頬をき、恥ずかしそうに私から視線をらす銀髪の美青年。
 おのれの失態を恥じているようだ。
 いや、まあ……結果的に全員無傷だったし、特に文句を言うつもりはありませんが、部屋が吹き飛んだときは命の危険を感じましたよ……結界にヒビが入ったときも、かなり驚きましたし……
 即席で展開した結界とはいえ、あんなにもあっさりヒビが入るとは思いませんでした。
 さすがは精霊の頂点に立つお方の力ですね。
 内心で感心する私に、精霊王様は頭を下げた。

「いや、本当にごめんね。あやうく大事な客人に怪我けがをさせるところだったよ」
「もぉー! 気をつけてよねー! 僕らはともかく、ノーラは人間なんだからー! 怪我けがだけじゃ済まなかったかもしれないんだよー!?」
「ノーラ……シンデタ……カモ……」
「うっ……本当にごめん。すごく反省してる」

 謝罪の言葉を口にする精霊王様に対し、ジンとベヒモスはブーブー文句を垂れる。
 民であるジンとベヒモスが王であるタリア様をしかる姿は、とても新鮮に感じられた。
 こんなの、人間社会では考えられない光景だわ。
 でも、きっと精霊国ではこれが普通なんでしょうね。
 私は初めて見る光景に関心をいだきながらも、未だに文句を言い続ける二人を止めに入る。

「まあまあ、二人とも落ち着いて。結果的になんともなかったし、もういいじゃない。それに、精霊王様もこんなに反省してくださっているんだし……ねっ?」
「まあ、ノーラがそう言うなら、僕らはそれでいいよー」
「ノーラガ……ソレデ……イイナラ……」

 私の言葉を聞き、二人はあっさり引き下がる。
 そんな二人に安心したように、精霊王様はホッと息を吐き出した。

「ありがとう、ノーラ。そして、本当にごめんね? もうあんなことは……」
「どうか、もう謝らないでください。先程、たくさんおびしていただきましたから……。それに、精霊王様のお気持ちは、十分伝わりました」
「ノーラ……」

 精霊王様は感激したように目を輝かせる。
 正直、謝罪はもうお腹いっぱいです。
 それに、精霊の頂点に立つお方がそう簡単に頭を下げてはいけません。
 それも、精霊に力を借りてばかりの、人族の私なんかに……
 精霊王様は柘榴ざくろの瞳をわずかに見開くと、口元に笑みをたたえた。
 ふんわりとした柔らかい笑みは、月明かりのように美しい。

「ありがとう、ノーラ。君は本当に心が綺麗な人間だね」

 そう言うが早いか、精霊王様はソファから立ち上がり、私の前にひざまずいた。
 人形にんぎょうみたいに美しい顔がすぐそこにある。

「ノーラ・オルティス、精霊国は君を歓迎するよ。君さえよければ、一生ここで暮らすといい」

 銀髪美人は、柘榴ざくろの瞳をわずかに細める。
 上目遣いで私を見上げる精霊王様は、今まで出会ったどの人物よりも美しく感じた。
 ――もちろん、妹であるルーシーよりも。
 歓迎……してくれるの? 私を……? 精霊王様が……?
 王自らの歓迎は、国そのものの意思を表すことになる。
 誰にも歓迎されることがなかった私にとって、それはとても大きなことで……とてつもなく嬉しいことでもあった。
 私……私っ! ここにいてもいいのね!
 私は美しい深紅しんくの瞳を、涙目で見つめ返した。

「ありがとうございますっ……!」


     ◇◆◇◆


 お姉様が精霊国とやらに行ってしまった、その日の夜。
 私――ルーシーは早々に終了したパーティーの会場で、一人ほくそ笑んでいた。
 うふふっ……うふふふふっ! やっと、手に入ったわ! 聖女の座が!
 お姉様が唯一大切にしていたものが今、私の手の中にある。
 言いようのない優越感が、私の胸に渦巻うずまいていた。
 真っ暗なパーティー会場で一人笑う私は、はたから見れば異常な人間だろう。
 でも、それでもいい! だって、今日は最高の誕生日だもの!
 周りから変な目で見られても気にしないわ!

「――あっ! でも、聖女って、どんなことをすればいいのかしら……?」

 お姉様が聖女の座に執着していたのは知っているけど、聖女の役割や仕事については全く知らない。
 そもそも、お姉様が聖女の仕事をしているところなんて見たことがない。
 お姉様はアカデミーを卒業してから、家をけることが多くなった。
 だから、お姉様が普段何をしていたのか、わからないのよね……
 ただ、忙しそうにしていたのは知っている。
 いつも、朝早くから出かけて、夜遅くに帰ってくるから……もしかして、聖女の仕事って、予想よりずっと忙しいのかしら?
 ま、なんとかなるでしょう。いざとなれば、周りのみんなが助けてくれるし。
 それよりも問題なのはお姉様が精霊国に行ってしまったことよ。
 これじゃあ、せっかく奪った聖女の座を、お姉様に見せびらかすことができないじゃない。
 奪ったものは見せびらかしてこそ、意味があるのに……
 まあ、でも……お姉様が一番大切にしていたものを奪えただけで、よしとしましょう。

「――これで、お姉様が持っていたもの、全てが手に入ったわ」

 両親からの愛も、周りからの信頼も、愛する婚約者も……そして――聖女の座も。
 お姉様が持っていたもの全てが今、私の手の中にある。
 本当に最高の誕生日だわ!
 そう――最高の誕生日。

「なのに、なんで私はまだ……満たされていないのかしら……?」

 欲しかったもの全てが手に入ったのに、満足したのはほんの一瞬で、すぐに「物足りない」と心が叫ぶ。
 いやされたはずのかわきがまた、私の心を襲った。
 どうすれば、このかわきをいやすことができるのかしら……?
 またお姉様から奪えばいいの……?
 でも、もうこの国にいないお姉様の何を奪えっていうのかしら……?

「……お姉様、戻ってこないかしら……?」

 そうしたら、お姉様の手元に残った精霊や、お姉様の命を奪えるのに……
 貪欲どんよくなまでに、お姉様の全てをほっすることしか、私にはできなかった。



   第二章


 私は、窓から差し込む日の光のまぶしさに、目を覚ました。
 真っ先に目に入ったのは見慣れない天井てんじょうと小さなシャンデリア。
 あれ? ここは……?
 寝起きでぼんやりする頭を押さえながら、体を起こす。
 フカフカのベッドの上でキョロキョロとあたりを見回し、記憶にない室内に首を傾げた。
 私の部屋って、こんなに豪華だったかしら……?
 可愛い家具や調度品は、全てルーシーに奪われていたはず……
 この宝石がちりばめられたタンスなんて、真っ先にルーシーに奪われそうだけれど……ん? ルーシー?

「あっ! そうだわ! 私、昨日祖国を捨てて精霊国に移住したのよ! それで確かここは……」

 ――精霊王タリア様の、別荘の一つ。
 精霊王様に歓迎してもらったあと、おびの品として、精霊王様が所有する別荘を一つもらったのだ。
 おびなんていらないと言ったのだけれど、精霊王様がなかなか引き下がってくれなくて……
 だから、精霊王様が所有する別荘の中で、一番小さいものをもらい受けることにした。
 この別荘は一階建てで、一人暮らしにはピッタリの大きさだった。
 家具などは一通りそろっていて、新しく買い足す必要があるものは少ない。
 精霊王様には『好きに使っていい』と言われたから、備えつけの家具をありがたく使わせてもらっている。
 ここは街外れに位置する場所で、先住民である精霊たちに迷惑をかける心配がないから、安心なのよね。
 ジンやベヒモスはさておき、精霊たちとは少し距離を置いて接したほうがいい。
 彼らの警戒心が解けていない状態でいきなり距離を詰めると、嫌われてしまう可能性があるから。
 この国に住まわせてもらう以上、精霊たちとは良好な関係を築きたい。
 状況整理を終えた私はベッドを下り、猫の装飾がほどこされたクローゼットに手をかける。
 確か、洋服も精霊王様が用意してくれたのよね……?
 私は本当に何も持たずに身一つで精霊国に来たので、予備の服がない。
 だから、精霊王様の厚意に甘えさせてもらうことにした。

「今度何かお礼をしないとダメね」

 そんなことを考えながら、私は猫足のクローゼットの扉を開けた。
 中には、黄色や白などのシンプルなドレスが収納されている。
 その下の引き出しには、アクセサリーがぎっしり詰め込まれていた。
 す、すごい……
 この量の服とアクセサリーは、嬉しいを通り越して、申し訳ないわ……
 ここにある洋服やアクセサリーって、全部でいくらくらいするのかしら……?
 知りたいような、知りたくないような……


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