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第五章

呼応

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 声が─────聞こえた。
 大好きな.....心の底から大切にしたいと思った幼い少女の俺───サラマンダーを呼ぶ声が。
 俺の鼓膜を優しく....でも強く揺らすのはいつだって君の芯の通った凛とした声だった。

「っ....!いてぇ....」

 あのあと、シルフと激しい戦いを繰り広げ、あいつの不意を突いて猛烈な腹パンを決めたは良いが....あいつ、腹パンで気絶する前に俺の肉体を風で細かく切り刻みやがったんだよ...。おかげで俺の体はぐちゃぐちゃ。当初は原型すらも留めていなかった。
 さすがに四大精霊のシルフの微塵切りは来るな....。
 おかげで再生に時間がかかっちまった。
 まあ、赤子はギリギリ守り抜けたから別に良いんだが....。
 俺はまだ完全に再生しきっていない体を起こし、背中から炎の翼を生やした。
 一応見た目はいつも通りだが、どうもまだ中身がぐちゃぐちゃでな....。
 内蔵やら骨やらの再生がまだ全く出来ていない。
 休憩したいのは山々だが、うちのお姫様が俺を呼んでいるんでね。
 行くしかねぇーだろ。
 それに....あいつがまた泣いている気がしてならない。
 早く行ってやらねぇーと....。
 ボロボロの体に鞭を打ち、俺は空高く舞い上がる。
 ディアナ、待ってろ。すぐ行くから。

 俺はディアナが居るであろう屋敷の方向へ全速力で空を駆け巡る。
 なんだ?屋敷の方向からノームやディアナ以外の魔力反応が....これはウンディーネか?それとこっちは....ジェフ!?
 僅ではあるが、ジェフの魔力反応がある!
 一体何でジェフがこんなところに!?
 まさか、人間達に拐われたという予想が的中していたのか!?
 俺は大慌てで屋敷の中へ飛び込んだ。
 窓ガラスを割って入ってきた俺に注目が集まる。
 ディアナ、ノーム、ウンディーネ、ジェフ....それからこの国の第一王子と第二王子の姿も....。
 第二王子の...プレストンとか言ったか?そいつは死んじまってるが、第一王子のフィルは口から血を吐きながらもなんとか立っている。
 なんだ?どういうことだ?
 いや、それよりも....!!

「ディアナっ!」

「サラマンダー!!本当に来てくれた....!!」

 『本当に来てくれた』ってなんだよ、それ。
 俺がお前の呼び掛けに応じなかった日はないだろーが。
 安堵したような表情を浮かべるディアナの手には全身血だらけで気を失っているジェフの姿が....!!
 ジェフっ!
 『はぁ....はぁ...』と肩で息をするジェフは非常に辛そうだ。

「サラマンダー、お願い!ノームとジェフの呪いを解呪してあげて!サラマンダーがブラウン王子に使った呪術魔法をそのまま使われたみたいなの!」

 俺が豚に使った呪術魔法....?
 あぁ、あれか。
 治癒魔法と自己治癒を妨害するあの魔法を....。
 あれは特殊な呪術魔法のため、解呪の仕方が分からなかったのだろう。
 状況的にあの第一王子がジェフやノームに怪我を負わせたんだろうが、よくもまああの魔法を読み解いたものだ。
 かなり複雑な構成だっただろうに....。
 当の第一王子はウンディーネに黒い剣身をした剣を向けている。
 ウンディーネとの戦いに夢中で俺に気づいてねぇーな。
 窓ガラス割ってド派手な登場したってのに俺の存在に気づいてねぇーとか、どんだけ戦いに集中したんだよ。
 ....ん?あれって....魔剣か?
 あの禍々しい気を放つ剣なんて....魔剣以外あり得ない。
 なるほどなぁ....?俺達精霊の硬化した皮膚をも切り刻むことが出来る魔剣と治癒魔法や自己治癒を妨害する俺の呪術魔法の会わせ技か。なかなか頭良いじゃねぇーか、第一王子。
 だが....俺達の同胞を傷付けるのはタブーだ。
 俺はジェフとノームにそれぞれ手をかざし、解呪を施した。
 すると、二人の傷はみるみる塞がっていく。
 あとは自分達の自己治癒能力でどうにかなるだろ。
 さて....第一王子、お前はちょっとやり過ぎだ。
 ものには限度ってもんがある。
 お前はそれを軽く凌駕した。
 俺の血管がぶちギレるくらいには、な。

「さ、サラマンダー....?」

 後ろから俺を気遣うようにディアナが声をかけてくれるが、俺はそれに答えることはなかった。
 フラリと第一王子の方へと無意識に足が向く。
 分かってる....ディアナがこいつを傷付けることを望んでいないのは。
 分かってる....分かってるけど、同胞をっ!それも温厚で優しいジェフをこんなにされて黙っていられるほど俺の理性は出来ちゃいねぇ!
 だから──────。
 俺は痛む体を押して、第一王子の目の前に立つとこいつの頬を思い切り殴った。
 バキッと骨と骨がぶつかり合う音がやけに響く。

「なあ、第一王子....お前は可哀想な奴だな。そんなやり方でしか好きな女を手に入れられないんだから....そこだけは同情してやる....が、心から軽蔑する。

さっきの一発はジェフとノームの分だ。その痛み、一生忘れんなよ」

 ふと強い視線を感じてそちらに目を向ければ、こちらを睨み付けんばかりの厳しい目をしたウンディーネと視線が交わった。
 『何故殺さなかった!?』とでも言っているようだ。
 そうだな....殺したい気持ちが全くないと言えば嘘になる。
 だけど....ディアナもジェフもノームもそれを望んでいねぇーんだ。
 被害者であるあいつらが望まない報復を俺がしたって無意味なだけ。
 だから、怒りも殺意も全部胸の奥に押し込んで必死に抑えている。
 俺は窓から見える荒れ果てた王都を見つめながら、ある決心をした。
 今回の騒動で人間と精霊の間には更なる溝ができたことだろう。
 その溝を修復するには少し血が流れ過ぎた。
 俺はシルフを止めるのに手一杯で他の精霊達を止めることは出来なかったからな。
 きっと今回の騒動での被害者は数え切れないだろう。
 その騒動の中心人物であり、元凶とも言えるディアナには厳しい目が向けられるかもしれない。
 第一王子とウンディーネの黒い欲望が見え隠れする瞳を見ながら、決意を固める。
 “ディアナ”という存在は人間にも精霊にももはや毒でしかない。
 甘美な甘い蜜は────....時に人を...精霊を狂わせる。例え、蜜にその気がなくても。
 狂った歯車はとどまることを知らず....誰かが正さなくては永遠に狂い続ける。
 だから─────もう歯車を元に戻そう。

「─────レーテー!」

 俺の呼び掛けと共に姿を現したのは灰色の髪をした美しい女性だった。
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