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第一章

家族②

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 『どうすれば……』と悩む私を前に、ヴィンセントはふわりと柔らかく微笑む。

「セシリアの魔法で、この炎を全て支配下に置くことは出来るかい?」

「恐らく……どういう訳か、術者から全く抵抗を受けないから」

「あぁ、それはもう術者が死んでいるからだよ」

「そう、死んで……えっ!?」

 サラッととんでもないことを言われ、私は目を剥く。
『道理ですんなり炎を操れた訳だ……』と納得していると、ヴィンセントが腰に手を当てた。

「セシリアには出来るだけ、炎の範囲を狭めてほしいんだ。そしたら、僕の水魔法で一気に消火するから」

「わ、分かったわ。炎の勢いも極力抑えるようにするわね」

「ありがとう。そうしてくれると、助かるよ」

 『僕は君ほど魔法の扱いが上手くないから』と言い、ヴィンセントはホッと胸を撫で下ろした。
信じて任せてくれる彼を前に、私はふと後ろを振り返る。
そして、待機していた騎士達に少し離れているよう指示すると、一気に制御範囲を広げた。

 術者が死んでいるなら、何の心配もなく炎を操れるわね。

 などと思いつつ、私は言われた通り炎の範囲を狭めていく。
火力も極力落として、消火しやすい環境を整えた。

「上出来だよ、セシリア。あとは任せて」

 半径二十メートルほどにまで縮小した黒い炎を前に、ヴィンセントは手のひらを前へ突き出す。
魔力を収集・調整しやすい手に意識を集中させ、大きく息を吸い込んだ。

「コールドレイン」

 その詠唱言葉を合図に、白い霧のようなものが炎の上に現れる。
水蒸気にも雲にも似ているソレは、消火範囲に合わせて広がり────雨を降らせた。
それも冷たくて、どことなく硬い雨粒を。
『普通の雨じゃ、黒い炎はなかなか消せないからね』と思案する中、あっという間に消火は終わる。

「ふぅ……何とか消せたね」

 すっかりずぶ濡れになった地面とズボンを一瞥し、ヴィンセントは一息ついた。
かと思えば、紫髪の美丈夫に向かって一礼する。

「ご無事で何よりです、殿下」

「ああ」

 おもむろに剣を鞘へ収め、ルパート殿下は濡れた地面を飛び越えた。
それも、たった一回の跳躍で。
『この人は本当に規格外だな』と苦笑する中、彼は普通の地面へ降り立ち、こちらへ向かってくる。
焦げたところも濡れたところもない彼を前に、私は一瞬目が点になった。

 どうやって、あの炎や雨を凌いで……?
まさか────剣を振った時に出る風圧で?

 『なんという脳筋思考……』と半ば感心しつつ、私は周囲を見回す。
早く、アイリスの無事を確認したくて。
『まさか、死んでないわよね……?』と不安になっていると、黒焦げの死体が幾つか目に入る。

「も、もしかしてこの中にアイリスが……」

 『縁起でもないことを言うものじゃない』と自分でも思うが、どうしても想像してしまう。最悪の結末を。
『そんな訳ない……』と必死に自分を奮い立たせる中、ヴィンセントがおもむろに死体を指さした。

「そっちの集団は、僕達を襲った暗殺者。で、右腕と左手首を切り落とされているのが魔法インフェルノの術者ね。最後に、あっちの女性は────君の継母であるアナスタシアだよ」

「!?」

 『どうして、ここでお継母様の名前が!?』と驚き、私は反射的に顔を上げた。
ヴィンセントの示す方向へ目をやり、まじまじと見つめる。

 顔も体も黒焦げで、身元の特定は困難だけど……十年間、生活を共にしてきた私には分かる。
いや、分かってしまった……お継母様の死体で間違いない、と。
鼻の高さや耳の形、腰のくびれなど……お継母様の特徴に完全一致しているわ。
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