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第一章

ヴィンセント②

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「ねぇ、今からでも陛下に言って婚約をなかったことに出来ない?」

 ヴィンセントの負担が大きすぎるように感じて、私は思わず無神経なことを言ってしまった。
本人の努力を無駄にするようなものなのに。

「セシリアは……僕との婚約、嫌なの?」

 光を失った目でこちらを見つめ、ヴィンセントは途端に真顔になった。
どことなく重苦しい雰囲気を放つ彼に、私は瞬きを繰り返す。

「えっ?嫌じゃないわよ。ただ、陛下の手を借りるとなるとそれなりの対価が必要になるでしょう?だから、心配で」

 負担になってないか尋ねる私に、ヴィンセントは少し目を見開いた。
かと思えば、ふわりと柔らかい笑みを零す。

「なんだ、そんなことか」

「『そんなこと』って……」

「ふふふっ。ごめん、ごめん。僕はてっきり、セシリアが嫌がっているのかと思ったんだよ。勝手に婚約を結んだ訳だからさ」

 当事者の意向を確認してなかった……いや、正確に言うと出来なかった訳だが、とにかくヴィンセントはそのことを気にかけていたようだ。

「今回ばかりはしょうがないわよ。それに、私のことを思って取った行動でしょう?感謝こそすれ、嫌がるなんて有り得ないわ」

「なら、良かった」

 『その言葉を聞けて安心したよ』と表情を和らげ、ヴィンセントは席を立つ。

「それで、えっと陛下への対価だっけ?」

「ええ」

「それは別に気にしなくていいよ。本当に些細なものだから」

「……本当に?」

 『痩せ我慢してない?』と案じる私に、ヴィンセントはスッと目を細めた。

「本当だよ。これまでのクライン公爵家の功績に免じて、大分譲歩してくれたんだ。だから────」

 そこで一度言葉を切ると、ヴィンセントは私の隣に腰を下ろす。
と同時に、私の手を優しく包み込んだ。

「────婚約を拒まないで。受け入れてくれないと、僕……」

 若干言い淀み、ヴィンセントは顔を歪める。
今にも泣きそうな表情を浮かべる彼の前で、私は慌てて手を握り返した。

「分かったわ。受け入れる。だから、そんな顔しないで」

 空いている方の手でそっとヴィンセントの頬を撫で、私は眉尻を下げる。
すると、彼は花が咲くような笑顔を見せた。

「婚約を受け入れてくれて、ありがとう。本当に嬉しいよ」

 黄金の瞳をうんと細め、ヴィンセントはコツンと額同士を合わせる。

「これからは僕が一生リア・・を守るね」

 初めて私のことを愛称で呼び、ヴィンセントはちょっと照れ臭そうに笑った。
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