鉛の柩に眠る彼

ROSE

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1 理想の花婿

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 生まれもった地位を考えれば多少の高望みは許されるはずだ。しかしそう思っているからといって高望みしすぎているほどではないとドルチェは思う。
 見た目は整っていたら嬉しい。背が高くて、物静かな人がいい。浮気をせず行動を制限せず、静かに側にいてくれるような人が理想だ。口が利けなければ尚いい。
 ドルチェは現在宵闇の国で唯一の王位継承者である王女だ。婿を迎えなくてはいけないが、政治に口出しするような男はいらない。
 三年前、国一番の美女と讃えられていた母を亡くし、父王も弱りはじめている。
 戴冠が近い。しかしそれまでにはなんとしてでも婿を見つけなければいけない。
「はぁ……私の理想の花婿は一体どこにいるというのだ……」
 決して高望みなどしていないというのに、我が国の男共はちっとも条件に合わない。特に政治に口出ししてくるような男は不要だ。見合いの席で王配になった暁の政策案を披露してくるような男は即斬り捨てる程度には気が短い自覚もある。
 物静かで置物のように美しく、ドルチェに微笑みかけてくれるような男であれば敵国の間者だろうが乞食だろうが構わない。それほどまでに譲歩しているというのに、全く以てドルチェの花婿候補に繋がる糸が見えないのだ。
「通常、つがいは同じ国に生まれるはずですが、時に女神の悪戯が起こることもあります」
 鏡の中から静かな声が響く。
 憐れな男は先代の王妃を怒らせ鏡の中に封じ込められてしまった。己の肉体は朽ち果て、魂は永遠に鏡の中で生き続けることになってしまったらしい。などと呼ばれているが、彼にとっては不名誉だろう。ドルチェにとっては側近であり気軽な友人のような存在だ。
「お前は口うるさいから肉体があっても論外だが……お得意の魔法で私の婿を探せないものか? 他国の王族なら国を滅ぼせば済む話だ」
 宵闇の国の王女であるドルチェは女神に祝福された破壊の魔力を持つ。彼女が望めば瞬きの間に国ひとつを滅ぼしてしまうことが出来る程の強い魔力は持て余し気味だった。
「殿下、婿候補が逃げていくのはあなたの性格にも問題があるのでは?」
 鏡の魔術師は呼吸の必要がないくせに溜息のような仕草をする。それがドルチェを苛立たせるための行為であるということは理解出来てしまう。
「私は王になるのだ。このくらい強い人間でなければ王には向かない」
 国を守る為に他国を滅ぼす。国の利益を追求する。不正を働く者は排除する。逆らう者も排除する。
 ドルチェは恐怖で支配する側だ。父王よりもずっと恐れられている。
「私の兄がうっかり池で溺れてくたばってくれたせいで王位継承者が私しかいないのだ。早く婿を探さねば王家が滅ぶ」
 しかし番以外と婚姻を結んだ場合、後の問題が増える可能性がある。
 たとえば相手の番が現れた場合。
 たとえば相手が愛人との子を継承者に推してくる場合。
 考えたくないことと考える価値のないことが山積みだ。
「殿下も存外夢見がちなところがありますが……殿下の好みを考慮出来るだけの候補が……」
 鏡は呆れかえった表情を作り、それから遠見の術で探り出す。
 覗き魔の能力も時々は役に立つが自分に使われると考えるとあまり気分のいいものではないなと考えながら、ドルチェは反応を待つ。
「……おやおや……これは……」
 鏡の声に僅かな驚きが混ざる。
 何事かと僅かな好奇心を向け、ドルチェは鏡を覗き込んだ。
「殿下のお好みに合いそうな方を一人だけ見つけました。お手をこちらに」
 鏡に言われるまま左手を翳せば糸どころか鮮血のような色の鎖が見えた。
 まるで互いを拘束し合う為の手枷のように鏡の中に続く鎖。
「これは……」
「今世どころか何度転生しても惹かれ合う宿命のお相手のようですが……姿が見えないのが気がかりです。何者かが何重にも術を重ね巧妙に隠しているようです」
 鏡の魔術師が覗き見すらできないとなると余程高度な魔術で姿を隠しているらしい。
 好奇心が刺激されてしまう。
「よし、迎えに行こう」
 ドルチェは上着を羽織り、剣を装備したところで運命の花婿を迎えに行く装いではないと気づく。
「ふむ……せめてもう少し着飾るべきか」
「それがよろしいでしょう」
 鏡は興味がないとでも言うように返事をする。自分の肉体がないからと言ってこの反応はつまらない。
「婿殿の好みはお前では調べられないのか?」
「ええ。ですが、間違っても殿下の装いは好みではないでしょうね。第二王子と名高いドルチェ王女」
「仕方ないだろう。女の身では舐められるのだから」
 幼少期に兄を亡くしたドルチェは王位を継ぐために必死で己を鍛えた。その際、兄のような……つまり王子らしい装いに切り替えたため、今となってはドルチェが王女であることを忘れてしまった人間すら存在する。
 そしてドルチェ自身、ドレスよりもパンツスタイルの方が好みなのだ。
 あまり成長しなかった慎ましやかも上着を留めれば目立たない。立ち振舞いも男性的であることがそこらの貴族令息よりもご令嬢の黄色い声を受ける。
 ドルチェは鏡の声を無視し深紅の上着を選び着替えた。
 金の髪がよく映える。
 どんなご婦人も一目で落とせる……美男に見える自分に少しばかり傷つき、ドルチェは遠出の支度を整えた。
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