値札のついた愛なんて

ROSE

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値札のついた愛なんて8

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 真坂のことがよくわからない。
 泊まっていけばいいのにと言ったのに、帰ってしまった。
 体目当てと口にしていた割に手を出してくる気配がない。
 ヘンなやつ。
 一人で寝る夜は少し寂しくて、フランス語会話の音声を流しながら寝たけれど、睡眠学習のような効果は期待できない。
 ただ、人の声が欲しいだけなのか、人肌が恋しいのか。
 どうしようもなく弱って誰かに居て欲しいと言う時はある。
 たぶん、今の薫はそう言う時期なのだ。

 フランスの新作コスメ、赤のリップは指先で抑えめに塗るのが好きだ。
 目元はジェルライナーでくっきりと。
 今日は少し大胆なアイシャドウにした。
 トップスはイタリア製。婦人服だった気がするけれど、細身の薫は普通に着られてしまう。シルエットさえ選べば婦人服でも問題ない。
 パンツは英国ブランド。こっちも婦人服。
 パンツスタイルの時は股間部分が目立たない工夫が必要になる。が、女装というわけではないので特別隠す必要もない。
 かわいいから着る。お洒落だから着る。目立つから着る。
 なんだっていい。
 かわいい格好をして講義に出る。そこそこの成績を取る。
 かわいくて勉強できる自分が好き。それでいい。
 そう思うのに、何か物足りない。
 成績は目立たない程度にキープ。試験本番だけ実力発揮すれば小テストは低くても構わない。
 ただひとつ、シスターの講義だけは満点狙い。だって点を獲れば彼女が褒めてくれるから。

 午前の講義は退屈。服装心理学は専攻必修だけれど、映画を観てレポートを書くだけの退屈な講義だ。レポートさえ書ければ講義中に内職していたってなにも言われない。
 映画さえ観ていれば。
 つまり講義中に観なくたって帰ってからレンタルした映画を観ながらレポートを書いても問題ない。だったら薫のやることは決まっている。
 SNS更新とお喋りだ。
 適当に女子と喋って新作コスメの話題。夏休みの計画。学祭の話。
 話題はなんでもいい。
 そうやって時間を潰してベンキョー嫌いのおバカな薫を演じる。
 この方がウケがいい。
 雑談をしながら、とりあえず課題の映画をレンタル予約しておく。レポートは今夜仕上げればいい。
 午後の講義はなんだったろう。実技じゃないといいな。
 そう考えながら時間割を確認すると造形実習が入っている。
 うげっ。
 思わず声を上げなかった自分を褒めたい。
 ロッカーに裁縫道具は入れていたっけ? 
 見つからなかったら冬夜のを強奪するか。
 いや、あいつは裁縫道具に触れるとうるさいから女子から借りよう。
 そんなことを考えると九〇分の終了を告げるチャイムが鳴った。

 昼休みのカフェテリアは混み合う。昼時でなくても空き講の学生が居ることは居るが昼休みほどではない。
 当然、これだけ混み合っていれば知った顔を見かけることもある。
 たとえば、小学校のクラスメイトだとか。
 冬夜は警戒するだろうが薫は比較的良好な関係を築いてきた。
 特に、窓際の席で大きな溜息を吐いている彼女とは。
 滝川遙たきがわはるか。女子にしてはやや高身長。シンプルで飾り気のない服装。地味。懸賞で当たったのかと思うようなトートはだいぶくたびれているし、いつもボーイッシュと言えば少し聞こえがよく感じるが服選びが面倒だというような装い。
 決して貧しい育ちではない。親は地元でそれなりに有名な不動産会社の社長。特に全身ブランド固めしたがるいかにも成金という雰囲気の父親は一度見れば忘れられないインパクトだ。
 実は高校も一緒だったのだが彼女は気づいて居なさそうだ。いつも幼馴染みの御影凜みかげりんとばかり一緒に居るし、あまり他人と会話をしたがらない。
 それに……かわいい顔しているくせに、自分の容姿に無頓着だ。姿勢が悪い。
 昔はもう少し社交的だったと思う。けれども、高学年くらいになった頃だろうか。どんどん自己肯定感の低い子になっていった。
 ピアノ教室に通っていたんだっけ。凄く上手かった気がする。
 中学校は別だったけれど、結構仲のいい友達だった。つもりだ。
 遙のことは好きだ。彼女は思ったことしか口にしない。そして思ったまま、褒めてくれる。
 褒めるときも呆れるときも本心でしか話さないから心地いい。
 彼女があの頃のままという保証はないけれど、凜と話している様子を見る限りあまり変わっていなさそうだ。
 声をかけようとして、留まる。
 折角だから、もっとインパクのとある登場をしたい。
 大きな楽器ケースを背負った彼女は、音楽専攻のはずだが、どこのゼミに所属するつもりなのだろう。
 音楽系の学生を捕まえて情報収集しよう。
 普段はあまり接点がないが、薫の交友関係はそこそこ広い。
 すぐに見知った顔を見つける。
 そして世間話ついでにほんの僅かだが遙の個人情報を手に入れることに成功した。
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