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二
カイン 3
しおりを挟むまったく、厄介なことになった。
プリンセスとの外出中に、部下に命じて彼女の部屋の書棚の中身がラウル・アルバァが揃えた本と一致しているか確認させるだけのつもりだったのに、使用人を全滅させるだなんて考えもしなかった。
アジトに戻り部下に確認したところ、恋愛小説のタイトルを確認している姿を使用人達に見られるわけにはいかないと思い反射的にしてしまったということだった。
また面倒な事を。
適当に人を雇ってプリンセスには上手く誤魔化しておこう。
ラウル・アルバァは働き者だ。予想以上の働きをしてくれた。部下が確認してきたプリンセスの書棚の中身と五割は一致する。
意外な事にプリンセスは勉強熱心らしく、恋愛小説以外にきちんと政治や経済について勉強する本も置かれていたという。玉座には興味がないと公言している割には王族の勤めを果たそうとしているような真面目さを感じられ、より好意的に思う。
真面目であることが王族にとって好ましいことかはさておき、僕はプリンセスという人間を好ましく感じている。それは憧れだとか異性として見た場合を除いてだ。
サラスという個人を、もっと言えば身分や外観を除いて見たとしても好感を持っている。
なんというか、面倒な駆け引きが苦手そうなところだとか、考えが表情に出やすいところだとか。
なにより僕を恐れているくせになんとも言えない潔さのせいでへりくだりすぎない。そこが一番だ。
なんというか、彼女と一緒に過ごす時間は人間でいられるという実感を抱く。
なんというか、彼女は他人を対等として扱う節がある。
もちろん王族なのだから、身分を利用することも多い。しかし、本質的な部分で彼女は他人を対等に扱いたがる。
つまり、サラスという女性はカイン・ファウリーを人間として扱ってくれる。たとえ怯えていたとしても。
そんな貴重な彼女に今更化け物扱いされるのはごめんだ。
なにより今の立場を手放したくない。
つまり、プリンセスをデートに誘える人間という地位を失いたくない。
となると僕がとるべき方法は一つ。
ライバル組織にプリンセスの暗殺依頼をすること。
勿論、そいつが捕まった時にはカイン・ファウリーの依頼だと証言させる。
なぜって?
誰もカイン・ファウリーがわざわざ他の人間に依頼するなんて考えない。だからそいつはどんなに拷問を受けて真実を語っているとしても口の堅い人間だと思われる。
真実を証言されていても僕への疑いは最初から除外される。
つまり部下の失態をある程度誤魔化し、上手くいけばプリンセスの身を守る功績で彼女からの好感度を稼ぐことも出来るかもしれないという僕にとっては全く痛手のない手段だ。多少の出費にはなるが、効果は悪くないだろう。
それよりも問題は目の前の本の山だ。
僕は読み書きが殆ど出来ない。自分の名前は書けるが、あとは数字と仕事に使ういくつかの薬品の名前が読める程度で物語を読めるような語学力はない。
契約書や書簡の類いは部下のザイルに任せきりで、僕はいつも彼の隣でわかったふりをして署名だけする。実際ザイルは有能な男だ。使える。全て任せてしまっても問題ないし、万が一裏切った場合は殺せばいいとしか思っていない。
彼だって生き残っているのはそれなりに実績を残しているからだと理解している。つまり、僕とザイルの間には一種の信頼関係がある。
だが、この大量の本を読み上げて欲しいと頼んだら、ザイルの顔色が変わった。
すっかりと青ざめて、殺してくれと懇願し始めたのだ。
「いくらカイン様の命令でもそれだけは……」
わなわな震えて泣き出しそうな様子のザイルは出会った頃ですら見せなかった怯え方をしていた。
一体なぜ?
僕はただ、プリンセスの好みを把握したいだけだというのに。
目的があれば人間努力できるものだ。僕だって文字を覚える機会になるのではないかと思ったのに、これでは勉強どころではない。
そう考えたとき、閃いた。
これはプリンセスの好みなのだからプリンセスに教われば確実なのでは?
それに彼女と過ごす時間が増える。
なんて素晴らしい手段なのだろう。
そう考えた僕は時間なんて全く考えずに数冊目に入った本を掴んで王宮へと急いだ。
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