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二
命がいくつあっても足りない
しおりを挟むずっしりとした重み。
確かに体感しているというのに、未だにこれが現実だとは信じられない。
ドラゴンの心臓……。
私の拳二つ分ほどの大きさの宝玉を、確かに手にしている。
あまりに一瞬過ぎてなにが起きたのかさえ、わからなかった。
生温い風の正体はドラゴンの吐息。
カインが一歩前に出たかと思うと、なにも見えないうちに赤い球が降ってきた。
ドラゴンの血液は空気に触れると結晶化する。これ自体が一滴でも金貨数百枚で取引されるほどの稀少な品だというのに、カインはそれには目もくれず、大きな振動さえ気にしないで真っ直ぐにその塊に向かった。
振動は、ドラゴンの首が地面に落ちた衝撃、カインが向かった塊はドラゴンの体だった。
そして、またも瞬きをするほどの時間で戻ってきたカイン・ファウリーは、私の手に大きな塊を置いたのだ。
「どうぞ。僕からの気持ちです」
「……あ、ありがと……」
せめて加工してから渡してくれだとか、目の前で解体した生き物の部品をそのまま渡してくるのはどうなのかだの言いたいことはたくさんある。
若干ぬめっているような気がするのは心理的な物だと思いたい。
「首飾りにしましょうか、それとも指輪? 耳飾りもいいですね。でも、耳につけるには重すぎますかね?」
「そうね。耳が外れると思うわ」
小分けにして全部作ってもきっと余るわよ。これは。
「王冠に付けますか?」
「重さで首が大変なことになるわ」
「では、部屋に飾ります?」
「……小さくしたらいろいろ使えそうだけれど、カインはこのまま持たせたいの?」
だったら置物くらいにしか使えないわと言いたくなってしまう。
「では腕のいい職人を捕まえて、なにがいいです?」
「……腕輪なんてどうかしら」
指輪ほど面倒じゃない。
指輪なんて貰ってしまったらものすごく特別感が出てしまう気がするもの。腕輪なら、そこまで面倒な事には……ドラゴンの心臓の時点で十分面倒だわ。
けれどもカインはとても得意気で、この贈り物を断ることなんてできそうにない。
なんというか、この男。間違いなく危険人物なのにどこか憎めない。
怖いとは思うけれど嫌いとも言えない。
間違いなく普通とはかけ離れた人だと言うのに、嫌っていない。
ただ添い遂げる相手としてはどうかと思ってしまう。
いつ飽きられて殺されるかわからない。
そんな私の気持ちを知っているのかいないのか、帰り道は【麻袋】の上で随分と密着していた。
少し速めの鼓動。
へんなの。カイン・ファウリーにも鼓動があるんだなんておかしなことを考えて、そのことに驚くくらい安心した。
王宮に戻る頃にはすっかり【麻袋】とも心を通わせられた気がする。
なんというかこの奇妙な生き物は人懐っこい。
「私も一頭欲しいかも」
「差し上げましょうか?」
カインはあっさりと【麻袋】を渡そうとする。
「これ、あなたの部下の所有物でしょう?」
「それなりの金額を渡せばあいつも満足するのでは?」
そうは言われても【麻袋】の様子を見れば飼い主のところへ帰りたがっているように見える。
「この子は貰えないわ。同じ種族の……本当に、なんて生き物なのかしら?」
古代種らしいことは見た目からわかる。
駱駝より素早くて体力があるけれど、見た目は爬虫類みたい。
蜥蜴と恐竜の中間みたいな見た目をしているわ。
「では卵を発見した当たりを調べさせてみましょう。もしかするとこいつの仲間が居るかもしれません」
「素敵」
てっきりカインみたいな男はペットを飼わせたがらないのかと思っていたけれど、そういうわけでもなさそうだ。
それからしばらく【麻袋】を撫でたりしていると、カインを拗ねさせてしまう。
「そいつばかり褒めないでください」
僕だって頑張ったでしょうと動物と同じように褒められたがる姿に呆れてしまう。
このカイン・ファウリーという男はよくわからない。
考えた読めないし、どうして私に拘るのかもわからない。
ただ、不思議と居心地は悪くないと思ってしまう。これが厄介だ。
そんなことを考えながら【麻袋】へのご褒美を手配していると、ルークが現れた。
一体なんの用だ。約束もしないで王族に会いに来るなんてどうかしている。
いくつか文句でも言ってやろうと思ったのに、護衛が全滅していたことを知らされては文句も言えなくなってしまう。
真っ先に容疑者はカイン・ファウリー。少なくとも今日もネロとビアンカを気絶させてから私を誘いに来た。それはもう今更なにも言う必要がない。言ったところで無駄なのだから。
ルークは暗殺の心配をしているらしいけれど、魔術師が相手なら私には全く脅威ではないし、毒殺もそこらの毒では心配がない。暗殺者は……カイン・ファウリーが来たら諦めるわと言える程度の諦めの早さは持ち合わせている。
ルークはやけに張り切って犯人を突き止めると言っていたけれど、なにか裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
あの男も考えが読めない。
カインはカインで部下に話を聞くと監視していることを隠しもしない口ぶりだし、ルークはルークで実はこいつが犯人なのではないかと思えるような張り切り方だ。
なんだか落ち着かない。
そんな気持ちを誤魔化すように【麻袋】を撫でる。
単純に命を狙われているのか、それとも他に目的があったのか。
護衛が意識不明と言うだけならば窃盗目的の線もある。
レルアバドの法では盗めるのであれば盗みは罪にならない。そんなことは子どもでも知っている。大切な物は何重もの罠を張って守らなくてはいけない。それは王族だって同じこと。王宮から盗むこと自体は罪に問われないのだから。
真っ先にカインが自分ではないと言い出したのは少し疑わしいけれど、彼は「今日は」を強調して自分ではないと言っていたから信用出来そうと言えば出来そうだ。
それに、私と出かけている間にそんなことをする必要があるだろうか。
不思議と、物理的に不可能だとかはあのカイン・ファウリー相手に考えることができない。
「プリンセス? 随分考え込んでいるようですが大丈夫ですか?」
心配するような声をかけられて驚いてしまう。
「え、ええ……気にしたって仕方のないことよ」
そう。レルアバドの王族なのだから命を狙われるくらい日常茶飯事だ。
「ふふっ、僕はあなたのそういう強がる姿も嫌いではありませんよ」
ふわりと髪を撫でる手。
カインが私に触れるときは驚くほど優しい手つきだ。
「あなたの邪魔になるものは僕が全て排除します」
情熱的な愛の言葉みたいな表情で、また物騒なことを言っている。
普通じゃない。
だけれど、不覚にもときめいてしまった気がする。
それを誤魔化すように手を振り払い、【麻袋】を可愛がることに専念した。
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