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完璧な兄
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結局アマンダは定番の入門者向けセットを無理矢理購入させられ、不満そうに不貞腐れながら家に帰った。帰りは家族と一緒の馬車だったのでとても居心地が悪かったけれど、アマンダが私の作った楽器を絶対に父には渡さないと言わんばかりに大切そうに抱きしめていたのは少し嬉しかった。
私はと言うと、父の八つ当たりとしか思えない罰を受ける。
一月の間学校以外の外出を禁止。友人知人を家に招くのも禁止。一週間工房に入ることも禁止。食事は自室で取れとのこと。
正直工房に入ることを禁止されるのは痛い。この一週間の間にあの場所に危害を加えられないか不安になってしまう。
けれども私以上に不満を抱いているのはアノンだった。
「全く、あの顔だけ男は一体なにを考えてるのか。あの工房は周辺の土地含めてお嬢様の所有物だと言うのに」
工房とその周辺だけは侯爵家のものではない。私個人の所有と言うことになっている。祖父が生前贈与してくれたのだ。
正直、あの工房で生活しようと思えばできてしまう。二階に簡易的な物とは言えベッドはあるし、簡易的な物とは言え台所もある。浴槽とまではいかないがシャワールームも。
「家出と言っても侯爵家の敷地内なのよね……」
逆に工房に立てこもろうと思ったけれど、包囲されては終わりだ。
ノミが恋しい。ニスの匂いも。
しかしこの部屋でニスを塗るわけにもいかない。そもそも道具は全て工房だ。
「外出禁止自体はなにも問題がないのだけど、工房に行けないのは痛いわ」
「気を紛らわせる程度にはなるかと思いこちらをお持ちしたのですが」
アノンが楽器ケースを差し出す。二本入る少し大きなケースだ。
「……弾くより作る方が好きなのに」
「お手入れだけでも気は紛れませんか?」
確かに楽器は好きだけれど、私は弓よりノミが似合う女だと思うわ。
けどまぁ、折角持ってきてくれたのだし、少し指の練習くらいはしてもいいかもしれない。そう思ってケースを開ければ、祖父と一緒に作ったヴァイオリンとヴィオラが入っていた。
「ヴィオラがヴィオラを弾くのかって殿下に笑われたことがあったわね」
懐かしい。そもそも私の名前を付けてくれたのは祖父で、祖父の一番好きな楽器だからと聞いている。私も自分で演奏するなら一番好きな楽器だ。
控えめなところが良い。大きなヴァイオリン、小さなチェロなどと言われることもあるが心地よい音の楽器だ。そしてこのヴィオラはとても良い出来だと思う。
手に取ると愛おしい。寝る前に久しぶりに触れてみるのも悪くないかもしれない。
まだこの国ではヴィオラの注目度は低い。独奏曲なんて片手で数えられる程度しかないし楽団の中でも注目されない楽器だ。だけれども同じ名前になったせいか、私はこの楽器がとても愛おしい。ヴァイオリンを引き立てる最高のパートナーだなんて評価で終わらせたくない。立派な独奏楽器で合奏でも重要な楽器だ。
弓に丁寧に松脂を塗る。少し前に毛を取り替えて眠らせていたから念入りに塗らなくてはいけない。
この時間はつい余計なことを考えてしまう。殿下のこと、アマンダのこと、父のこと……。
殿下の様子がおかしかった。いつもは過剰なくらい自信に溢れているのに、少し不安そうに見えた。留年が応えたのだろうか。いや、彼はそんなことでくよくよしてしまう人間ではない。
アマンダは、思ったより頑固な子だ。愛らしく懐っこいけれど、芯のある。弾き込めば響く楽器のような子だ。自分でも少し意外だけれど、私は彼女に好感を抱いている。もし、父が道を踏み外し、家が取り壊されてしまうようなことがあったとしてもアマンダのことは助けてあげたいと思ってしまうかもしれない。
父は私が思っていたよりもずっと愚かな人だ。張りぼての様な人。年老いて尚、母を魅了した面影はしっかりと残している。冷たく鋭く、それでも美しい音を奏でられる人。
ああ、私はなんて愚かなのだろう。ようやく自分の気持ちに気がついてしまう。
悲しかったのは楽器を貶されたことではない。彼がもう、楽器に見向きもしなかったことだ。あの美しい音が永遠に損なわれてしまったことが悲しいだなんて私の中は音楽を基準にしかできていないみたい。
久しぶりに鳴らせば、良く鳴る優しい音の楽器だった。穏やかで包み込んでくれるような、安心感を与える楽器。祖父の思い出を残した。
音色に、懐かしさと寂しさが乗ってしまうのは私の心境を現しているのかもしれない。
ただ、一つ言えるのはこの先もきっと私はこの心境の複雑さを打ち明けることが出来ないだろうと言うことだ。
当たり前のように迎えに来た殿下の馬車に、アマンダと一緒に乗り込む。父が不快そうだったけれど、殿下はそれを気にした様子もなく私を隣の席に座らせた。
「ヴィオラが楽器を持って登校なんて珍しいな」
私の楽器ケースを見て言う。
「部屋に置いておくのが不安だったので」
「不安?」
「……この楽器は特別なので」
ヴァイオリンの方は殿下と出会う前に、ヴィオラは殿下との婚約が決まった頃に祖父と一緒に作った物だ。
「お前の特別な楽器? 僕に寄こせ。僕の方が完璧に演奏できる」
「楽器としての出来でしたら殿下に先日差し上げた物の方が幾分かマシですよ。ただ、これは……祖父と一緒に作った楽器なので。あと、ヴィオラなので私が持っていた方が相応しいかと」
そう告げるときょとんとした顔をされてしまう。
「ヴィオラだけに?」
「祖父の一番好きな楽器だったので私の名前になったそうです」
そう答えるとアマンダは少しそわそわした様子を見せる。
「昨夜の演奏はお姉様ですか?」
「え? あの、うるさかったかしら……」
「いえ、とても素晴らしかったです! 人に聴かせられるものじゃないとおっしゃっていたのに……でも、少し、寂しいような響きでした」
かなりしっかり聴かれていた。恥ずかしい。
「ヴィオラは作るのが専門だが講師を務められる程度の実力はあるからな。最近僕の前では全然弾かないくせに……折角楽器を持っているんだ。今日は僕のために演奏しろ」
自分のことの様に自慢を始めたかと思うと今度はこちらの都合を全く確認せずにわがまま。けれどもこういう人だからこそ、一緒に居たいと思ってしまうのだろう。
「そう言えば、お前、昔から自分で弾くのはヴィオラの方が多いよな」
思い出したように殿下は言う。
「ヴィオラですから」
「いや、名前じゃなくて……その、そっちの方が音が好みなのか?」
「まぁ、縁の下の力持ちだとかヴァイオリンを引き立てる最高の相棒だとか世間での評価はそんな楽器ですし、目立たない私には丁度良いかと」
ジョークにもよく使われ、忍耐力が試される楽器だなんて言われているけれど、愛好家は多い。私もその一人だ。
「まぁ、地味な印象はあるが……なんというかでかいヴァイオリン程度の認識しかないな」
「実際宮廷楽団でも演奏者以外からはそんな扱いらしいです」
悲しい。そう溢せば、なぜか殿下が慌て出す。
「なっ、だったら僕が次はヴィオラを極めてやる。婚約者と同じ名前の楽器だからな! それに形も似ている。すぐに弾きこなせるさ」
別にそんな動機で極められたくない。
「楽器より運動の方がお好きだと聞いたばかりですが」
「お前の作った楽器は別だ。確かに、教師が付きっきりの練習は嫌いだが、お前の作った楽器を弾くのは好きだ」
これは……素直に嬉しい。職人として誇らしい。
殿下の無駄にきらきらと輝く瞳が一層人を喜ばせるのだろう。流石美形だ。
「あなた、いつもお姉様にわがままばかり言って! 恥ずかしくないの? 年上でしょう?」
アマンダは殿下を睨む。私も少し同じことを考えてしまうことがあるから強く注意は出来ないけれど、やっぱり仮にも王子相手にそんなことを口にするのはよくない。
「僕は王子だぞ。偉いんだ。なにが問題だ。大体ヴィオラは僕の婚約者だ。婚約者に甘えてなにが悪い」
ものすごくふんぞり返って開き直る殿下はやっぱり情けないとしか言えない。
「お姉様! こんな顔だけ男に引っかからないで下さい!」
「……美形に弱いのは遺伝だから仕方がないわ……それに、殿下は身体能力とヴァイオリンの腕も素晴らしいですし……お勉強は……残念ですけど……」
「残念言うな! ヴィオラ、お前も僕に対する敬意が足りないぞ。ったく、お前じゃなきゃとっとと投獄してやるのに」
殿下は不機嫌に頬を膨らませるけれど、その仕種をかわいらしいと思ってしまう。
「優れた演奏家としては尊敬していますよ」
「……そりゃあ僕は兄上達と比べたら情けないかもしれないが……あ、そうだ。アドルフ兄上がヴィオラを晩餐に招けって。ヴィオラ、学校帰りにそのまま直行しろ。丁度楽器もあるし、兄上に演奏をお聴かせしろ」
落ち込んだと思うとすぐに注意が逸れる。この性格だからくじけないのだろうなと思ってしまう。
「申し訳ございません。その……一ヶ月の外出禁止を言い渡されていまして……」
「は? お前なにかやらかしたのか? 僕ほど成績は悪くないだろ」
今はっきりと自分の成績が悪いことを認めてしまっていますよ。と言う言葉をなんとか飲み込む。
「昨日のことでお叱りを受けてしまいました」
そのくらいしか言えない。
「昨日?」
「お父様はお姉様の作品が気に入らないようなのですが、昨日のお店の方がお姉様の作品を褒めてしまったため八つ当たりです」
アマンダが代わりに説明する。
「あいつ貴族のくせに成金趣味だからな……物の価値がわかっていないというか……見る目がないにも程がある。昔はそこそこの演奏家だったと聞いたが……楽器の価値もわからないやつなのか」
殿下は呆れた様子を見せた。実際、殿下はおつむは弱いけれど目利きは確かだ。そう言う辺りは確かに王族の教育を受けてきたのだろうと感じる。
「だが、僕の命令だぞ。僕の方が偉い。僕の誘いに乗ってお前が叱られるようなら父上からお前の父親を叱って貰う」
なんという……。彼を見る限り本気で言っているのだろう。
「……お姉様、本当にこのわがまま王子と結婚されるのですか?」
アマンダが呆れたように言うけれど、父の方が少しきりっとした顔で理不尽なことを言うだけで本質的にはあまり父と変わらないのだから私の母もあなたの母もこういう男に引っかかったのよと言ってやりたくもなる。
「殿下の行動力に救われることも多いのですよ?」
否定も肯定もしないでおく。結婚するかどうかは殿下次第だ。私には拒否権も、縋る権利すらない。
「……お前……もう少し僕の婚約者の自覚を持て! なんでいっつも自信がなさそうなんだ? お前のそのうじうじくよくよするところは嫌いだ。少しは僕を見習え」
本当に羨ましい性格だ。
「こればっかりは生まれ持った性分なものでして……」
こればかりは前世からあまり変わらないかもしれない。
「お前の演奏が暗いのは難しいことばっかり考えるからだろう? 音楽に向き合うときは音楽のことだけ考えていれば良いんだ。折角良い楽器なのに楽器に失礼だろ」
どうやら殿下は本気で怒っているらしい。無駄にきらきらした瞳が真っ直ぐ私を見つめる。まさか楽器に対する向き合い方で説教をされるなんて思わなかった。
少し気まずくて視線を逸らす。無意識に楽器ケースを抱きしめてしまった。
早く学校に着いてくれないだろうか。そう願うけれど結局殿下と教室が一緒だ。それに、彼は勝手に隣の席に座ってくるだろう。
「わ、私が嫌いでしたら……婚約を解消して下さって構いません……」
思わず、そんな言葉が飛び出してしまう。一瞬置いてしまったと思ったときには、殿下のきらめく瞳が大きく揺れていた。
「……それは……お前の本心なのか?」
酷く傷ついたという表情を見せられ、戸惑う。
いつも自分勝手に、時に暴言だって吐くくせに、私の一言にそんなに傷つかないで欲しい。
「けど……それがお前の本心でも、僕はもう二度とお前を逃がしてなんてやらない」
一瞬瞼を閉じ、それから鋭い目つきで言われてしまう。
なんて勝手な人だろう。
結局そのまま、なにも言えずに学校に着いてしまった。
授業中もあまり集中できなかった。時折殿下が先生の言うことがわからないと訊ねてきたけれどそれにきちんと返事を出来たかさえ覚えていない。ただ、教養科目のクラスにどうして来なかったのかと責められたときは少しだけ呆れてしまった。
「教養科目は絵画を選択しています」
そう答えたときの殿下は大袈裟に驚き、それからどうして楽器職人のくせに絵画なんだと罵られた。単に人前で演奏するのが嫌いだからだとは答えにくい。だから楽器ばかりに触れてしまうから息抜きだと答えた。
昼食はアマンダが割り込んできて今日も元気に殿下と張り合っていたけれど、どうして彼女がそんなに殿下と張り合うのか理解できない。ただ、彼女が私と親しくしたいようだと言うことだけは理解した。その証と言うべきか、父に買って貰った入門用楽器のケースに私の作品を入れて持ってきたらしい。先生に楽器を褒められたと誇らしそうに教えてくれたことに感激した。あまり表情には出なかったらしいが。
そうして放課後だ。今朝のこともあり殿下ともっと気まずい空気になるのではないかと思ったのに、学校に着いてからの彼は拍子抜けするほどいつも通りだった。だから余計に居心地が悪くなってしまう。確かに私は彼を傷つけてしまったのだから。
けれども私の気まずさなんて気付かないのか殿下はうきうきとした様子でお兄さんを待っている。
畏れ多いことに第一王子であるアドルフ殿下自ら迎えに来て下さるそうだ。
「安心しろヴィオラ、お前の父親がなにか言うなら僕の父上がなんとかする」
どうやら私が落ち着かないのは父のせいだと思ったらしい殿下は、子供の頃に「僕の父上が一番偉いんだからな!」と叫んだ時と同じような表情でドヤっている。あまりおおっぴらには言えないのだが、私はこの表情がとても好きだ。殿下の魅力を凝縮したような表情に感じられ、見るととても安心する。
「ありがとうございます。ですが、陛下を巻き込むわけにはいきません。私なら大丈夫です。元々引きこもりなので外出禁止令が延長されたところで問題ありません」
そう答えたところで無駄に豪奢な馬車が来る。これはたぶん殿下の趣味だろう。派手な方が楽しいといつも言っている。
「クレム、お待たせ。ちょっと仕事が長引いてしまったけど全部片付けてから来たよ」
穏やかな笑みを浮かべながら扉を開けたのはアドルフ殿下ご本人だった。
相変わらず穏やかな美形だ。クレメント殿下の煌びやかな美しさとは違う。とても穏やかで落ち着いた方なのだ。
「兄上! 今日はヴィオラも一緒です。折角なのでベンジャミン兄上と四重奏なんてどうでしょう」
クレメント殿下は嬉しそうに尻尾を振る子犬のようにアドルフ殿下に駆け寄る。
「ヴィオラ、久しぶりだね。全然顔を見せに来てくれないから少し寂しかったよ。君が点検してくれないから私のチェロも拗ねている」
アドルフ殿下は珍しく冗談を口にしているようだ。彼には専属の職人が付いている。
「兄上、ヴィオラは僕の婚約者です! いくら兄上でもあげませんからね」
クレメント殿下は頬を膨らませて拗ねたような仕種を見せる。
「わかっているよクレム。私がお前からなにかを奪ったことなどないだろう? 拗ねないで。デザートは私の分も食べて良いから」
流石クレメント殿下のお兄様だ。よく扱い方を理解している。
「本当に?」
殿下は嬉しそうに目を輝かせている。本当に単純で可愛らしい人だ。
「私も未来の妹と少しくらい仲良くなりたいのだけどね」
やれやれと言った様子で溜息を吐き、それから乗ってと場所を空けてくれる。
アドルフ殿下はとても穏やかで真面目な方だ。そして弟たちをとても大切にしている。特に十も離れたクレメント殿下に対しては甘やかし過ぎなのではないかと言うほど甘い一面がある。とても優秀な方だけれど、身体能力は少しばかりクレメント殿下に劣るらしい。本人は加齢のせいだと言い張っているが、クレメント殿下の身体能力は人間離れしすぎているから悔し紛れなのではないかと思ってしまう。座った方が楽だからと言う理由で数年前からチェロ奏者になったと聞くけれど、それが丁度クレメント殿下がヴァイオリンを始めた頃だと聞き、弟たちと合奏を楽しむために楽器を変えたのではないかと予想出来てしまうほど彼は弟たちを溺愛している。ちなみに演奏技能はそこそこと言った印象だ。王族だから絶賛されているがあくまで趣味の範疇といったところだろう。クレメント殿下が別格過ぎるのだ。
馬車の中でクレメント殿下は必死にアドルフ殿下に話しかけている。どうやら普段はあまり一緒に過ごせないらしい。まだ学生のクレメント殿下と違いアドルフ殿下は国政に大きく関わっている多忙な方だ。
「ヴィオラは弦楽器職人のくせに絵画専攻なんだ。おかしいと思いませんか?」
「ヴィオラは中等部から絵画専攻じゃないか。絵心もなかなかだよ。物を生み出すのが好きなんだろうね」
賑やかなクレメント殿下と穏やかなアドルフ殿下。二人を眺めているだけでも温かな気持ちになる。話題が私の話でなければ。
「クレムはヴィオラの話ばかりだね。他の話題はないのかい?」
アドルフ殿下は穏やかな笑みを浮かべながら訊ねる。
「他の話題……ヴィオラの新しくできた妹が僕とヴィオラの邪魔ばかりして気に入りません」
「それもヴィオラ関係じゃないか。本当に、クレムは少しヴィオラ以外も見るべきだ。ヴィオラにばかり夢中だから留年なんて情けないことになるんだよ? せめて自分の名前くらい書けるようになっておくれ」
兄に注意され、殿下は黙り込んでしまう。
「ヴィオラも一日中クレムの相手をさせられては疲れるだろう? すまないね。弟が体力馬鹿で」
なんと言うことを。確かにクレメント殿下は体力の塊だけれどもそんな言い方をしなくてもと思ってしまう。
「クレメント殿下の元気な様子を見ていると私も癒やされますから」
嘘ではない。ただ、時々真っ直ぐすぎる彼に疲れてしまうこともあるだけだ。
「なんだかヴィオラの方が年上の様に思えてしまうな」
アドルフ殿下は穏やかに笑う。あまりクレメント殿下とは似ていない。アドルフ殿下の方が男性的な顔つきで、髪色さえも違う。けれど二人は容姿の違いを気にしてなんかいないようだ。
「どうせ僕は子供じみてますよー」
クレメント殿下はすっかり拗ねた様子で膨らませた頬を窓に押しつけた。その言動が余計に幼く見えてしまうのだが、かわいくて仕方がない。
「ふぅん、ヴィオラはこういうのが好みなのか……私もあんな風に拗ねて見せれば君に相手をしてもらえるのかな?」
からかうようにこちらに接近するアドルフ殿下はやっぱり整ったお顔で、面食いの遺伝子としては敗北しそうになってしまう。が、やはり面食いの遺伝子だ。顔が良くて抜けた男に惹かれるのだろう。アドルフ殿下は風格がありすぎてさほどときめかない。
「別に拗ねるからと言って惹かれるわけではありません。クレメント殿下はいつも真っ直ぐなお方なので演奏も素直な音が素晴らしいと思います」
最近少し音が甘くなったかもしれない。柔らかくて温かくて心地良い演奏をするようになった。
「ヴィオラはいつも音楽でばかり考えるね」
「ヴィオラですから」
名は体を表すということだろう。
「ヴィオラ」
拗ねたクレメント殿下に手を引かれる。
「兄上とばかり楽しそうに話すな」
これは兄を取られるのが悔しいのか私が他を向くのが気に入らないのか少し判断に迷う拗ね方だ。
どうしてだろう。寂しそうな目で見られる。
「殿下? どうなさいましたか? えっと……ヴァイオリン触ります? 少し落ち着くかと」
「お前じゃないんだから楽器に触れたくらいで……いや、お前の作品なら……」
一瞬困惑を見せたが楽器ケースを渡せば納得した様子で受け取る。本当に素直な人だ。
「良い出来じゃないか。お前の宝物じゃなかったら欲しいところだが、これは勘弁してやる」
どうして常に上からしか言えないのか。けれど彼なりにほんの僅かに気を遣ってくれたことは嬉しいので素直に礼を言う。
「……クレム、いくら婚約者相手でもその態度は改善しないと嫌われてしまうよ」
ねぇヴィオラとアドルフ殿下が笑う。
「慣れました。それに、クレメント殿下が大人しい方が落ち着きません」
こんな言い方をしてはまた拗ねさせてしまうだろうか。ちらりと彼を見れば、あまり気にした様子はなく、純粋に楽器を眺めているようだ。
「あとで試奏させろ」
「それは是非。普段はあまり弾かない楽器なので弾き込みが足りないかもしれませんがそれなりに鳴る楽器です」
譲渡はできないけれど、国一番の演奏家に弾いてもらえるなら楽器も喜ぶはずだ。
「ヴィオラの方はお前が普段から使っているのか?」
「いえ。気が向いたときに触れる程度です。私は演奏家ではありませんから」
いや、演奏家の側面もあるかもしれない。それでも、演奏一筋の人とは違う。ただ、気の向くときに、いや。抑えきれない感情を吐き出すときに弾くのだろう。
それから、しばらく楽器の話を振られる。なんとなく、クレメント殿下が私に気を遣ってくれたのだろうと感じた。
王宮で三人の王子に歓迎されるのも、国王から熱烈なハグを貰うのも何年経っても慣れない。陛下はいつだって娘が欲しかったと私を歓迎して下さるけれど、そのたびにクレメント殿下が拗ねてしまう。
曰く、幼い頃は娘の格好で可愛がられていたらしい。あの外見ならさぞ似合ったことだろう。
夕食の席に招かれたと言っても、彼らは私に会話を強要したりなんてしない。ただ、家族団欒の席に、他人である私がぽつんと存在する。家と変わらない光景だ。けれども、家ほどは居心地が悪くない。
「クレムの留年には困った物だ。十七にもなって自分の名前すらまともに書けないとは……識字障害でもあるのかな?」
陛下は溜息を吐く。
クレメント殿下は昔から王家の悩みの種らしいが、結局子供達を溺愛しすぎている陛下は「おバカでもかわいいからいいよ」でこの歳まで放置してしまったことを今更になって後悔しているといった様子だ。
なにせ幼い頃から家庭教師を追い返すことに関しては天才的なのだから。
無駄に運動神経が発達しすぎてしまったクレメント殿下は、家庭教師に決闘を挑んだり、城壁を伝って外に抜け出したり、屋根によじ登って「ここでなら授業を聞いてやらないこともない」などと言って数多くの家庭教師を打ち破ってきた。一時期は騎士団まで出動して取り押さえようとしたこともあるようだが、猿以上の身体能力は騎士団も太刀打ちできず「あんなところ上れません」と多くの兵士が諦めるような危険地帯にまで逃亡したことがあるらしい。幸い私は現場を目撃していない。
「ヴィオラが教えてくれるなら頑張ります」
クレメント殿下は悪びれる様子もなく陛下に言う。
「残念ながら私の成績は平均値そのものですので殿下に教えられるほどではありません」
「僕より成績がいいのだから教えられるだろう」
逃げようとしたが阻止されてしまった。確かに、殿下よりは成績が良い。殿下よりは。しかし大抵の人間は殿下より成績がいいのだ。殿下よりは。
「うーん、ヴィオラの通知表も見せて貰ったのだけどねぇ、見事に平均値そのものと言うかもっと出来るのにわざわざ平均値を狙っているようにさえ見えてしまうのだけど、どうなのかな?」
どうして陛下が私の通知表を。一瞬びくりとしてしまうが、一応仮でも第三王子の婚約者だ。ある程度調査はされているかもしれない。
「気のせいでは?」
目立ちたくないから可もなく不可もない成績を目指しているのに……。
運動科目を平均点に持っていくのは大変だったのにこんな風に見破られるとは。
陛下にじっと見つめられ、居心地が悪い。
クレメント殿下とよく似た外見なのに、息子に構うとき以外は騒がしさもなくとても穏やかな方だ。ただ、特に末のクレメント殿下に対しては目に入れても痛くないというか、猫かわいがりというか、とにかく甘やかしたいと言った様子を見せるため、ちょっと残念な方に見えてしまうけれど、国の頂点に立つだけの風格もある。穏やかで、国民からもとても慕われている国王だ。
顔が似ているだけに見つめられるとどきどきする。そして良く似た顔で、別人なのだとはっきりと感じさせられる。クレメント殿下が理想の育ち方をすれば彼になったのだろうとさえ思わされるけれど、欠点が見えなさすぎて怖い。
「うん。決めた」
突然陛下が笑顔を見せる。無駄に煌めくその姿は少し穏やかに笑うクレメント殿下がもう少しだけ成長した姿なのではないかとすら思えてしまうほどよく似ている。
「決めたって、なにを?」
反応したのはクレメント殿下だった。勿論彼の二人の兄も少しだけ驚きを見せている。
「クレム、中間考査で満点を取れなかったら、ヴィオラとの婚約は白紙に戻すから、ヴィオラを妻にしたいなら死ぬ気で頑張りなさい」
笑顔を崩さずに宣言する陛下に驚く。
荒療治のつもりなのだろうか。それとも、単純に私が婚約者であることを問題視しているのだろうか。
「なっ、父上……なぜヴィオラを……」
「え? だって、クレムがこんなにおバカさんだったらヴィオラがかわいそうだもの。うーんでも、アルモニー侯爵家の娘を嫁に貰う約束だしな……アドルフ。こないだも見合い話を蹴っただろう? ヴィオラで手を打たないか?」
笑顔で長男に私を押しつけようとする陛下に困惑する。
どこまでが本気なのだろうか。
「父上、流石にそれは……」
「ヴィオラはいい子だろう? 私だって気に入っている。私の愛娘として可愛がりたい。いや、今だって存分に愛でているつもりだけど……流石に夫がクレムでは可哀想だろう。自分の名前すらまともに書けないのだぞ」
学力が低すぎることが問題だとはっきり示されてしまうとなにも言えなくなってしまう。
「安心して、ヴィオラ。君が私の娘になることは確定済みだから。夫が誰になるかはクレムの努力次第だけど」
うっとりするほど美しい笑みに面食いの遺伝子は敗北するしかない。むしろ、この世で一番好みの顔の製造元だ。最初から勝てるはずなどない。
「は、はぁ……」
「ヴィオラ! お前からもなんとか言え! 僕はお前以外と結婚する気なんかないぞ!」
「えっと……試験勉強頑張りましょうか」
他になんと言えば良いのだろう。
楽譜が読めるが奇跡だなんて言われてしまうようなクレメント殿下がいきなり満点を取れるなんて思わない。
ただ、この件がクレメント殿下への罰なのか、私に何か思うところがあるのかが読めないのが不気味だ。
クレメント殿下が絶望したような顔をしている。彼にしては珍しく、少しくじけているようだ。無理もない。満点は彼には難関過ぎるだろう。これが彼の兄たちであれば……簡単に達成するだろう。もし仮に達成できないほどの難易度であれば試験官を買収するなり脅迫するなり手を打つはずだ。けれどもクレメント殿下にはそんなことは出来ない。彼は真っ直ぐすぎるから。
こんな形で殿下を失うなんて予想外だけれども、私にはどうすることも出来ない。
侯爵家の娘ごときが国王の決定に逆らうことなんてできないのだから。
私はと言うと、父の八つ当たりとしか思えない罰を受ける。
一月の間学校以外の外出を禁止。友人知人を家に招くのも禁止。一週間工房に入ることも禁止。食事は自室で取れとのこと。
正直工房に入ることを禁止されるのは痛い。この一週間の間にあの場所に危害を加えられないか不安になってしまう。
けれども私以上に不満を抱いているのはアノンだった。
「全く、あの顔だけ男は一体なにを考えてるのか。あの工房は周辺の土地含めてお嬢様の所有物だと言うのに」
工房とその周辺だけは侯爵家のものではない。私個人の所有と言うことになっている。祖父が生前贈与してくれたのだ。
正直、あの工房で生活しようと思えばできてしまう。二階に簡易的な物とは言えベッドはあるし、簡易的な物とは言え台所もある。浴槽とまではいかないがシャワールームも。
「家出と言っても侯爵家の敷地内なのよね……」
逆に工房に立てこもろうと思ったけれど、包囲されては終わりだ。
ノミが恋しい。ニスの匂いも。
しかしこの部屋でニスを塗るわけにもいかない。そもそも道具は全て工房だ。
「外出禁止自体はなにも問題がないのだけど、工房に行けないのは痛いわ」
「気を紛らわせる程度にはなるかと思いこちらをお持ちしたのですが」
アノンが楽器ケースを差し出す。二本入る少し大きなケースだ。
「……弾くより作る方が好きなのに」
「お手入れだけでも気は紛れませんか?」
確かに楽器は好きだけれど、私は弓よりノミが似合う女だと思うわ。
けどまぁ、折角持ってきてくれたのだし、少し指の練習くらいはしてもいいかもしれない。そう思ってケースを開ければ、祖父と一緒に作ったヴァイオリンとヴィオラが入っていた。
「ヴィオラがヴィオラを弾くのかって殿下に笑われたことがあったわね」
懐かしい。そもそも私の名前を付けてくれたのは祖父で、祖父の一番好きな楽器だからと聞いている。私も自分で演奏するなら一番好きな楽器だ。
控えめなところが良い。大きなヴァイオリン、小さなチェロなどと言われることもあるが心地よい音の楽器だ。そしてこのヴィオラはとても良い出来だと思う。
手に取ると愛おしい。寝る前に久しぶりに触れてみるのも悪くないかもしれない。
まだこの国ではヴィオラの注目度は低い。独奏曲なんて片手で数えられる程度しかないし楽団の中でも注目されない楽器だ。だけれども同じ名前になったせいか、私はこの楽器がとても愛おしい。ヴァイオリンを引き立てる最高のパートナーだなんて評価で終わらせたくない。立派な独奏楽器で合奏でも重要な楽器だ。
弓に丁寧に松脂を塗る。少し前に毛を取り替えて眠らせていたから念入りに塗らなくてはいけない。
この時間はつい余計なことを考えてしまう。殿下のこと、アマンダのこと、父のこと……。
殿下の様子がおかしかった。いつもは過剰なくらい自信に溢れているのに、少し不安そうに見えた。留年が応えたのだろうか。いや、彼はそんなことでくよくよしてしまう人間ではない。
アマンダは、思ったより頑固な子だ。愛らしく懐っこいけれど、芯のある。弾き込めば響く楽器のような子だ。自分でも少し意外だけれど、私は彼女に好感を抱いている。もし、父が道を踏み外し、家が取り壊されてしまうようなことがあったとしてもアマンダのことは助けてあげたいと思ってしまうかもしれない。
父は私が思っていたよりもずっと愚かな人だ。張りぼての様な人。年老いて尚、母を魅了した面影はしっかりと残している。冷たく鋭く、それでも美しい音を奏でられる人。
ああ、私はなんて愚かなのだろう。ようやく自分の気持ちに気がついてしまう。
悲しかったのは楽器を貶されたことではない。彼がもう、楽器に見向きもしなかったことだ。あの美しい音が永遠に損なわれてしまったことが悲しいだなんて私の中は音楽を基準にしかできていないみたい。
久しぶりに鳴らせば、良く鳴る優しい音の楽器だった。穏やかで包み込んでくれるような、安心感を与える楽器。祖父の思い出を残した。
音色に、懐かしさと寂しさが乗ってしまうのは私の心境を現しているのかもしれない。
ただ、一つ言えるのはこの先もきっと私はこの心境の複雑さを打ち明けることが出来ないだろうと言うことだ。
当たり前のように迎えに来た殿下の馬車に、アマンダと一緒に乗り込む。父が不快そうだったけれど、殿下はそれを気にした様子もなく私を隣の席に座らせた。
「ヴィオラが楽器を持って登校なんて珍しいな」
私の楽器ケースを見て言う。
「部屋に置いておくのが不安だったので」
「不安?」
「……この楽器は特別なので」
ヴァイオリンの方は殿下と出会う前に、ヴィオラは殿下との婚約が決まった頃に祖父と一緒に作った物だ。
「お前の特別な楽器? 僕に寄こせ。僕の方が完璧に演奏できる」
「楽器としての出来でしたら殿下に先日差し上げた物の方が幾分かマシですよ。ただ、これは……祖父と一緒に作った楽器なので。あと、ヴィオラなので私が持っていた方が相応しいかと」
そう告げるときょとんとした顔をされてしまう。
「ヴィオラだけに?」
「祖父の一番好きな楽器だったので私の名前になったそうです」
そう答えるとアマンダは少しそわそわした様子を見せる。
「昨夜の演奏はお姉様ですか?」
「え? あの、うるさかったかしら……」
「いえ、とても素晴らしかったです! 人に聴かせられるものじゃないとおっしゃっていたのに……でも、少し、寂しいような響きでした」
かなりしっかり聴かれていた。恥ずかしい。
「ヴィオラは作るのが専門だが講師を務められる程度の実力はあるからな。最近僕の前では全然弾かないくせに……折角楽器を持っているんだ。今日は僕のために演奏しろ」
自分のことの様に自慢を始めたかと思うと今度はこちらの都合を全く確認せずにわがまま。けれどもこういう人だからこそ、一緒に居たいと思ってしまうのだろう。
「そう言えば、お前、昔から自分で弾くのはヴィオラの方が多いよな」
思い出したように殿下は言う。
「ヴィオラですから」
「いや、名前じゃなくて……その、そっちの方が音が好みなのか?」
「まぁ、縁の下の力持ちだとかヴァイオリンを引き立てる最高の相棒だとか世間での評価はそんな楽器ですし、目立たない私には丁度良いかと」
ジョークにもよく使われ、忍耐力が試される楽器だなんて言われているけれど、愛好家は多い。私もその一人だ。
「まぁ、地味な印象はあるが……なんというかでかいヴァイオリン程度の認識しかないな」
「実際宮廷楽団でも演奏者以外からはそんな扱いらしいです」
悲しい。そう溢せば、なぜか殿下が慌て出す。
「なっ、だったら僕が次はヴィオラを極めてやる。婚約者と同じ名前の楽器だからな! それに形も似ている。すぐに弾きこなせるさ」
別にそんな動機で極められたくない。
「楽器より運動の方がお好きだと聞いたばかりですが」
「お前の作った楽器は別だ。確かに、教師が付きっきりの練習は嫌いだが、お前の作った楽器を弾くのは好きだ」
これは……素直に嬉しい。職人として誇らしい。
殿下の無駄にきらきらと輝く瞳が一層人を喜ばせるのだろう。流石美形だ。
「あなた、いつもお姉様にわがままばかり言って! 恥ずかしくないの? 年上でしょう?」
アマンダは殿下を睨む。私も少し同じことを考えてしまうことがあるから強く注意は出来ないけれど、やっぱり仮にも王子相手にそんなことを口にするのはよくない。
「僕は王子だぞ。偉いんだ。なにが問題だ。大体ヴィオラは僕の婚約者だ。婚約者に甘えてなにが悪い」
ものすごくふんぞり返って開き直る殿下はやっぱり情けないとしか言えない。
「お姉様! こんな顔だけ男に引っかからないで下さい!」
「……美形に弱いのは遺伝だから仕方がないわ……それに、殿下は身体能力とヴァイオリンの腕も素晴らしいですし……お勉強は……残念ですけど……」
「残念言うな! ヴィオラ、お前も僕に対する敬意が足りないぞ。ったく、お前じゃなきゃとっとと投獄してやるのに」
殿下は不機嫌に頬を膨らませるけれど、その仕種をかわいらしいと思ってしまう。
「優れた演奏家としては尊敬していますよ」
「……そりゃあ僕は兄上達と比べたら情けないかもしれないが……あ、そうだ。アドルフ兄上がヴィオラを晩餐に招けって。ヴィオラ、学校帰りにそのまま直行しろ。丁度楽器もあるし、兄上に演奏をお聴かせしろ」
落ち込んだと思うとすぐに注意が逸れる。この性格だからくじけないのだろうなと思ってしまう。
「申し訳ございません。その……一ヶ月の外出禁止を言い渡されていまして……」
「は? お前なにかやらかしたのか? 僕ほど成績は悪くないだろ」
今はっきりと自分の成績が悪いことを認めてしまっていますよ。と言う言葉をなんとか飲み込む。
「昨日のことでお叱りを受けてしまいました」
そのくらいしか言えない。
「昨日?」
「お父様はお姉様の作品が気に入らないようなのですが、昨日のお店の方がお姉様の作品を褒めてしまったため八つ当たりです」
アマンダが代わりに説明する。
「あいつ貴族のくせに成金趣味だからな……物の価値がわかっていないというか……見る目がないにも程がある。昔はそこそこの演奏家だったと聞いたが……楽器の価値もわからないやつなのか」
殿下は呆れた様子を見せた。実際、殿下はおつむは弱いけれど目利きは確かだ。そう言う辺りは確かに王族の教育を受けてきたのだろうと感じる。
「だが、僕の命令だぞ。僕の方が偉い。僕の誘いに乗ってお前が叱られるようなら父上からお前の父親を叱って貰う」
なんという……。彼を見る限り本気で言っているのだろう。
「……お姉様、本当にこのわがまま王子と結婚されるのですか?」
アマンダが呆れたように言うけれど、父の方が少しきりっとした顔で理不尽なことを言うだけで本質的にはあまり父と変わらないのだから私の母もあなたの母もこういう男に引っかかったのよと言ってやりたくもなる。
「殿下の行動力に救われることも多いのですよ?」
否定も肯定もしないでおく。結婚するかどうかは殿下次第だ。私には拒否権も、縋る権利すらない。
「……お前……もう少し僕の婚約者の自覚を持て! なんでいっつも自信がなさそうなんだ? お前のそのうじうじくよくよするところは嫌いだ。少しは僕を見習え」
本当に羨ましい性格だ。
「こればっかりは生まれ持った性分なものでして……」
こればかりは前世からあまり変わらないかもしれない。
「お前の演奏が暗いのは難しいことばっかり考えるからだろう? 音楽に向き合うときは音楽のことだけ考えていれば良いんだ。折角良い楽器なのに楽器に失礼だろ」
どうやら殿下は本気で怒っているらしい。無駄にきらきらした瞳が真っ直ぐ私を見つめる。まさか楽器に対する向き合い方で説教をされるなんて思わなかった。
少し気まずくて視線を逸らす。無意識に楽器ケースを抱きしめてしまった。
早く学校に着いてくれないだろうか。そう願うけれど結局殿下と教室が一緒だ。それに、彼は勝手に隣の席に座ってくるだろう。
「わ、私が嫌いでしたら……婚約を解消して下さって構いません……」
思わず、そんな言葉が飛び出してしまう。一瞬置いてしまったと思ったときには、殿下のきらめく瞳が大きく揺れていた。
「……それは……お前の本心なのか?」
酷く傷ついたという表情を見せられ、戸惑う。
いつも自分勝手に、時に暴言だって吐くくせに、私の一言にそんなに傷つかないで欲しい。
「けど……それがお前の本心でも、僕はもう二度とお前を逃がしてなんてやらない」
一瞬瞼を閉じ、それから鋭い目つきで言われてしまう。
なんて勝手な人だろう。
結局そのまま、なにも言えずに学校に着いてしまった。
授業中もあまり集中できなかった。時折殿下が先生の言うことがわからないと訊ねてきたけれどそれにきちんと返事を出来たかさえ覚えていない。ただ、教養科目のクラスにどうして来なかったのかと責められたときは少しだけ呆れてしまった。
「教養科目は絵画を選択しています」
そう答えたときの殿下は大袈裟に驚き、それからどうして楽器職人のくせに絵画なんだと罵られた。単に人前で演奏するのが嫌いだからだとは答えにくい。だから楽器ばかりに触れてしまうから息抜きだと答えた。
昼食はアマンダが割り込んできて今日も元気に殿下と張り合っていたけれど、どうして彼女がそんなに殿下と張り合うのか理解できない。ただ、彼女が私と親しくしたいようだと言うことだけは理解した。その証と言うべきか、父に買って貰った入門用楽器のケースに私の作品を入れて持ってきたらしい。先生に楽器を褒められたと誇らしそうに教えてくれたことに感激した。あまり表情には出なかったらしいが。
そうして放課後だ。今朝のこともあり殿下ともっと気まずい空気になるのではないかと思ったのに、学校に着いてからの彼は拍子抜けするほどいつも通りだった。だから余計に居心地が悪くなってしまう。確かに私は彼を傷つけてしまったのだから。
けれども私の気まずさなんて気付かないのか殿下はうきうきとした様子でお兄さんを待っている。
畏れ多いことに第一王子であるアドルフ殿下自ら迎えに来て下さるそうだ。
「安心しろヴィオラ、お前の父親がなにか言うなら僕の父上がなんとかする」
どうやら私が落ち着かないのは父のせいだと思ったらしい殿下は、子供の頃に「僕の父上が一番偉いんだからな!」と叫んだ時と同じような表情でドヤっている。あまりおおっぴらには言えないのだが、私はこの表情がとても好きだ。殿下の魅力を凝縮したような表情に感じられ、見るととても安心する。
「ありがとうございます。ですが、陛下を巻き込むわけにはいきません。私なら大丈夫です。元々引きこもりなので外出禁止令が延長されたところで問題ありません」
そう答えたところで無駄に豪奢な馬車が来る。これはたぶん殿下の趣味だろう。派手な方が楽しいといつも言っている。
「クレム、お待たせ。ちょっと仕事が長引いてしまったけど全部片付けてから来たよ」
穏やかな笑みを浮かべながら扉を開けたのはアドルフ殿下ご本人だった。
相変わらず穏やかな美形だ。クレメント殿下の煌びやかな美しさとは違う。とても穏やかで落ち着いた方なのだ。
「兄上! 今日はヴィオラも一緒です。折角なのでベンジャミン兄上と四重奏なんてどうでしょう」
クレメント殿下は嬉しそうに尻尾を振る子犬のようにアドルフ殿下に駆け寄る。
「ヴィオラ、久しぶりだね。全然顔を見せに来てくれないから少し寂しかったよ。君が点検してくれないから私のチェロも拗ねている」
アドルフ殿下は珍しく冗談を口にしているようだ。彼には専属の職人が付いている。
「兄上、ヴィオラは僕の婚約者です! いくら兄上でもあげませんからね」
クレメント殿下は頬を膨らませて拗ねたような仕種を見せる。
「わかっているよクレム。私がお前からなにかを奪ったことなどないだろう? 拗ねないで。デザートは私の分も食べて良いから」
流石クレメント殿下のお兄様だ。よく扱い方を理解している。
「本当に?」
殿下は嬉しそうに目を輝かせている。本当に単純で可愛らしい人だ。
「私も未来の妹と少しくらい仲良くなりたいのだけどね」
やれやれと言った様子で溜息を吐き、それから乗ってと場所を空けてくれる。
アドルフ殿下はとても穏やかで真面目な方だ。そして弟たちをとても大切にしている。特に十も離れたクレメント殿下に対しては甘やかし過ぎなのではないかと言うほど甘い一面がある。とても優秀な方だけれど、身体能力は少しばかりクレメント殿下に劣るらしい。本人は加齢のせいだと言い張っているが、クレメント殿下の身体能力は人間離れしすぎているから悔し紛れなのではないかと思ってしまう。座った方が楽だからと言う理由で数年前からチェロ奏者になったと聞くけれど、それが丁度クレメント殿下がヴァイオリンを始めた頃だと聞き、弟たちと合奏を楽しむために楽器を変えたのではないかと予想出来てしまうほど彼は弟たちを溺愛している。ちなみに演奏技能はそこそこと言った印象だ。王族だから絶賛されているがあくまで趣味の範疇といったところだろう。クレメント殿下が別格過ぎるのだ。
馬車の中でクレメント殿下は必死にアドルフ殿下に話しかけている。どうやら普段はあまり一緒に過ごせないらしい。まだ学生のクレメント殿下と違いアドルフ殿下は国政に大きく関わっている多忙な方だ。
「ヴィオラは弦楽器職人のくせに絵画専攻なんだ。おかしいと思いませんか?」
「ヴィオラは中等部から絵画専攻じゃないか。絵心もなかなかだよ。物を生み出すのが好きなんだろうね」
賑やかなクレメント殿下と穏やかなアドルフ殿下。二人を眺めているだけでも温かな気持ちになる。話題が私の話でなければ。
「クレムはヴィオラの話ばかりだね。他の話題はないのかい?」
アドルフ殿下は穏やかな笑みを浮かべながら訊ねる。
「他の話題……ヴィオラの新しくできた妹が僕とヴィオラの邪魔ばかりして気に入りません」
「それもヴィオラ関係じゃないか。本当に、クレムは少しヴィオラ以外も見るべきだ。ヴィオラにばかり夢中だから留年なんて情けないことになるんだよ? せめて自分の名前くらい書けるようになっておくれ」
兄に注意され、殿下は黙り込んでしまう。
「ヴィオラも一日中クレムの相手をさせられては疲れるだろう? すまないね。弟が体力馬鹿で」
なんと言うことを。確かにクレメント殿下は体力の塊だけれどもそんな言い方をしなくてもと思ってしまう。
「クレメント殿下の元気な様子を見ていると私も癒やされますから」
嘘ではない。ただ、時々真っ直ぐすぎる彼に疲れてしまうこともあるだけだ。
「なんだかヴィオラの方が年上の様に思えてしまうな」
アドルフ殿下は穏やかに笑う。あまりクレメント殿下とは似ていない。アドルフ殿下の方が男性的な顔つきで、髪色さえも違う。けれど二人は容姿の違いを気にしてなんかいないようだ。
「どうせ僕は子供じみてますよー」
クレメント殿下はすっかり拗ねた様子で膨らませた頬を窓に押しつけた。その言動が余計に幼く見えてしまうのだが、かわいくて仕方がない。
「ふぅん、ヴィオラはこういうのが好みなのか……私もあんな風に拗ねて見せれば君に相手をしてもらえるのかな?」
からかうようにこちらに接近するアドルフ殿下はやっぱり整ったお顔で、面食いの遺伝子としては敗北しそうになってしまう。が、やはり面食いの遺伝子だ。顔が良くて抜けた男に惹かれるのだろう。アドルフ殿下は風格がありすぎてさほどときめかない。
「別に拗ねるからと言って惹かれるわけではありません。クレメント殿下はいつも真っ直ぐなお方なので演奏も素直な音が素晴らしいと思います」
最近少し音が甘くなったかもしれない。柔らかくて温かくて心地良い演奏をするようになった。
「ヴィオラはいつも音楽でばかり考えるね」
「ヴィオラですから」
名は体を表すということだろう。
「ヴィオラ」
拗ねたクレメント殿下に手を引かれる。
「兄上とばかり楽しそうに話すな」
これは兄を取られるのが悔しいのか私が他を向くのが気に入らないのか少し判断に迷う拗ね方だ。
どうしてだろう。寂しそうな目で見られる。
「殿下? どうなさいましたか? えっと……ヴァイオリン触ります? 少し落ち着くかと」
「お前じゃないんだから楽器に触れたくらいで……いや、お前の作品なら……」
一瞬困惑を見せたが楽器ケースを渡せば納得した様子で受け取る。本当に素直な人だ。
「良い出来じゃないか。お前の宝物じゃなかったら欲しいところだが、これは勘弁してやる」
どうして常に上からしか言えないのか。けれど彼なりにほんの僅かに気を遣ってくれたことは嬉しいので素直に礼を言う。
「……クレム、いくら婚約者相手でもその態度は改善しないと嫌われてしまうよ」
ねぇヴィオラとアドルフ殿下が笑う。
「慣れました。それに、クレメント殿下が大人しい方が落ち着きません」
こんな言い方をしてはまた拗ねさせてしまうだろうか。ちらりと彼を見れば、あまり気にした様子はなく、純粋に楽器を眺めているようだ。
「あとで試奏させろ」
「それは是非。普段はあまり弾かない楽器なので弾き込みが足りないかもしれませんがそれなりに鳴る楽器です」
譲渡はできないけれど、国一番の演奏家に弾いてもらえるなら楽器も喜ぶはずだ。
「ヴィオラの方はお前が普段から使っているのか?」
「いえ。気が向いたときに触れる程度です。私は演奏家ではありませんから」
いや、演奏家の側面もあるかもしれない。それでも、演奏一筋の人とは違う。ただ、気の向くときに、いや。抑えきれない感情を吐き出すときに弾くのだろう。
それから、しばらく楽器の話を振られる。なんとなく、クレメント殿下が私に気を遣ってくれたのだろうと感じた。
王宮で三人の王子に歓迎されるのも、国王から熱烈なハグを貰うのも何年経っても慣れない。陛下はいつだって娘が欲しかったと私を歓迎して下さるけれど、そのたびにクレメント殿下が拗ねてしまう。
曰く、幼い頃は娘の格好で可愛がられていたらしい。あの外見ならさぞ似合ったことだろう。
夕食の席に招かれたと言っても、彼らは私に会話を強要したりなんてしない。ただ、家族団欒の席に、他人である私がぽつんと存在する。家と変わらない光景だ。けれども、家ほどは居心地が悪くない。
「クレムの留年には困った物だ。十七にもなって自分の名前すらまともに書けないとは……識字障害でもあるのかな?」
陛下は溜息を吐く。
クレメント殿下は昔から王家の悩みの種らしいが、結局子供達を溺愛しすぎている陛下は「おバカでもかわいいからいいよ」でこの歳まで放置してしまったことを今更になって後悔しているといった様子だ。
なにせ幼い頃から家庭教師を追い返すことに関しては天才的なのだから。
無駄に運動神経が発達しすぎてしまったクレメント殿下は、家庭教師に決闘を挑んだり、城壁を伝って外に抜け出したり、屋根によじ登って「ここでなら授業を聞いてやらないこともない」などと言って数多くの家庭教師を打ち破ってきた。一時期は騎士団まで出動して取り押さえようとしたこともあるようだが、猿以上の身体能力は騎士団も太刀打ちできず「あんなところ上れません」と多くの兵士が諦めるような危険地帯にまで逃亡したことがあるらしい。幸い私は現場を目撃していない。
「ヴィオラが教えてくれるなら頑張ります」
クレメント殿下は悪びれる様子もなく陛下に言う。
「残念ながら私の成績は平均値そのものですので殿下に教えられるほどではありません」
「僕より成績がいいのだから教えられるだろう」
逃げようとしたが阻止されてしまった。確かに、殿下よりは成績が良い。殿下よりは。しかし大抵の人間は殿下より成績がいいのだ。殿下よりは。
「うーん、ヴィオラの通知表も見せて貰ったのだけどねぇ、見事に平均値そのものと言うかもっと出来るのにわざわざ平均値を狙っているようにさえ見えてしまうのだけど、どうなのかな?」
どうして陛下が私の通知表を。一瞬びくりとしてしまうが、一応仮でも第三王子の婚約者だ。ある程度調査はされているかもしれない。
「気のせいでは?」
目立ちたくないから可もなく不可もない成績を目指しているのに……。
運動科目を平均点に持っていくのは大変だったのにこんな風に見破られるとは。
陛下にじっと見つめられ、居心地が悪い。
クレメント殿下とよく似た外見なのに、息子に構うとき以外は騒がしさもなくとても穏やかな方だ。ただ、特に末のクレメント殿下に対しては目に入れても痛くないというか、猫かわいがりというか、とにかく甘やかしたいと言った様子を見せるため、ちょっと残念な方に見えてしまうけれど、国の頂点に立つだけの風格もある。穏やかで、国民からもとても慕われている国王だ。
顔が似ているだけに見つめられるとどきどきする。そして良く似た顔で、別人なのだとはっきりと感じさせられる。クレメント殿下が理想の育ち方をすれば彼になったのだろうとさえ思わされるけれど、欠点が見えなさすぎて怖い。
「うん。決めた」
突然陛下が笑顔を見せる。無駄に煌めくその姿は少し穏やかに笑うクレメント殿下がもう少しだけ成長した姿なのではないかとすら思えてしまうほどよく似ている。
「決めたって、なにを?」
反応したのはクレメント殿下だった。勿論彼の二人の兄も少しだけ驚きを見せている。
「クレム、中間考査で満点を取れなかったら、ヴィオラとの婚約は白紙に戻すから、ヴィオラを妻にしたいなら死ぬ気で頑張りなさい」
笑顔を崩さずに宣言する陛下に驚く。
荒療治のつもりなのだろうか。それとも、単純に私が婚約者であることを問題視しているのだろうか。
「なっ、父上……なぜヴィオラを……」
「え? だって、クレムがこんなにおバカさんだったらヴィオラがかわいそうだもの。うーんでも、アルモニー侯爵家の娘を嫁に貰う約束だしな……アドルフ。こないだも見合い話を蹴っただろう? ヴィオラで手を打たないか?」
笑顔で長男に私を押しつけようとする陛下に困惑する。
どこまでが本気なのだろうか。
「父上、流石にそれは……」
「ヴィオラはいい子だろう? 私だって気に入っている。私の愛娘として可愛がりたい。いや、今だって存分に愛でているつもりだけど……流石に夫がクレムでは可哀想だろう。自分の名前すらまともに書けないのだぞ」
学力が低すぎることが問題だとはっきり示されてしまうとなにも言えなくなってしまう。
「安心して、ヴィオラ。君が私の娘になることは確定済みだから。夫が誰になるかはクレムの努力次第だけど」
うっとりするほど美しい笑みに面食いの遺伝子は敗北するしかない。むしろ、この世で一番好みの顔の製造元だ。最初から勝てるはずなどない。
「は、はぁ……」
「ヴィオラ! お前からもなんとか言え! 僕はお前以外と結婚する気なんかないぞ!」
「えっと……試験勉強頑張りましょうか」
他になんと言えば良いのだろう。
楽譜が読めるが奇跡だなんて言われてしまうようなクレメント殿下がいきなり満点を取れるなんて思わない。
ただ、この件がクレメント殿下への罰なのか、私に何か思うところがあるのかが読めないのが不気味だ。
クレメント殿下が絶望したような顔をしている。彼にしては珍しく、少しくじけているようだ。無理もない。満点は彼には難関過ぎるだろう。これが彼の兄たちであれば……簡単に達成するだろう。もし仮に達成できないほどの難易度であれば試験官を買収するなり脅迫するなり手を打つはずだ。けれどもクレメント殿下にはそんなことは出来ない。彼は真っ直ぐすぎるから。
こんな形で殿下を失うなんて予想外だけれども、私にはどうすることも出来ない。
侯爵家の娘ごときが国王の決定に逆らうことなんてできないのだから。
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