シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

40 手紙

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 ジルベールと話して数日経った。
 ベルタが今日もリリアンヌは着古した修道服を着ていると呆れたように報告するほど静かな一日のはじまり。
 リリアンヌは既に朝の祈りを済ませ、二人でのんびりとした朝食の時間を楽しむ。
 はずだった。
 
「ラファーガ様」
 食事中にアーロンが耳打ちをしてきた。
「何事だ?」
「このような文書が」
 アーロンが一通の書面を渡す。
 王国から? 印を見て首を傾げる。
 王家から直接ラファーガに手紙が届く心当たりは今のところない。
 追跡魔法でリリアンヌを追ってきたジルベールは未だ帝都に留まっているのだから手紙を出す必要もないだろう。
 不思議に思い、開封すると、宛名はリリアンヌになっていた。
「リリアンヌ、あなたは、ここに来ることを国の家族に話したのか?」
 相変わらずカップを壊さないように慎重な手つきで苦戦していたリリアンヌは驚いた様にカップの取っ手を壊した。
「きゃっ、す、すみません……」
「あ、いや。すまない。驚かせたな」
 アーロンに壊れたカップを片付けさせ、新しい茶を頼む。
「宛名は私になっていたのだが、中身はあなた宛の手紙なのだよ。だから、あなたがここに居ることを家族に知らせているのかと思って……そうなのであれば私はあなたの家族に挨拶くらいするべきだろう?」
 どんな挨拶をすれば良いのかは見当もつかないが、それが礼儀であるという考えを捨てきれずにいる。
「いえ……私は、もう関わらないでくださいという手紙を弟達に残しただけです」
 リリアンヌは首を傾げつつ、手紙を受け取ろうとした。
 その時。
 リリアンヌが手紙に触れた瞬間、彼女の手の甲が光り、手紙が燃え上がった。
「なっ……」
 ラファーガは慌ててテーブルクロスを引き抜き火を消そうとしたが、その前にリリアンヌが手を軽く振るだけで炎が消え去った。
「……古い魔法ですね。相変わらず……ルイの考えることは……興味深い」
 一瞬、リリアンヌの瞳が金に輝いたように見える。
「あの子はこの姉をどうしたいというのでしょうか……」
 ふふふと面白そうに笑うリリアンヌに驚く。
 彼女は現状を楽しんでいるようだ。
「リリアンヌ、怪我はないのか?」
「はい。この程度でしたら問題ありません」
 リリアンヌは燃えていたはずなのに無傷の右手を開く。そして手のひらを読んでいるようだった。
「……はぁ、お小言ですか……」
 溜息を吐き、それから台無しになった朝食を見つめる。
「こういった悪戯は本当に困ります」
 あくまで弟の悪戯だったとでも主張し、床に転がった料理を拾い始める。
 リリアンヌなら床に落ちた物を食べても驚かない。
 しかし、その前にアーロンがリリアンヌの手を止めた。
「片付けは私が」
「いえ、そんな」
「侯爵家のにそのようなことをさせるわけにはいきません」
 アーロンは未だにリリアンヌがラファーガの妻となることをよく思っていないらしい。
 あくまで客人として留まらせているのだと強調した。
「アーロン、私は何度も言っているはずだ。リリアンヌは女主人になる女性だ。そのように接してくれ」
「私も何度も申し上げているはずです。ラファーガ様。ご自身のお立場を今一度お考え直しください」
 アーロンもまた己の考えを曲げるつもりがないらしい。
「リリアンヌ、すまない。しかし、必ずやアーロンを納得させてみせよう」
 リリアンヌにはそう伝えたが、実際の所アーロンは恐ろしいほど頑固な男だ。
 リリアンヌにもそれが伝わったのだろう。
「いいえ、ラファーガ。よいのです。他者の考えを変えるというのは困難なことですから。それよりも、私はラファーガのそのお気持ちだけで嬉しいのです」
 困ったような笑みは、既にリリアンヌの象徴のように思える。
 リリアンヌは諦めたように立ち上がり、それから椅子に腰掛けた。
「貴族の生活は私には向きません。この修道服を手放すことにも抵抗があります。しかし、人生には……乗り越えなくてはいけない試練が存在します。私には……まだ覚悟が足りないのでしょう」
 リリアンヌは修道服の裾を握りしめる。
「私は、その装いのあなたも好ましいと思う。しかし、もっといろんな姿を見てみたいのだ。いや、わかっている。どんな姿になったとしても、中身は変わらない。あなた自身だ。それでも……少しばかり外観の変化を楽しみたいと言うべきか……つまり、その……なにを着てもあなたの美しさは際立つばかりだということだ」
 修道服も否定しない。彼女が修道服を着ていると安心するし、なにより似合っている。しかし、それ以外の装いも見たいという気持ちを完全に捨て去ることもできない。
 おかしなことを口にしたと思われるだろうか。少しばかり不安になりながらリリアンヌを見ると、なぜだろう。
 彼女は思いつきもしなかった言葉を投げられたとでも言うように、まさしく目から鱗が落ちたような表情をしていた。
「……どんな姿になっても……中身は……私自身?」
 小さく、そう呟き、再び修道服を強く握りしめる。
「……私は……なににもなれないのでしょうか……ジルベールが言うとおり……修道女にもなれない……」
 リリアンヌは動揺しているようだった。
「……ルイは……私が舞踏会に参加するべきではないと……どうせ修道服ばかりだろうと……」
「あの燃える手紙にはそんなことが?」
 訊ねれば、リリアンヌは静かに頷く。
 わざわざそんな内容を伝えるためにこんなにも手の込んだ魔術を使ったというのだろうか。
 驚きながらもリリアンヌの様子を注視する。
「……私は……」
 なにかを受け入れがたいとでも言うように、古代言語で祈りはじめる。
 また、おぞましい低音が響く。
 一体彼女のどこからこんなにもおぞましい響きが生じるのだろうか。
 リリアンヌはしばらく祈り続け、それから一人にして欲しいと部屋に戻ってしまった。
「……余計なことを口にしてしまったようだ……」
 どうやらラファーガの言葉はリリアンヌを傷つけてしまったらしい。
 まさか、泣かせてしまうようなことはないだろうか。
 どうしようもない不安が込み上げたが、一人になりたいという彼女の意思は尊重したい。
 せめて。
 詫びの菓子くらいは作ろう。
 ラファーガは仕事を後回しにすることを決意した。
 
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