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五年後
39 『我が神』
しおりを挟む一人で徘徊させるには些か目立ちすぎるジルベールを連れ、食堂に移動する。
下級貴族と富裕層の平民が出入りするような店ではあるが、少し金を出せば個室も用意してくれるので人目を避けたいときにも丁度いい店だ。
弟から見たリリアンヌの話をもう少し聞きたいと、飲み物と共に数種類の菓子を注文した。
「リリアンヌは茶菓子に中々手をつけてくれないのだよ。だから、近頃は私が厨房で料理人に習いながら茶菓子を用意している。私の成果を確認してくれと頼むと、彼女は嬉しそうに笑うのだ。あの表情が好きだ」
そんな話をしながら茶菓子を勧めれば、ジルベールは真っ先にチョコレートがたっぷりとかかったケーキに手を伸ばす。
なんだ。甘い物を好むのは姉と一緒か。
ラファーガはジルベールの中に愛おしさを感じる。
他者との接し方が分からないだけの、年相応な少年なのだ。
「リリアンヌは赤くて小さい果物が好きだ。修道院に入ったばかりの頃、庭の木苺を勝手に摘んで食べ尽くし、先輩修道女に叱られたのだと言っていた」
「それは……いくつくらいの頃だ?」
見たかった。
リリアンヌの少女らしい面はいくら見ても飽きないだろう。
「そうだな……十三になる前くらいだったはずだ。甘やかされ続けた王族が修道院の食生活に耐えられるはずがない」
ジルベールは当時を思い出したのか微かに笑う。
「ああ見えてたくさん食べる。あの村へ行った後も食べ物や日用品を届けてやったのに……リリアンヌは村の人間に分け与えるばかりで自分の生活がどんどん疎かになっていった……」
離している途中で不機嫌になっていくジルベールは食べかけのケーキを崩していく。
「リリアンヌは修道女になりたいと言うよりは単に『我が神』とやらに仕えたいだけなのだ。修道女は単にそれっぽい存在だと思い込んでいるだけだ」
苛立った様子でケーキを崩すくせに、皿も汚さず綺麗に食べきる。
やはり王族なのだなと感じると共に、彼のように感情を隠すことが苦手な人間は生きにくい世界だろうと思う。
ラファーガ自身、己の感情を隠すことが得意ではない。そう言う意味ではジルベールと似ているのかもしれない。
「リリアンヌは修道服に拘りがあるようだな。使用人達が困っている。女主人となる彼女がドレスの一枚も新調しようとしてくれないと。先日はとうとう肯定が花嫁衣装を作らせろと職人を寄こしたところだ」
「そこに関しては私は絶対に認めないぞ。リリアンヌは王国に連れ戻す。リリアンヌを連れ戻そうとしているのは私だけではない。ルイもリリアンヌを連れ戻そうとしている。あれは、私よりも強引な手段を選ぶぞ」
ジルベールは新しいケーキに手を伸ばしながら言う。
確か末の王子の名はルイだったはずだ。
ラファーガはあまり多くはない王国の知識を思い出す。
兄よりも有能と持て囃されている末の王子。人当たりがよく愛らしい振る舞いが多いのだという噂程度は耳にしたことがある。
「リリアンヌには姉離れ出来ていない弟が二人もいるというわけか」
「陛下が出した王位継承の条件に、リリアンヌを連れ戻すことが含まれているのだ」
不機嫌そうにケーキの上から苺を避けるジルベールは溜息を吐く。
「なぜ今更リリアンヌを?」
「……あれが闇魔法の達人だからだ。あんな……大量破壊兵器よりも恐ろしい力を他国に渡すわけにはいかないだろう」
苺を全て避け終えたジルベールは一瞬周囲を見渡し、それからハッとした様子で苺をフォークで突き刺した。
ああ、普段はリリアンヌに苺を渡していたのだろうと思わせる仕草に、かつては仲の良い姉弟だったのだろうと窺える。
「魔法の前にあの拳の方が恐ろしいと思うのだが?」
「まあ、あれ一人で小国を滅ぼせそうだがな」
ジルベールは大きなケーキをどんどん消失させていく。
細いくせに随分と入るものだ。
「正直、私は陛下の動きを好ましくは思っていない。だが……リリアンヌが崇める『神』はそれ以上に好ましくないのだ」
更に新しい菓子を要求する仕草を見せつつジルベールは語る。
「あの『神』とやらに触れる前は、夢見がちな部分もあれど、玉座に相応しい才を見せていた」
ラファーガはベルを鳴らして店員を呼び、追加の菓子を数種類注文し、ジルベールに向き直る。
「リリアンヌが神の存在を感じるようになったのはいつ頃なのだ?」
「七つになる年だったと思う。始めの頃は信心深い王女だと歓迎されていた。しかし……あの怪力を見ただろう? リリアンヌの手の甲に印が刻まれた頃、城中を壊していた。うっかり、騎士の一人を殺しかけたこともある。が、また『奇跡』だ。あの忌々しい『神』とやらに与えられた力で、癒やした。リリアンヌには本来白魔法適性がないはずなのに、瀕死の人間を回復させたのだ」
ジルベールは自分が語る内容を忌々しいと感じている様子だ。
「では、リリアンヌはどこかで白魔法を学んだりはしていないと?」
「リリアンヌは生まれつき闇魔法適性が高すぎた。魔力を封じ込む方を選ぶべきだと考える人間が多く、暴走させないための訓練程度しか受けていなかったはずだ」
それが今はどうだろう。人助けの為に白魔法を使い、攻撃のために己の肉体強化までできている。
「むしろ、白魔法が使えることは彼女にとっても世の中にとってもよいことなのではないか?」
思わず訊ねると、ジルベールは溜息を吐く。
「魔術には必ず代償がある。適性のない魔術を使い続ける代償はなんだ?」
代償。
つまり、リリアンヌの中の何かが奪われているということだろうか。
「……あなたは、リリアンヌがなにを失っているのか知っているのか?」
もし、それが重大ななにかなのであればすぐにでも止めるべきだ。
「……心当たりはある。だが……それが本当に代償なのか、リリアンヌの変化なのか……確信が持てない」
ジルベールは目を伏せ、それから思い直すようにケーキを食べ始める。
彼がもっと重大ななにかを知っているような気がするが、ラファーガにはそれ以上踏み込めなかった。
ただ、心の底からリリアンヌを案じている様子で、リリアンヌが彼に対して厳しすぎる理由を理解出来ずにいる。
しばらく、沈黙の後、ラファーガも菓子に手を伸ばす。
今はまだ打ち解けられずにいるが、いつかはジルベールとも良い関係を築きたいと願い、いくつか話題を振ってみる。
しかし、彼は新しい菓子を要求する以外、言葉を交わしてくれることはなかった。
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