シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

21 増殖する疑問

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 リリアンヌが妥協してくれたおかげで移動はそれなりに目立たなくなった。
 はずだった。

 村を離れた田舎道。リリアンヌはやや緊張した様子で周囲を警戒しているようだった。
 少し前、馬を下りすぐにでも動ける姿勢に移動した。
「リリアンヌ、なにかあったのか?」
 訊ねれば口元で指を立て、静かにしろと合図がある。
 敵襲か。
 ラファーガも馬を下り警戒する。
 が、背後から突然強い力で引き寄せられた。
 次の瞬間、体がふわりと宙に浮く。
「なっ」
 叫びそうになった。しかし、なにかに口を塞がれる。
 視線で相手を探れば、ラファーガの口を塞いだのはリリアンヌの手だった。
 体が宙に浮いた感覚は錯覚ではなく、リリアンヌが地面を蹴り、ラファーガを抱えたまま宙に浮いたからだ。
 そして静かにしろと視線で念を押しながら解放した場所は民家の屋根の上だった。
 なにが起きたのだ。
 視線で問う。けれどもリリアンヌはまだ警戒していた。
 そして、彼女の姿が一瞬消えたかと思うと、建物のすぐ下で男が倒れていた。
「あなたはなにも見ませんでした。ここで誰にも会いませんでした」
 男を足で踏みつけたリリアンヌは彼の額に触れ、そう言い聞かせる。
 聖職者が脅迫など……と考え、それがただの脅迫ではないことに気がつく。
 魔術だ。
 彼女の口から出たものとは信じられないおぞましい低音が響く。
 リリアンヌは白魔法が得意だとは聞いていたが、他人の精神や記憶に関わる魔術はどう考えたって白魔法の範囲ではない。
 黒魔法、いや、闇魔法、だろうか。
 ラファーガ自身は知識程度しかないそれをリリアンヌは使い慣れているように見える。
「安全は確保出来そうです」
 いつもの少し困った表情でそう告げる彼女は本当に聖職者なのだろうか。
 本人も聖職者に憧れその真似事をしているだけだと認めてはいるが、その本質は別の物の様に思えてしまう。
「あなたは彼になにをしたのだ?」
「ここへ来た目的を忘れて頂きました」
 悪びれる様子もない。彼女にとってそれは必要なことなのだと説得力のある瞳を見せられればラファーガはなにも言えなくなってしまう。
「ご安心下さい。彼が追っているのはあなたではなく私です」
「あー……参考までに……あなたは追っ手に心当たりがあるのだな?」
 相手が誰かわかった上でのこの対処なのであれば深く追求しない方がいいのかもしれない。
「……はい。命は狙われていませんのでご安心下さい」
 その割に男は武器を所持している様に見えた。
「確かに素手のあなたは強いが……過信しすぎていないか不安になることもあるのだ」
「そう、でしょうか? 我が神の祝福と鍛え上げた己の肉体を信じずになにを信じれば良いのか私にはわかりません」
 武器はいつか壊れるが己の肉体は体力の限り戦える。そういう意味なのだろうか。
 ラファーガは厳しい鍛錬の日々を思い出す。
 自分を限界に追い込むことで幾度も成長出来たように感じていたが、過信だったのかもしれない。少なくとも、リリアンヌほどは己の肉体を信じ切れずにいる。
 いや、彼女の場合は負傷してもすぐに回復出来てしまうから過信してしまうのだろうか。
 それにしても限度がある。回復出来る範囲というのは限られるだろうに。なにかあってからでは遅い。
 もっと自分が彼女の周囲に気を配り危険予知出来るようにならねば。
 ラファーガは一層気を引き締めた。

 

 追っ手を警戒し、馬車を先の街へ進ませ手前の村で宿を取ることにしたが、ここでもリリアンヌの噂は広まっていた。ラファーガはやはり彼女に妥協して貰って正解だったと考えつつ、広まる速度が速すぎるように思え、誰かが意図的に広めている可能性を感じ取ってしまった。
「やはり美女は目立つ。リリアンヌ、すまないが……あー、少し顔を隠すなどして……あ、いや、隠してしまってはかえって目立つだろうか」
 帝都に辿り着けば安全だろう。しかし滞在しているような小さな村ではリリアンヌの美貌が目立ちすぎてしまう。それでなくともラファーガのような貴族がいるだけでも目立ってしまうのだ。
「隠れずとも、迎え撃てばよいのではないでしょうか?」
 可愛らしく小首を傾げるリリアンヌが見た目に反して脳筋思考であることは理解したが慣れることはできない。
「あまり事を荒立てたくはないのだよ」
 食堂の隅で周囲を警戒する。
 先程から村人達が物珍しそうにラファーガとリリアンヌを見ている。貴族が珍しいのだろう。敵意は感じないが珍獣扱いされているようで落ち着かない気分にさせられた。
「んー、あまりこういう魔法は得意ではないのですが……」
 リリアンヌは少し考え込み、祈るように手を組む。
 また妙な魔法を使うつもりだろうか。ラファーガは思わず身構えた。
 リリアンヌの口からとてもその美しい彼女から発せられるとは思えないおぞましい響きが紡がれ、耳にするだけで頭痛と目眩に襲われるような感覚があった。
 ぶわりと、全身の毛が逆立つ。
 彼女の口から紡がれる異国の音は止まらない。
 帝国の言語でも王国の言語でもないそれは、彼女が祈るときに使う言語なのだろう。しかし、その魔法があまりに恐ろしい物に感じられた。
 不意に、強い風が通り抜けたような気がした。
 それと共に彼女の口から紡がれたおぞましい響きが終わりを迎えたようだった。
「リリアンヌ? 今のはいったい……」
「追跡から逃れるための魔法です。ただ、私はこういった魔法をあまり使わないので……どのくらい効果があるのかはわかりません」
 そう答えた瞬間、彼女の腹が驚くほどの響きで鳴った。
「……すみません……どうも、こういう魔法を使うととてもお腹が空くようで……」
「ふふっ、魔法も疲れるらしいからね。食べられる時にたくさん食べておくといい」
 ラファーガが給仕を呼びいくつかの料理を注文する間もリリアンヌは恥じらう様子を見せた。どうやらおぞましい呪文を聞かれるよりも腹の音を聞かれる方が恥ずかしいらしい。
 驚くほどの勢いで野菜炒めの大皿を空にしていくリリアンヌを眺めながら一体何処でこんな魔法を覚えたのかと疑問を抱いたが結局訊ねることは出来なかった。
 
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