シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

18 無慈悲な現状

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 リリアンヌとの旅は馬での移動で落ち着いた。
 途中の小さな村や町に立ち寄る際は必ず民に困りごとはないかと訊ねて歩く。
 本来であればラファーガの仕事になるはずのその行為をリリアンヌは自ら進んで行っていた。
 そして怪我人や病人を見つけると声をかけ、時には薬草の煎じ方を教えたり手当てを手伝ったりしていた。
 不思議なことにリリアンヌが手当てをした人間は痛みなど感じないとでも言うように、すぐに動き回ったりしてしまう。

「あ、安静にしなくてはいけませんよ」

 リリアンヌが慌てて止める光景も今ではすっかり見慣れたものになってしまった。
「あなたの薬は本当によく効く。その、作り方を皆に教えることは出来ないだろうか?」
 薬草を購入するリリアンヌにラファーガが訊ねると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「一般的な素材と調合方法だと思うのですが……帝国では使わないのでしょうか?」
 リリアンヌが購入した薬草は確かに消毒に使う程度の薬草だ。
「しかし、あなたが手当てをした人間は明らかに回復が早い。それに、私もあなたに手当てをして貰っている間は痛みを感じなかった。つまり、特別な痛み止めを使っていたのではないのか?」
「いいえ。ラファーガに使ったものも同じ薬草ですよ?」
 リリアンヌは首を傾げる。
 そうして、村の子供達の言葉を思い出した。

 シスターは白魔法も得意なんだよ。
 
 白魔法。帝国ではあまり使う人間が居ないのですっかり忘れてしまいそうになっていたが、他人に怪我や病を治す時に使われる魔法を一般的にそう呼ぶ。応用すれば他人の生命力を奪い去ったり、病を他人に移したりといった凶悪な攻撃に化けることはあまり知られていない。
 つまり、彼女はそれが得意なのだと。
「……つまり……手当てはただの目隠しで、実際は白魔法で治しているということか?」
 訊ねれば、リリアンヌは口の前に指を立てる。
 まるで「秘密ですよ」とでも言うように。
「シスターは王都の知識で怪我や病気に詳しいのだと村の人間達は思い込んでいますから」
「しかし、ルカたちはあなたが白魔法の名人だと」
「レイフは素質がありましたので、私が教えました」
 つまり、あの子たちはリリアンヌの弟子だったのだろう。王都の学校に通うことが出来たのも、リリアンヌが素質を見抜き教育したからだと考えれば納得ができてしまう。
 リリアンヌは自身の過去を捨てたようでありながら、子供達の未来の為であれば利用できる物をなんだって利用するだけの強かさも持ち合わせている様子だ。
「なぜ秘密にしたいのだ? あなたの奇跡は皆を救う」
「私ひとりでは限界があります。目の前にいる方しか救えません。それに、全ての怪我や病を治せるわけではないのです。あなたも、一度で治ったわけではないでしょう?」
 応急処置ならその後も継続的な治療が必要だとわかりやすい。だから彼女は普通の薬草を使って手当てをするのだ。
「あなたのような手当てが出来る人間が増えれば、もっと沢山の人を救えるのだろうな」
「ええ。だから、これからはレイフが頑張ってくれます」
 リリアンヌは嬉しそうな様子を見せる。
 レイフに期待しているのだろう。しかし、それが過度な期待になってしまわないかが心配だ。
「レイフもルカも半人前です。ですが、二人合わせれば私が抜けた分を埋められるだけの仕事が出来ます」
 リリアンヌの言葉は、まるで村から消える準備をしていたとでも言っているようだ。
「あなたは……いつか村を離れるとわかっていたようだな」
「はい。これも我が神の計画の一部です」
 リリアンヌは表情を変えずに言う。その様子に、ラファーガはまた胸の奥が痛むような気がした。
 全てが神の計画。
 リリアンヌはそう信じて生きている。
 つまり、彼女の中の神の言葉ひとつで彼女はラファーガから離れてしまう。
 姿形の見えない神。その存在にラファーガは怯え続けなくてはいけない。
 恋敵が皇帝や他の貴族であればこれほどまで怯えることはなかっただろう。相手が人間であれば、ラファーガはやがて勝利できると確信を持てる。しかし、目に見えない相手となれば戦い方すらわからない。
「あなたが私と共にあると決意してくれたのも、あなたの神の計画ということだろうか?」
「はい。ラファーガ、人は作られたときから終わりの瞬間まで全て神が定められているのです。だから……迷いが生じたときはただ、流れに身を任せてしまえば良いのです。そうすれば、正しい場所へ導かれます」
 唐突にリリアンヌが左手を包み込んだことに驚く。
「ラファーガ、あなたはなにも不安に感じることはありません。あなたは、他者を愛する心を持っています。そして、あなたも愛されています」
 彼女は自身の言葉の残酷さを理解していない様子だった。
 確かに家族には愛されて育った。しかし、その家族を追い詰めたのはラファーガ自身だ。
 友人や部下達にも愛されてはいるだろう。
 リリアンヌからも愛を見せられていることは理解している。だが、それはラファーガが望む形の愛ではない。
「リリアンヌ、あなたは私が知る限り最も残酷な女性だ。しかし……そんなあなただからこそ、側にいて欲しい」
 リリアンヌの持つ残酷さは、盛り上がりすぎたラファーガの一方的な想いを僅かに抑え込んでくれる。
 そうしてラファーガの中に自問自答の時間を与え、反省を促す。
「私は、ひとりよがりな思いであなたを傷つけたくないのだ。だから、あなたの態度に救われている」
 そう口にすればリリアンヌは不思議そうに首を傾げる。
「私、そんなに酷いことを口にしてしまっていますか?」
「いや、いいのだ。あなたはなにも間違ったことなど口にしていない。ただ、私の思いが勝手に暴走して勝手に傷ついているだけだ。私は、あなたが私と共に生きる決意をしてくれただけで満足しなくてはいけない立場だというのに、あなたに多くを望みすぎている」
 リリアンヌとの関係は物語にあるような大恋愛ではないのだ。彼女の立場からすれば政略結婚に近い。つまり、物語で言うところのラファーガは悪役だ。彼女の気持ちを無視して強引に結婚を迫った悪い男なのだ。その事実を忘れてはいけないと自分に言い聞かせ、なんとか焦る心を静める。
 リリアンヌの表情が、困惑と悲しみに染まったように見えたのもきっと錯覚だろう。
 彼女の柔らかな手が離れてしまうのを僅かに寂しく感じながら、それが正しい位置なのだと言い聞かせる。
「ラファーガ……その……」
 リリアンヌはなにかを言いかけ、そして黙り込んでしまう。
「いえ……」
 視線が、下へと移動し、とうとうリリアンヌは離れてしまう。
 なにか声をかけるべきなのだろう。けれどもかけるべき言葉が浮かばない。
 ただ、彼女との間に溝を感じ、買い物に戻る彼女を見守ることしか出来なかった。
 
 
 
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