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出会い
4 聖者の印
しおりを挟む「中に入って鍵をかけなさい。決して出てきてはいけません」
彼女の声が響いた。
その声は随分と落ち着いて居て、いつもとあまり変わらないように思えるのが不思議だ。
その直後、慌てた二つの足音が建物の中に入ってきた。
「シスター、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。シスターはとっても強いから」
息を潜めようとする二つの声。子供のようだ。
ラファーガは警戒しつつ、部屋の扉を開ける。
「うわっ……なんだ、兵士さんか」
顔見知りの少年だ。彼はよくシスターの世話になっている。
「なにが起きたのだ?」
状況を把握しようとラファーガは少年に訊ねた。
「盗賊が来たんだ。でも大丈夫。シスターがやっつけてくれるから」
「盗賊? いや、彼女が危険だろう!」
ラファーガは槍を探す。ここに拾われるときに持っていたはずだ。
なんとしても恩人を守らなくては。
そう思うのに、子供達が止める。
「だめだよ。シスターが出てきちゃだめだって」
「だめだよ。武器なんて持つからこの世から争いが消えないってシスターがいつも言ってる」
二人の子供は相当彼女を信頼しているらしい。
「武器を持たずにどうやって盗賊と戦うのだ……」
纏わり付く子供達を振りほどき、なんとか武器の代わりになりそうな竹箒を手に扉を開けた瞬間、目の前をなにかが過った。
「武器など持つから弱いのです」
彼女の声がする。
驚いて、なにかが過った先を見れば、盗賊らしき男が倒れている。そして、手にした剣が砕けていた。
「……は?」
なにが起きている。
「気づきなさい。他人を傷つける者は己を傷つけているのです」
白く細い腕。
その拳が、彼女の倍は幅のある男の鳩尾に入ったかと思うと、男が柵の向こうまで吹き飛んだ。
一体なにを見せられているのだろう。
十人ほど居たと思われる盗賊達は皆気を失っているようだ。
「まったく。武器など持つから争いが絶えないのです」
彼女は吹き飛んだ男が落とした剣を拾い上げたかと思うと、その刃を拳で砕いた。
「……シスター? あなたは……」
一体どうなっているのだろう。
彼女の拳が光輝いているように見える。
「あっ、ごめんなさい。騒がしくしてしまいましたね」
困ったような笑みを向けられ、居心地が悪い。
どう考えても目の前の美しい修道女が素手で盗賊を飛ばしていた。
「あなたが……盗賊に襲われているものだとばかり……」
「ご安心下さい。素手があれば大抵のことは乗り越えられます」
なぜだろう。素手について語る彼女がとても輝いて見える。
「シスターは格闘の達人なんだよ」
「いや……いくら格闘の達人だとしても……大男を吹き飛ばしたりはしないだろう」
「白魔法も得意なんだよ」
なるほど。
魔術で肉体強化しているのか。だとすれば納得……できるわけがない。
魔術師というのは動きがのろく接近戦には向かない。
「なぜ……明らかに貴人であろう彼女が……仮にも聖職者だろう? なぜあんなにも格闘を極めているのだ?」
理解が追いつかない。
ふと、彼女の拳が光輝いていることに気付く。
ラファーガは残念ながら平均的な魔術の才にしか恵まれなかったが、それでも彼女からは高度な魔術の気配を感じた。
「シスター、あなたのその手はどうなっているのだ?」
思わず手を掴んでしまう。
彼女の手の甲に不思議な模様が浮かんでいることに気が付いた。
「これは……」
「我が神の愛です」
ふふっと笑って誤魔化そうとするが、ラファーガには心当たりがあった。
聖者の印。
歴史の中でも数える程しか確認されていないが、奇跡を起こす力を与えるという。
そして、古の聖者は帝国出身だ。
つまり、彼女は帝国の系譜ということになるだろう。
しかし、辺境で修道女のような生活をしている令嬢の話は聞いたことがない。
没落した家なのだろうか。
彼女は自分の名すら明かそうとしない。つまり、過去を隠したいのだろう。
記憶を辿ってもここ数年貴族籍を剥奪された令嬢はいなかったはずだ。
それに、彼女は帝国式ではない所作が混ざる。
敵国の手に渡った聖者の系譜。
貴族の家系図はほぼ網羅していたと思っていたラファーガの記憶にその手がかりすらない。
新たに神が彼女に印を授けたのか、聖者の系譜なのか。
「シスター、あなたは何者なのだ?」
少なくとも、ただの修道女ではない。
それだけは確かだ。
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