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終 不思議な優越感
しおりを挟む「即位するまではここに住む」
唐突に告げられた言葉に呆れたのはシャロンだけではない。
ジェフリーは驚きすぎて折角回復した父の両肩を砕いてしまったし、アレクシスはキャンディの効果で力が入らないことを忘れて椅子の脚を蹴飛ばし自分の足を負傷した。唯一「いいね」と笑ったのはジョバンニくらいで、カラミティー侯爵家に再び混乱が訪れたことは言うまでもない。
「……お前の兄たちは学習しないのか? 毎度義父上が半殺しに遭っている気がするのだが?」
なぜか混乱を招いた張本人が呆れ顔で訊ね、シャロンは溜息を吐く。
「殿下が驚かせるからですよ。ジェフリー兄さんは一族の中でも力の制御が得意なはずなのに……」
「名前」
頬を抓られる。
「……ジャスティン様……痛いです」
「痛いの好きだろ?」
べつに痛いことが好きなわけではないのだが、ジャスティンに触れられるとそれだけで嬉しくなってしまうのだから仕方がない。
「本当に王宮に戻らなくてよろしいのですか?」
「どうせまだ修繕工事中だ。本当に、建て直した方が安くつきそうなんだがな。まあ、テンペスト一族からたっぷり財産を没収したところだ。これ見よがしに使うつもりなんだろう」
カラミティー侯爵家にも賠償金としていくらか渡されたらしいが、結局そこから諸々の修繕費を差し引かれた為結果赤字だったとジェフリーが嘆いていたことを思い出す。
「この屋敷は頑丈でいい」
「それだけの理由でここに住むおつもりですか?」
確かにカラミティー侯爵邸は特殊な技術で作られた頑丈な建物だ。けれども一国の王子を引き留めることは問題にならないだろうか。
「まさか。お前と居たいからに決まっているだろう。それに、義兄上たちも……賑やかでいい。近頃アレクシスが随分と丸くなったしな」
嬉しそうな表情を見せる彼に、反対など出来なくなってしまう。
兄弟がいない彼にとって、賑やかな生活は楽しい物になったのだろう。
護衛のスティーブンが半住み込み状態になってしまっていることは申し訳なく思いつつも、シャロン自身、ジャスティンと過ごせることは嬉しい。
「予定では三ヶ月後に結婚式、だったが……王宮の修繕が終わらないから延期しろと父上がだな……もういい加減うんざりしたからカラミティー一族だけで挙式しないか?」
身勝手な王子様は今日も随分とわがままを口にしてくれる。
「……ジャスティン様……、あなたはご自分の……はぁ……」
小言を口にしようとして、漏れたのは溜息だ。
「王族には王族の責任があることはわかっている。けど、王族だって人間だぞ? シャロンの花嫁姿を誰よりも楽しみにしているのはこの俺だ」
ドレスのデザインも数種類用意していると言われ、目眩がする。
「……どうして私の前でだけ残念な王子様なのでしょう」
「残念、だと?」
本気で傷ついたと言うほど驚きを見せられる。
「あ、いえ……その……かわいらしいとは……思います、けど……あまり他の方に迷惑がかかるようなことは……」
仕事はできる。公式の場ではそれなりにしっかりしている。
それなのに、シャロンの前ではいつまで経っても子供だ。
「……シャロンは結婚式に憧れたりはしないのか?」
「……とくには? 私は……ジャスティン様を独占できる権利だけで十分です」
一番図々しいことを口にしていることは理解している。
それでも、彼は誰にも渡さない。
そんな考えを見透かされたのか、きつく抱きしめられた。
「お前が一番貪欲だな。つまり、俺にもお前を独占させてくれるというこどたよな?」
さり気なく、指先が背筋を撫でる。その刺激にシャロンの体がびくりと跳ねた。
「……ひゃい」
声が震えている。恥ずかしい。
けれども彼は恥ずかしいシャロンも受け入れてくれる。
「……王族の義務として子供は必要だが……我が子だろうとお前を譲れないだろうな……子供はひとりでいい。たくさん居たらそれだけお前の奪い合いになりそうだ」
耳元に吹きかかる吐息。
「お前に似た娘が女王になる未来も悪くないと思わないか?」
簡単に恐怖で国を支配できそうだと冗談であって欲しい言葉を口にする。
「女の子が生まれるとは限りません」
「ああ。男なら男でいいだろ。むしろ口うるさい連中は男を産めと言うだろうな。安心しろ。娘だろうが息子だろうが文句を言うやつは俺が消してやる」
物騒な愛情表現。けれどもきっと彼なら本当にやってしまうだろう。
「それに、カラミティー一族の怖い兄さんたちがついているしな」
キャンディをやめれば次こそ物理的に国が崩壊しそうだ。
「あの、できるだけ平和的に……」
シャロンのせいでジャスティンが暴君扱いされてしまうのは不本意だ。 そんな不安を抱いていることを感じ取ったのだろうか。大きな手が頬に触れる。
「安心しろ。なにかことを起こす時はお前を閉じ込めてからにする。お前にはなにも見せない」
「余計に不安です」
きっとこの先もシャロンはジャスティンに振り回され続けるのだろう。
それはそれで構わない。
シャロンの暴走はジャスティンが止めてくれる。
「なら、お前が適度に俺を甘やかせ。少なくとも……お前のこれが怒りを静めてくれることは確かだ」
断りもなく胸元に差し込もうとされた手を叩く。
「ジャスティン様?」
「口はだめだが胸はいいと言っただろう?」
「……それは……お仕事を頑張ったときだけです」
今頃医者を呼んだり王宮との連絡をしたり忙しいであろう兄たちを思い出す。
「なっ、仕事はちゃんと終わらせているだろう」
「兄たちの仕事を増やさないでください。特に、ジェフリー兄さんが過労死します」
ただでさえ心配事が多いのに、これ以上仕事が増えてしまったら本当に彼が倒れてしまいそうだ。
「……ジェフリーの仕事が増えるのは主にアレクシスのせいだと思うのだが?」
不満そうなジャスティンはまだ諦められないとシャロンの胸に触れようとする。
「いけません」
「シェリー、お前、最近俺の扱いが酷くないか? もっと甘やかしてくれたっていいだろう?」
「……ジャスティン様……あなた……私よりも年上、ですよね?」
時々本当に幼い子供を相手にしているような気分になってしまう。
「年齢は関係ないだろう? 嫁に甘えてなにが悪い」
ぎゅっと抱きしめられると怒る気力すらなくなってしまう。
結局惚れてしまったシャロンの負けなのだ。
「おやつにたくさんパイを用意しますから、お仕事に行ってください」
今頃エイミーが新しい書類の山を用意しているだろう。
なんでも諸々の「事後処理」とやらがあるらしい。
「お前の作るパイは大好物だが……作っている間、お前は厨房に籠もりっぱなしではないか」
パイを食べたい欲求と、シャロンを側に置きたい欲求で戦っているらしい。
王族がそんなにも簡単に表情を読まれてしまっていいのだろうか。いや、問題だ。
「お仕事のできるジャスティン様は素敵だと思います」
エイミーに教わった魔法の言葉を唱えるが、彼を不機嫌にさせるだけだった。
「シャロン、お前もうエイミーと口を利くな。絶対言わされてるだろう」
心がこもっていないと言われてしまう。
それは勿論、本音を言えばシャロンだって一緒に居たいからだ。
「お仕事、先に終わらせてください。そうしたら……二人でゆっくり過ごせますよ?」
ジャスティンはシャロンの手入れをするのが好きだ。髪を洗ったりゆったり、化粧を施したり。
少しだけジョバンニと似た趣味なのだろうかと思うけれど、どうも自分の顔に化粧を施すつもりはないらしい。
「明日の分も終わらせてくる。だから、明日一日俺の為に空けておけよ」
そう宣言するときには完全に仕事の顔になるのだから不思議なものだ。
「ああ、新しい化粧品を買おう。商人も呼んでおく。お前も好きな色があれば注文すればいい。けど、試すなよ? 俺が塗るのがいいんだ」
特に口紅がと囁かれどきりとする。
丁寧に筆がなぞる刺激を思い出せばそれだけで体がうずいてしまう。
「やっぱり商人を呼ぶのはやめだ。全色買う。お前、思い出しただけで凄い顔になってるぞ」
誰にも見せるなと念を押して部屋を出る。
いじわるだ。
また焦らされてしまった気がする。
「ジャスティン様」
扉を開けて、彼を追う。
「なっ、どうした?」
驚いた様子で振り向こうとした彼の首に手を回し、引き寄せた。
そのまま唇が触れあう。
伝わる熱が鼓動を早め、柔らかな感触が酔いを錯覚させた。
「……シェリー?」
「えっと……あの……い、いってらっしゃいませ……」
同じ家の敷地内だというのに、なにを言っているのだろう。
恥ずかしくなる。
けれども、耳まで赤く染まった彼が硬直したのを見て、嬉しくなってしまう。
「シェリー……その不意打ちは卑怯だろ……」
視線を逸らし、口元を手で覆う。
彼にこんな表情をさせられるのはシャロンだけなのだと思うと不思議な優越感で満たされた。
この先もずっと彼を独占したい。
じっと見つめた視線に気づかれてしまったのだろう。
優しく手を握られたかと思うと、その甲に口づけられる。
なんてはしたないことをしているのだろう。
その背徳感が余計に彼との絆を強いものへと変化させるような気がした。
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