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シャロン 8 さらけ出す 2

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 遅い朝食なのか昼食なのかわからない時間の食卓に、三人の兄が揃うのは何年ぶりだろう。
 父が居ない代わりに殿下が同席する。
 シャロンは不思議な気分になった。
 そもそも家族と同席して食事をすることが稀なのだ。
「……いつもこんなものを食べているのか?」
 殿下の不満そうな表情。
 そこから予測するに、カラミティー侯爵家の食卓は普通ではないのだろう。
「こんな、とは?」
 どこがおかしいのか教えて欲しいと彼を見れば、顎でアレクシスを示す。
 丁度大量の唐辛子を冷製スープに投入しているところだった。
「あれは兄が特殊なだけです」
 アレクシスは特に辛いものが好きなわけではないが、家族以外が同席する場では大量の香辛料を使うことが多い。
「敏感な口を痛みで誤魔化しているだけだよ」
 ジョバンニが笑顔で説明すると、アレクシスは彼を睨んだ。
 ジョバンニは女性的な装いで、しっかり化粧までしている。
「敏感な口? なっ……シャロンだけではないのか?」
 シャロンの席には木製のカトラリーが置かれているが、兄たちは金属製の物を使用している。
 家族の中でシャロンが一番敏感な口なのだ。
「カラミティー一族は怪力の代償として敏感な口なんだ。ジャスティンだって、特殊体質の代償があるだろう?」
 どうやらジョバンニは上機嫌らしい。殿下を名で呼んでいる。
「なる、ほど? つまり、シャロンが一番……強い、ということか?」
「制御が下手なだけ、という可能性もあるけど……でも安心してくれ。この私が妹の、いや、一族の悩みを全て解決する素晴らしい薬を発明した」
 褒めてくれと胸を張るジョバンニ。
 シャロンは黙って話の続きを待った。
「シェリー、キャンディは試したかい?」
「いえ、まだです」
「そう。食事の前にあのキャンディを試してくれ」
 そうは言っても部屋に置いてきてしまった。
「食事の前にお菓子ですか?」
「あのキャンディは特別なんだよ」
 そう言ってジョバンニは大きな瓶を取り出す。
「私の発明した薬が入っている。過敏な口を抑え、怪力を抑える。これで人前での食事も楽しめるし、損害賠償請求に怯える生活をしないで済む」
 その言葉に、ジェフリーが一気に目が覚めたような表情で食いついた。
「本当に? 兄さん、毎日食べて」
「……なぜこちらを向く」
 アレクシスは不快そうにジェフリーを見るが、弟二人の視線を受け、しぶしぶという様子でキャンディを口にした。
 眉間に力を入れて、わざと不機嫌そうな表情を作っているようにも見える兄の反応を全員が注視する。
「効果はどのくらい?」
「半日かな。毎朝一つ食べればとりあえず夕食までは敏感な口に悩まなくて済む。つまり、温かい料理が食べられる」
 得意気なジョバンニの言葉に胸が高鳴る。
 つまり舌の火傷に怯えずに温かい料理が食べられ、濃厚クリームのケーキも堂々と食べられると言うことだ。
「……この甘さも毎回か?」
 アレクシスの不機嫌な声が響く。
「味は試作段階かな。兄さんには兄さんの好きな味で用意するよ。シェリーはたぶんこれ好きだと思う」
 あーんと、口の中にキャンディを放り込まれる。
 口の中に当たるだけで背筋がぞくぞくとした。
 それからじんわりと果物の味が拡がる。様々な果物が混ざっている。というよりは人工的に味を再現しようとしているのだろう。
 虹色の味。
 香りが起こす人工的な錯覚。
 つまり、幸せの味だ。
 普段であれば脳まで蕩けそうな感覚が襲ってくるのに、今は口の中を転がる堅さを認識出来るだけ頭が働く。
「お前、本当にキャンディを食べるときは幸せそうな顔してるよな」
 じっと殿下に見られていたことに気づき、恥ずかしくなる。
「す、すみません……」
「いや、かわいい」
 じっと、視線を逸らしてくれない。
 落ち着かない気分になりながら、口の中でじっくりとキャンディを溶かす。
 少しずつ、体が軽くなっていくような不思議な感覚があった。
 胸の奥で渦巻くどす黒いなにかを感じなくなった気がする。
「これは……」
「肩こりが消えたな」
 アレクシスも驚いているようだ。
「え? 肩こり? 兄さん、それ肩こりじゃなかったんじゃ……」
 ジェフリーは立ち上がり、アレクシスの肩を確認している。
「試しに一発」
「怪我をしても知らないぞ」
「大丈夫、シャロンの一撃をくらっても気絶で済んだから」
 身の安全よりも薬の効果を確認しようとするジェフリーに呆れつつ、様子を見守る。
「そんなに即効性があるのか?」
「即効性がないと困るだろう? シェリーも茶会だとか社交の場に出る必要があるだろうし、私も、義弟との食事を楽しみたい」
 ジョバンニの言葉に驚く。
 殿下を見れば、彼も同じように驚いていた。
「……俺を……家族として迎えてくれる気があるのか?」
 殿下は信じられないとでも言うようにジョバンニに訊ねた。
「当然だろう。シェリーと結婚したなら我が一族だ」
 なぜかアレクシスが答える。
 そして、彼の裏拳は全く威力がなくなっているらしい。ジェフリーが全く動じていない。
「兄さんの裏拳が騎士団の若い子と同じくらいの威力になってるから、暴れても普通の騎士が止めてくれそう」
「力が使えなくても暴れるのか?」
 呆れたような言葉を発する殿下の耳が赤い。
 照れている。
 それに、体が僅かに震えている。
 そして、我慢できなくなったと言わんばかりにシャロンの肩を掴んだ。
「シェリー! 聞いたか? アレクシスが俺を家族の一員だと……あのアレクシスがだぞ?」
 子供のように喜びを隠そうともしない。
 仮にも王族として問題だろう。
 けれどもこの場の誰も咎めない。
「……シャロンが嫁入りするはずなんだけどなぁ……」
 ジェフリーだけが納得がいかない様子を見せたが、それでもすぐにいつもの眠たげな様子に戻り、ポンポンと殿下の頭を撫でる。
「兄さん、一度身内と認めるととことん甘いから適度に甘やかされてあげて」
 こっそり告げたつもりなのだろう。けれどもしっかりとシャロンの耳にも入ってしまった。
 てっきり、アレクシスは殿下を嫌っていると思っていた。
 兄たちが彼を受け入れてくれていることを知り、胸の奥がじんわりと温かく感じられた。
「殿下……私、幸せです」
 ぎゅっと彼の手を握れば、驚いた顔を見せられる。
「あ、ああ……そうだな。まだ驚いているが……そうか、兄が三人もできるのか……」
 とても賑やかになる。
 そう、呟いた彼もまた嬉しそうな表情だった。
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