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ジャスティン 5 確信する 3

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 クラウド伯爵家の別邸はそこそこ歴史ある佇まい、のはずだった。
 見間違いだろうかと、ジャスティンは目を擦る。
 目の前にある邸宅は、金属製の門を力ずくでねじ曲げられた廃虚に見える。
 まるで針金のように簡単に曲げられたであろう門は風に揺れてキコキコと音を鳴らし、その少し先からは人間のうめき声が響いている。
「……殿下……ここの賠償金、殿下にお願いしていい?」
「……シャロンが犯人だったらな」
 アレクシスが事前にやらかしてくれていたのだったら……もう少し派手に外壁が壊れている気がする。
 ジャスティンはまだ目の前の光景を受け入れきれていない。
 シャロンが、あの大人しいシャロンがこんなことをするなんて。
 考えたこともなかった。
 しかし、敷地内に入っても引き留める使用人すらいない。
 進むまでもなく、玄関の扉が砕け散っているのが見えた。
「……カラミティー式交渉術の一環か?」
「まあ、兄さんなら基本だって言うだろうね。まだこの扉が安物で助かるよ」
 仮にも伯爵家の扉を安物呼ばわりすると言うことは、もっと高価な扉を壊したことがあったのだろう。
 そう言えば、しょっちゅう王宮内を破壊していた。あまり触れないでおこう。
 ジャスティンは壊された玄関から屋敷の内部を覗う。

「ですから、相応しいときとはいったいいつのことでしょうか?」
 シャロンの、陶器人形みたいな表情と、感情の読み取れない声。
 クラウド夫人の教育の賜物だ。
 自分が作り上げた完璧なシャロンが、目の前で可愛らしく手を合わせるような仕草をしているのに、当のクラウド夫人は怯えた様子で後ずさるだけだった。恐怖のあまり声もでないのだろう。
「クラウド夫人? せめて耳飾りだけでもお返しいただけませんか?」
 シャロンの声には全く感情の起伏が込められていない。
 横顔しか見えない彼女はゆっくりとクラウド夫人に接近し、クラウド夫人は後ずさって壁際に追い詰められた。
「こ、ここには……ありませんっ」
 散々シャロンにはどんなときでも感情を表に出すなと教育してきたクラウド夫人は恐怖で震えるどころか、声までひっくり返っている。つまり、自分は出来ないことをシャロンに強要し、出来なければ散々罵ってきたのだ。
 シャロン。もっとやってやれ。
 ジャスティンは思わず心の中でそう念じた。
 それが届いたのか、シャロンの拳がクラウド夫人の耳の真横を通る線で壁に打ち込まれる。
 一拍遅れて人ひとり通れそうな大きさに壁が崩れた。まるで隠し部屋の入り口だ。もちろん、壁だが。
「では、どちらにあるのでしょうか?」
 答えなければと、シャロンは次の手順を頭の中で確認しているようだった。
「えーっと……頭の骨は多少折っても問題ない……だったかしら?」
 アレクシスは一体どんな教育をしたのだろう。悪魔というものが存在するのであれば、正しく今のシャロンだろう。
 感情の読めない美しさと、躊躇いのない凶暴性。
 間違いなくアレクシスの血縁者だと確信する。
 シャロンが頭に手を伸ばそうとすると、クラウド夫人は必死に命乞いを始めた。
「お嬢様! お待ちください! み、耳飾り! 耳飾りはすぐにご用意しますから……どうか命だけは……」
「あら、人殺しは犯罪ですよ。あくまで交渉に来ただけなのですから、殺したりはしません」
 無表情でそんなことを言っても、説得力はないだろう。
「先程噂を耳にしたのです。私が殿下から頂いた耳飾りを……夫人の姪御さんがお持ちだとか……姪御さんは、私の殿下から随分とたくさん贈り物を頂いているそうですね?」
 淡々と、感情の消えている声。そして硝子玉のように感情が消え去った瞳。
 これは、怒りなのだろうか。
 どう動くべきか迷い、もう少し見守ろうと判断したのは過ちだったのかもしれない。
 感情が消え去っていたシャロンの瞳に、突然光が宿る。
 その光は鋭いものだった。
 まるで獲物を狙う獣だ。
 確実に仕留めるとでも言うような強い意志。
 まずい。
 ジャスティンは慌てて飛び出した。
「シャロン!」
 次にどんな言葉を並べるべきだろう。
「お前、どうしてこの俺が会いに行った時に屋敷にいないんだ!」
 散々悩んで飛び出した言葉は、子供の頃によく口にしていたものだった。
「……でん、か?」
 クラウド夫人の頭を握りつぶしに行こうとしていたシャロンがジャスティンを認識し、動きを止める。
「どうして、こちらに?」
 少しずつ、冷静になっていったようだ。
 まだ仮面のような表情だが、社交の場に出しても問題のない範囲で僅かな人間らしさを感じる。
「迎えに来た。ほら、帰るぞ」
 そう、手を差し伸べれば、少しだけ戸惑いを見せられる。
 若干手を出したことを後悔している。
 もし、シャロンが力の制御を出来ないのであれば、ジャスティンの手は粉々になるかもしれない。せめて利き手ではない方にすればと思い、今更引っ込める訳にもいかないので覚悟を決めるしかない。
 シャロンは躊躇いながら、ジャスティンの手に自分の手を重ねる。
「面会禁止は……解除されましたか?」
「そんなもの、後でどうにでもなる」
 むしろ、シャロンが暴れると言えば父も大人しくなるだろう。
「私……耳飾りを返して貰いに来たのですが……」
「気にするな。新しいのをいくらでも買ってやる。そうだ、このまま宝石店に行くか? お前の好きなのを買ってやる」
 少しでも意識を反らしてやらないと、また暴れられても困る。
 けれどもシャロンは没収された耳飾りに執着しているらしい。
「折角殿下から頂いたのに……」
 相当気に入ってくれていたということなのだろうか。
 シャロンは再びクラウド夫人に視線を向ける。
「シャロン、こっちを見ろ」
 無理矢理顔を動かせば、糸の切れた人形のように脱力する。
「そんなにあれが気に入っているなら俺が取り返しておく。だから……他の奴を見ている時間があるなら俺を見ろ。お前が居ないと仕事が全く捗らない」
 シャロンの入れる茶、シャロンの声で読み上げられる書類。ただ同じ部屋で座っているだけでもその存在自体が癒やしだ。仕事の効率上昇に不可欠だ。
 シャロンは少しだけ困ったような表情を見せたが、それを無視して抱きしめた。
「帰るぞ」
「……はい」
「ジェフリー、全員拘束しておけ。後で詳しい事情を聞く」
 シャロンがどの程度被害を出したかも調査しなくてはいけない。
 冷静になったシャロンはきっと自分がしでかしたことを気にするだろう。そうなったときに適当な罪状を作って罰則という名目の元仕事の補佐でもさせよう。
 仮にもカラミティー侯爵家の人間だ。普段はどこか抜けていても仕事は出来る。
「お前、すごい汚れてるな。まずは風呂だ。大人しく俺に世話されてろ」
 どれだけたくさん壊したのか。小石やら砂を被っている。
 そんなシャロンを抱き上げれば、彼女は大人しくなる。
 これは、冷静になって自分のしでかしたことを把握し始めたのか、単純に触れられていることが恥ずかしいのか。
 反応を待てば、甘えるように額を胸元につけられる。
 これは……悪くない。
 普段からもっとこうしてくれればいいのに。
 そんなことを考え、馬車に戻った。
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