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シャロン 5 兄との距離 3

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 嵐のような人だった。
 銀髪の女性は散々店主を詰ったあと、すたすたと店を出て行った。
 シャロンはただぼんやりと彼女を見ていることしかできず、彼女が立ち去ったあと、ジェフリーに肩を叩かれてようやく現実に引き戻された気分だった。
 慌てて買い物を済ませる。
 別の店に寄って貰うつもりだったが、そんな気分はすっかりとしぼんでしまった。
 シャロンは兄に疲れてしまったと告げ、馬車に戻る。
 たぶん、世間の基準だとかなり綺麗な人。少しだけ恐ろしく見えたのは、美しい外見が近寄りがたい雰囲気に思えたからだろう。
 姿勢がとても美しく、きっと貴族の家でたくさん教育を受けたお嬢さんだろうと思った。
 社交の場にあまり出ることのない、出ても殿下の隣で置物のように過ごすことの多いシャロンは貴族の顔を殆ど覚えられていない。
 名前さえわかれば情報は結びつく。けれども、顔と名前を一致させられない。
「シャロン、大丈夫? 顔色悪いけど……」
 品物を積み終えたジェフリーが頭をぶつけないように気をつけながら馬車に乗り込み訊ねる。
「え? はい……」
 少し心がざわついてしまっただけ。
 きっと偶然。
 よく似たデザインだっただけ。
 けれども、殿下からの贈り物がありふれたデザインということはありえるのだろうか。
「さっきのお嬢さん、激しかったから疲れちゃった?」
 ジェフリーは先程の女性が顔に似合わない暴言の数々を店主にぶつけていたことを言っているのだろう。
 確かにシャロンもそれには驚いてしまった。けれども原因はそれではない。
 ジェフリーに伝えるべきか悩んでしまう。
 少し悩んで、ようやく出た言葉は「どこの方なのでしょうか」という批難とも好奇心とも言えないものだった。
「うーん? 僕あんまり他人に興味ないからなぁ……ちょっと待って」
 ジェフリーは一度馬車から降りた。
 どこへ行くのだろう。窓から様子を覗く。
 どうやら巡回中の武官に声をかけに行ったらしい。制服を見る限りジェフリーよりは下の階級のようだ。
 声をかけられた若い武官はジェフリーを見て背筋を伸ばす。とても緊張した様子だった。けれども少し言葉を交わせば空気がほぐれていく。
 ジェフリーにはそういうところがある。なんというか癒やし系。
 アレクシスの弟には見えない。異母弟なのだから違って当然。
 様々なことを言われているが、兄たち二人はお互い足りない部分を補い合える良い関係だとシャロンは思っている。
 上の兄は行動派。頭脳戦が得意なはずなのに肉体で片をつけたがる。
 下の兄は慎重派。大きな体と武官という立場からすれば暴力で解決しそうなのに、彼は意外と他人を観察してじっくり待つことが出来る。
 上の兄がやり過ぎそうになれば下の兄が止める。下の兄が動かなすぎれば上の兄が発破をかける。
 いい関係だ。
 共通しているのは二人とも情報収集が得意なことだろう。
 上の兄は脅迫で、下の兄は人柄で情報を集められる。
 困った兄とそれを止める弟。
 アレクシスは自分の評判が地に落ちても全く気にしない。むしろ、自分の素行の悪さを利用してジェフリーの評判を上げようとしているのではないかとさえ思える瞬間がある。
 シャロンはじっとジェフリーを観察し、なにを話しているのかと首を傾げる。
 相手の武官は表情が豊かだ。
 困って見せたり笑って見せたりと忙しい。
 きっとあのくらい表情が豊かな方が殿下に喜ばれるのだろうなと思いつつ、だからといってそれを真似てはいけないことをシャロンは知っている。
 シャロンは殿下のように公の場と詩的な場で感情表現を切り替えることができない。シャロンにはそう言った類いの器用さはないのだ。
 しばらくしてジェフリーが戻ってくる。
「さっきのお嬢さん、テンペスト侯爵家のお嬢さんだって」
「え?」
「あれ? シャロン、あの人が気になったんじゃないの? あのドレス、殿下が贔屓にしているデザイナーの品だって。彼、結構そういうの詳しいみたい。妹さんがあれこれ流行にうるさくて付き合わされてるんだって」
 随分話し込んでいると思ったらそんな話までしていたのかと驚く。
「なんでも、普通に頼むと一年待ち……というか、殿下が殆ど押さえちゃってて他の人は滅多に依頼出来ないらしいよ」
 王族ともなればお抱えのデザイナーがいても驚かない。
 けれども……。
「確かに……殿下はお洒落に気を使う方ですが……」
 そんなに頻繁に仕立てていただろうか。
 シャロンは首を傾げる。
 式典や夜会、公的な場ではそれなりに着飾ってはいるけれど、普段の彼は機能性を重視している。裏地に拘っているという話は聞いたことがあるけれど、それでもずっとデザイナーを捕まえて離さない程頻繁に仕立ててはいないはずだ。
「そう言えば、シャロン、殿下がよく服を贈ってくれてなかった?」
 あんまり着ているところを見てない気がするけどと彼は言う。
 嬉しくてジェフリーの前で当てて見せたことはあるけれど、確かに袖を通したことはなかったかもしれない。
 だって、袖を通す前にクラウド夫人に没収されてしまうから。
 考え、シャロンは暗い気持ちになっていく。
「……ごめんね。長話しちゃって。疲れた? 家まで寝てていいよ」
 ごろーんと、体を倒され、膝に頭を乗せる形になってしまう。
 膝枕。
 小さい頃はよくしてもらっていたかもしれない。
 ジェフリーはこうやってシャロンに絵本を読み聞かせてくれた。
 なんだか懐かしくて、少しだけ嬉しくなる。
「本当に寝てしまいそうです」
「うん、おやすみ」
 優しく頭を撫でられる。
 不思議なことにそれだけでとても気持ちが落ち着いていく。
 絶対的な安心感。
 きっと経験上、ジェフリーの側は安全だと知っているからだろう。
 アレクシスが暴れていたとしてもジェフリーの側なら安全。
 お化けも、雷もジェフリーの側なら怖くない。
 撫でられる手が心地よくて、そのまま目を閉じる。
 馬車が揺れている。
 手が、温かい。
 そんなことを考えながら、眠りに落ちてしまった。

 
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