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シャロン 5 兄との距離 2

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 わざわざ馬車に乗って移動した先は街だった。
「兄さんが僕の万年筆までへし折ってしまったんだ。あれ、結構気に入ってたのに」
 手頃な価格帯の文房具を扱う店は、やや高級路線の平民向け。カラミティー侯爵家の文房具はどうせアレクシスが壊すからと高級品は選ばれない。
 使い心地よりも使い捨て。仕事に支障が出ない範囲で予算を削っている。
「……そう言えば、先日貸した文鎮も真っ二つになってしまいました」
 本人曰く、普段は気をつけているそうだが、生まれ持って他人よりも怪力なのだ。それに加えてキレやすさ。
 それでも仕事が出来すぎてしまうから暴力事件をいくつも起こしているのに投獄されることがない。彼がいなくては仕事が回らないのだ。
「文鎮も買っていこうか。ついでに……兄さんの予備をいくつか……もう、文具店を開けそうな在庫を……」
 ジェフリーは深いため息を吐く。
 この兄が頭を抱えるほど呆れることは珍しい。
「武官になれば兄さんの問題から解放されると思ったんだけどなぁ……」
「……あれは……治りません」
 シャロンもアレクシスの起こす数々の問題を解決出来ないかと、ドラウドに相談したことがある。
 結果、病気ではなく体質なので怪力は治らない。あとはいかに心の平穏を保つ訓練を積むかだと言われてしまった。
 一応、シャロンの存在が精神安定剤になってくれるらしい。シャロンが居る空間ではなるべく暴力沙汰を起こさないように気をつけてはくれている。
 その気遣いが弟の前でも発揮されればもう少し事件の数が減りそうなのに。
 シャロンは兄につられるように溜息を漏らし、文房具店を見渡す。
 庶民よりは少し富裕層向け。けれども貴族向けの一点物ではなく量産品を扱っている。
 シャロンはこういった量産品が嫌いではない。むしろ均一に、同じ物というのは心が落ち着く。
 いつもの文房具というのは心が落ち着き作業効率を上げてくれる気がする。
 来たついでにと、愛用している万年筆を見る。まだ同じ商品が販売されているらしい。
 うっかりアレクシスに貸してしまうと折られてしまうかもしれない。お気に入りの品はそれだけ使いやすいのだから予備を買っておこう。
 殿下の瞳とよく似た、透き通るような青い硝子を装飾に使われているそのペンを、三本。それから星空のような色をした小型の文鎮を二つ。ついでに便箋も見ておこうかと店内を歩く。
 あ、素敵なインク。
 思わず視線を奪われる。
 書いている途中で色が変化するインクは近頃流行らしい。
 同世代の親しい友人がいないシャロンは手紙を書く相手が家族と殿下、それにドラウド先生しかいないことに気がつく。
 お茶会の誘いは形式的に受け取ることはあっても、クラウド夫人がなにかと理由をつけて不参加と返答してしまっていた。
 今思えば奇妙かもしれない。
 けれども、彼女の前ではなにを言われても従ってしまった。 
 シャロンは出来が悪い子なのだから。はしたない子なのだから。
 殿下の婚約者として恥ずかしくない女性にならなくてはいけない。
 溜息が出る。
 そんな言葉ばかり嫌と言うほど聞かされてきた。
 自分でも、不出来ではしたない女だと思ってしまう。
 そう考えれば考えるほど、気後れしてしまうのか、殿下宛の手紙すら書かなくなっていたかもしれない。
 色の変化するインクに心惹かれるが、やはり殿下に宛てる手紙となれば、紙もインクもそれなりの格式がなくてはいけない。
「お兄様、この後別のお店も寄りたいのですが」
「んー? いいよー。新しい服買う? それとも帽子?」
「いえ、便箋を……」
 文具店でこんなことを口にするのは失礼だったかもしれない。
 そう、考えていると、来客を知らせるベルが鳴る。
 思わず、入ってきた客に視線を向けてしまった。
 どう見てもこの店には不釣り合いな人に見えてしまったのだ。
 よく手入れされた輝く銀髪。新緑の瞳。
 なにより、身に纏っているドレスが一目で高級品だとわかってしまう。
 シャロンはその女性のドレスを見て硬直した。
 見覚えのある深緑。とても丁寧な刺繍が美しいそのドレスに見覚えがあった。
 そんなはずはない。
 たまたま同じデザイナーの品だったのかもしれない。
 銀髪の女性はすたすたと店内を歩き、店主を呼びつける。姿勢がとても綺麗だ。けれども、店主を詰っているようだった。
「……なんだか落ち着かなくなっちゃったね」
「……ええ……」
 視線がドレスにばかり向いてしまう。

 殿下が贈って下さったものにそっくり……。

 数ヶ月前、殿下に贈られた「普段着」によく似ていた。
 家の中で着るには高価すぎるので外出着にしようと思っていたのだが、華美だとクラウド夫人に没収されてしまった。
 ただの偶然。
 よく似ているだけ。
 すれ違ったとき、銀髪の女性と背丈が近かった気がする。
 それもきっとただの偶然。
 シャロンは落ち着かなくなった気持ちを誤魔化すように、深く呼吸を繰り返した。

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