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ジャスティン 2 新たな問題 2

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 落ち着かない。
 机の上に山積みの書類。
 未だ意識不明の宰相が担当していた仕事の中で、彼以外でも対応出来る範囲の書類は全てジャスティンに回ってきた。
 当然、自分の仕事も減らない。
 そして、なにより落ち着かなくさせるのはシャロンの三人の兄のうちの二人、アレクシスとジェフリーに監視されていることだ。
 当然、あの一件は二人を激怒させた。
 アレクシスはいつも通りにしろ、ジェフリーまで暴れるとは想定外だった。
 ジェフリーの長い手足は止めようとした彼の部下どころか上官まで巻き込み大勢の負傷者を出してくれた。
 つまり、カラミティー侯爵家の男は怪力だ。素手で人を殺せる。
 死者が出なかっただけマシだと父は溜息を漏らしていたが、これが他の貴族のやらかしであれば死罪では済まないだろう。
 ジャスティンは再び溜息を吐く。
 仕事が進まない。
 シャロンに会いたい。
 せめて監視するのがジェフリーではなくシャロンであればと思ってしまう。
「殿下ー、さっきから手が止まってますよー」
 眠たそうな声でジェフリーが言う。
 気に入らない。
 心の中で舌打ちをする。
 なんというか、カラミティー侯爵家の人間は王子であるジャスティンに対して敬意がなさ過ぎる。
 いや、わかっている。今回の一件がジェフリーを怒らせたことも。
「殿下が仕事終わらせてくれないと僕も兄さんも帰れないんだよ? シャロンが寂しがるなー」
 思わずペンを折りそうになる。
 婚約者との面会を禁じられ、その兄たちと仕事をしなくてはいけないとは一体どんな拷問だろう。
 しかも、ジェフリーは護衛という名目でこの場にいるはずなのに、目の前で弁当を広げ寛ぎ始めている。
 くそっ、あれはシャロンの手作りミートパイではないか。
 思わずジェフリーを睨む。
 貴族の令嬢にしては珍しく、シャロンの趣味は料理だ。特にパイやクッキーなどを焼くのが好きで、彼女の作るミートパイはジャスティンの大好物だ。
 最近はあまり振る舞って貰えなくなったが、昔は時々彼女の手料理を楽しんでいたなと懐かしむ。
 そう言えば、どうしてシャロンの手料理が食べられなくなった?
 思い返してみる。
 ジャスティンはミートパイが好きだと彼女に告げていたはずだ。他の料理も美味しいが、特にミートパイが美味しいと。
 シャロンはそれに喜び、差し入れのパイをジェフリーに持たせてくれたこともあった。
 が、ある日突然それすらなくなってしまった。
 てっきり、シャロンが忙しくなって料理をする暇すらなくなったのだと思っていた。
 けれど……目の前の二人はシャロンの手料理を弁当にしていたではないか。
 そうなると、思い浮かぶのは彼女の教育係だ。
 クラウド夫人。
 前々から気にはなっていた。シャロンがことあるごとに彼女に叱られるという話をしていた。
 そう言えば、送った耳飾りもクラウド夫人に止められただとか、着て欲しかったドレスも相応しくないと叱られたと言っていた。
「……父上が選んだ教育係だからと納得はしていたが……もしかして、シャロンはクラウド夫人に嫌がらせを受けているのではないか?」
 そう、訊ねると、アレクシスは舌打ちをし、ジェフリーは少し驚いたように目を見開いた。
「今更か」
 アレクシスが無事な方の手で今すぐジャスティンの首を絞めたいと言うように指を動かしている。
「気づくとは思わなかったけれど、気づいたことを褒めてあげるべきかな?」
 ジェフリーは棘のある言葉を発し、ミートパイに齧り付く。
 朝からろくに食べていないせいで余計に恨めしく感じられた。
 しかし、クラウド夫人だ。
「あの女のせいでシェリーは自分のドレス一つ選べない女になってしまった」
 思い出して更に苛立ったのだろう。アレクシスは長椅子に足を落とし、粉々に砕いてしまった。
 その椅子一つでお前の月給だぞと言うべきか悩み、言葉を飲み込む。
「少し前にシャロンに送った耳飾りが没収されたという話を聞いた」
 その時はただ苛立って、シャロンが贈り物を喜んでくれないことに腹を立てて詳細を聞こうともしなかった。
 けれど、シャロンが本心では喜んでくれていたのなら、問題はクラウド夫人だ。
「あー、あの殿下の髪色みたいなおっきい宝石のやつでしょ? シャロン、すっごく喜んで、次のお茶会に着けたいって言ってたのに没収されたんだよね」
「本当か?」
 耳飾りのことは先日もシャロンが口にしていた。きっと気に掛かっているのだろう。
「うん。あれ? 没収された話は聞いたけど、返ってきたって話は聞いてないな」
 ジェフリーは眠たそうな目で言う。けれどもこの表情は普段の彼だ。
 精一杯怒っているのだと主張しようとしていたようだが、途中で飽きたか疲れてしまったのだろう。彼は兄とは違い、怒りを持続させない。
「あの女がシェリーから奪った物が一度でも戻った試しがあるか?」
 アレクシスは忌々しそうにそう言って、壊した椅子から離れ、足置きに座った。
 ちなみに彼はジャスティンの書斎に入ってからすでに棚を二つとテーブルを一つ、ついでに壁と扉を壊している。これら全てをカラミティー侯爵家に請求していいのだろうか。そう思い、決して贅沢をしているわけではないカラミティー侯爵家はアレクシスが起こす暴力沙汰で毎度多額の賠償金を支払っていることを思い出す。
 決して贅沢をしているわけではないのだ。むしろ質素倹約とでも表現するべきか。そもそもシャロンだって宝石やドレスをねだってきたことは一度もない。ただジャスティンが送りたかったから彼女に贈っているだけだ。
 むしろ、そうでもしないと彼女は毎回同じ首飾りや耳飾りを着けかねない。王子の婚約者としてそれはあまり褒められない行為だ。
 だったら、宝石の数は使用人だけでなく、シャロンも、もっと言えばこの兄たちでさえ把握していそうだ。
「……調べさせるか」
 あまり頼りたくはないが、エイミーを使えばすぐだろう。
 それよりも、書斎の家具がどんどん壊されていく方が深刻な問題かも知れない。
「ジェフリー、アレクシスを追い出してくれ。この机まで壊されては仕事どころではない」
「えー、もう殿下が床で仕事すればいいと思いますよー?」
 だらけきった口調のジェフリーから僅かに敵意を感じる。
 ああ、やはりシャロンにしたことは当分許して貰えそうにないのだな。
 シャロン本人が許してくれたとしても。
 これで三番目の兄が戻ればいよいよ毒殺されるのではないだろうか。
 目の前で破壊された机を眺めながら本当に床で仕事をするしかなさそうだと覚悟を決めることになった。












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