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シャロン 1 わがままな婚約者 3
しおりを挟む暗い石造りの地下牢。
ここはとても寒くて暗い悲しい場所だ。両手を後ろに拘束されているシャロンは、泣いても涙を拭うことさえできない。
唯一の救いは、床の隅に藁が敷かれていたことだろうか。なんとか椅子のように座ることができる高さだった。
右のヒールは折れてしまったらしく立つことも困難だが、手が使えないので脱ぐことも難しい。暗がりの中で足を使って脱ごうとするけれども、これが意外と難しかった。人前で脱げてしまわないようにと詰め物で固定したのがよくなかったようだ。
もうどれほどの時間ここに放置されているのかわからない。けれども随分長い時間のように思える。明かり取りの僅かな隙間から光が差し込むようになってしばらく経っただろう。
そしてシャロンはさらなる問題に直面している。
急激な尿意に襲われているのだ。
牢の一角に囚人用の便器はある。しかしシャロンは今、枷で両手を拘束されているのだ。それも後ろに。これではスカートを捲ることも下着を下ろすこともできない。それに靴が脱げない。折れたヒールで便器まで歩くこともまた困難だ。
まずい。このままでは……この歳で粗相など恥ずかし過ぎる。そんなことになっては二度と殿下と顔を合わせることができない。
もじもじと太股を擦り合わせてしまっていると石段の上にある扉が開いた音がする。
この足音は、たぶん殿下だ。
今一番見られたくない人が来てしまう。
「食事を持ってきてやった。今日はちゃんと食えよ」
なぜ一国の王子自らがそんなことをするのだろう。看守にでも任せておけば良いのに。
彼の持ってきたランタンが暗い地下を照らす。トレイに乗せられた食事は囚人用にしては随分と豪勢で、それどころか王宮の晩餐会で提供されるような美しい盛り付けだった。
「あの、殿下……私は……」
泣きはらしたみっともない顔を見られたくない。そう思うのに、彼は檻の鍵を開ける。
「ああ、コルセットがきつくて食えないのだったな。今緩めてやる」
檻を開け、食事を隅に置くと、近づいてくる。
「殿下……その……さ、先に……お、お手洗いに行かせてください……」
情けないことにまた涙が出てしまう。こんなことを男性に、それも殿下に言わなくてはいけないなんて。恥ずかしくて俯けば彼は不思議そうな声を上げる。
「手洗いならそこにあるだろう。ん? ああ、枷をしたままだったな」
彼は思い出したようにそう言うが、枷を外してくれる気配はない。
「手伝ってやろう」
「え? あの……」
無理に立たせようとして、足下の異変に気がついたらしい。
「怪我をしているのか? なにをしたんだ。危険物はなかったはずだが……」
困り果てたようにシャロンの足を見る。
忘れていたが何度も靴を脱ごうと爪先で蹴った時にすれてしまったのだ。少し擦り剥けていたかもしれない。
「……くそっ……お前に怪我をさせたいわけじゃないのに……」
殿下はよく響く舌打ちを添えて不機嫌に呟き、それからゆっくりと靴を脱がせる。
「ヒールが折れてたなら折れてたと言え」
「す、すみません……」
彼が怒っているのはわかる。けれども昨夜のように冷たい目ではない。むしろいつもの不機嫌な彼に近い気がする。けれども、思い出したかのように冷たい目を向けられた。
一体なんなのだろう。
まるでうっかり普段通りに接してしまっていたとでもいうようだ。
「……一晩牢で過ごせば懲りただろう? 反省したか?」
訊ねられるが、そもそもどうして檻に入れられてしまったのかさえわかっていないのだ。答えられるはずがない。
「殿下……内乱など……私には心当たりがありません。昨夜はただ……処方薬を頂こうと……」
「薬ならお前の兄に頼めば手に入るだろう」
また、冷たい声になった。この声が怖い。
威圧というか、逆らうことを一切許さないという響きで、脳髄に服従が刻まれているようだ。
恐怖からか限界だった。
体がガクガクと震えだし、シャロンはとうとう粗相をしてしまった。
「ご、ごめんなさい……殿下……見ないで……お願い……」
一度出始めてしまったものは勢いが止まらない。恐ろしさと恥ずかしさでただ泣くことしかできない。
「ったく……いい年をして粗相など俺の婚約者として恥ずかしいぞ」
彼は大袈裟に舌打ちをし、それからシャロンのドレスに手を掛ける。
なにをするつもりだろう。
恐怖で体が硬直した。
「面倒だ。切るか」
彼はどこからかナイフを取りだし、シャロンのドレスを切り裂き始めた。
「嫌っ……殿下……なにを……」
「少し黙っていろ」
不機嫌な彼は次々にシャロンのドレスを切り裂き、ただの布きれにしてしまう。そして、その中から比較的綺麗そうな部分を選びシャロンの体を拭き始めた。
「漏らしたままにしておく訳にもいかないだろう」
「殿下……あの、自分でしますから……」
「黙ってろ」
言葉は乱暴なのに、その手つきはとても優しい。
一体彼はシャロンをどうしたいのだろう。
恥ずかしくて怖くて悲しくて次から次へと涙が溢れ出る。
「くそっ……シャロン、泣くな。お前を泣かせたいわけじゃない……くそっ」
殿下の手が優しく頬に触れる。彼は何度も苛ついた様子を見せ、それから時々困り果てた様子を見せる。
「泣くな。命令だ」
そんなことを言われて泣き止むことのできる人間の方が稀少だろうに彼はそのことには気付かなかったようだ。
それからまた、忌々しそうにコルセットに向かう。ナイフを使えばすぐだと思ったのに骨が邪魔になっているのだろう。それでもシャロンを傷つけないように配慮してくれているようだ。
しばらくコルセットに苦戦した後、シャロンの汚れた下着もナイフで切り裂く。そしてまた、シャロンの粗相のあとを拭き始めた。
「殿下、本当に……自分でさせてください」
もうこれ以上恥ずかしいことなんて起こらないと思ったのに想像を超えることが立て続けに起きすぎてシャロンの頭はまともに思考できない。
彼は無言でシャロンの抵抗を無視し作業を続ける。痛くはない。けれどもとても恥ずかしい。
最早彼が満足するまで我慢するしかない。
顔を隠したくても手は後ろで拘束されてしまっている。ただただ、涙を流しながら自分の恥ずかしい姿を見ていることしかできない。
「泣くなと言っているだろう」
とうとう、彼は困り果てた声で言う。
「お前は……なぜ俺の前では笑わない? いつも澄ました顔ばかりだ」
強引に立たされる。足の裏に冷たい石の感触と、晒された素肌に彼の衣服が触れ、その感覚に思わず息を漏らす。
「お前の婚約者は俺だ。お前は俺のもののはずなのに……いつだって思い通りにならない……」
酷いことをしているのは彼の方なのに、どうして彼が追い詰められた顔をしているのだろう。
「くそっ……」
壁際に追いやられる。足下の藁でバランスを崩してよろけると、すぐに支えられた。
「お前には……俺はただの政略結婚の相手でしかないのか?」
とても悲しそうな声だった。
普段の乱暴な彼からは想像ができない、怯えた子供のようにさえ見える表情でシャロンを捕らえているはずの彼の方がとても不安そうだ。
「殿下?」
「どうして……あんな身分もないような男に……」
とても苛立った様子で肩を掴まれる。指が食い込むほど痛い。
小さく呻いても、今の彼は止まる気配がなかった。
「ああ……ああ……そうだ……身体検査がまだだったな」
なにかを思い出したかのように、あの冷たい声に戻った。
怒っているというよりは、ただ、淡々とした様子で、瞳から光が失われて恐ろしい。
「シャロン、あの男に何処まで許した?」
彼の手が胸元から腹部を撫でる。その冷たい手と突然の感触に、思わず小さな悲鳴をあげてしまう。
「お前はいつだって俺を拒むくせに……あいつには随分と……親しそうだったな。この美しい唇は? あいつに食わせたのか?」
手が顎に触れ、親指が唇を撫でる。
「んんっ……」
ただ、唇を触れられた。それだけなのに、全身がぞくぞくとしてしまう。
他の人に触れられたときはそうでもないのに、どういうわけか殿下に触れられると、唇でさえ過剰なほど敏感になってしまう。
「そんなに俺が怖いのか?」
彼は更に不機嫌になる。
「俺とは口づけさえしたくないと?」
完全に壁際に追い詰められた。手枷が石の壁に当たる音がする。
凍てつくような目に睨まれ、視線を逸らすことさえできない。
「そんなに……あいつがいいのか? あの男が……」
震えながら絞り出される声。なにか酷い誤解があることは確かだ。
一体誰の話をしているのだろう。この誤解を解かなくては。
「殿下、私は」
「黙れ」
唇になにかが触れる。それから乱暴に口の中に入り込んできた。
背筋がぞくぞくして声が漏れてしまう。
殿下に口づけられたのだと気付いたときには腹の奥がもぞもぞともどかしい感覚になっている。
だめ。今度こそ幻滅されてしまう。粗相だけでも恥ずかしい女なのにこの恥ずかしい口を知られたくない。
必死に理性にしがみつこうとするのに絡められた舌に思考が奪われる。
頭がほわほわとして、まるで酔っているような感覚になる。
見ないで。
シェリーの恥ずかしい姿を見ないで。
必死に彼を拒もうとするのにがっしりと掴まれてしまい逃げ出すことができない。
執拗な責めに脳内はとっくに蕩けて、体の力が抜けてしまう。
とうとう自分の足で立てなくなった頃、ようやく解放された。
「……シャロン……なんて顔をしているんだ……」
優しい手が頬を撫でる。
「そんな顔で……あいつを惑わしたのか?」
彼は酷く動揺している様子だ。
「でん……か……あの……私……」
もう、これ以上見ないで。
そう言いたいのに思考がぼやけて言葉が出ない。
「お前が悪いんだ……お前が……俺は十分歩み寄ってきた……なのに……お前は俺を拒み続けた……」
わなわなと震えながら彼はシャロンの足に手を伸ばす。
「全部、調べてやる……全部……そして、お前が誰のものか思い知らせる」
厭らしく、太股を撫で、恥ずかしい部分に触れる。
「だめ……」
怖い。
初めての相手は彼だと思っていた。けれど、こんなところで……こんな怖いところで、正気ではない彼にされるのは怖い。
「もうとろとろじゃないか……俺に、なにをされるか期待してるの? なぁ、シャロン……お前、乱暴にされるのが好きなのか?」
わざとだろう。耳元に吐息が掛かるように囁かれる。焦らすように太股を撫でられる。
怖い。震えてしまうのに、口づけの余韻が彼を求めている。
そのままいけない部分を撫で、それから乱暴に中に指を進められた。
「いっ……」
狭い道を強引に拓かれ、痛みに歯を食いしばる。
「シャロン、俺を拒むな」
強引な指が内壁を強く擦った。
「やぁっ……」
痛い。怖い。
こんなのは嫌だ。
初めては、ベッドの中で優しくして欲しかった……いつも意地悪な殿下だってその時くらいはと期待していた。なのに……。
「殿下っ……こんなの……いやだ……」
子供のように情けなく泣くことしかできない。
既に力が入らない足も、拘束された腕も絶望を与える。それなのに、乱暴な刺激は違和感を痺れに変化させていくようだった。
「くそっ……」
また不機嫌な彼の声が聞こえる。とても苛立っていることは顔を見なくたってわかってしまう。
「シャロンが悪いんだ……そんな風に……泣くな……」
優しく唇を重ねられる。
どうして? 酷いことをするくせに、時々優しくなるの?
乱暴な指が引き抜かれ、驚くほど優しく抱きしめられる。
「シャロン、ちゃんと力を抜け。痛むぞ」
気遣うような声なのに、これからもっと酷いことをすると言っている。
殿下はいつだって身勝手で、シャロンの答えを待ってくれない。
「殿下……ごめんなさい……もう、許して……」
怖くなって許しを請う。けれども彼はそれを受け入れてはくれないだろう。
「怖いから謝れば済むと思っているのか? シャロン……俺はお前のそういうところに怒っているんだ」
怖いことを言っているのに、彼の声はどこか優しい。
「今のお前……すごくかわいい……」
突然漏らされた言葉の意味を理解できなかった。言葉を理解するよりも先に強い痛みを感じる。
急激に押し広げられた異物感が腹の中を圧迫する。
「いっ……痛いっ……殿下ぁ……痛いよっ……」
子供のように泣きながら、酷いことをしている彼を見上げることしかできない。
内壁を強引に進まれる。強い圧迫感で苦しい。
「くそっ……狭い……」
不機嫌な彼に強引に顔を掴まれた。目を逸らすなとでも言うように。
「締めすぎだ……」
不機嫌そうに文句を言って、また深く口づける。
絡められた舌が、口の中を撫でて……全身が痺れていくようだ。
自力で立つことすらできない体は強引に壁に押しつけられ、ただ彼の与える痛みを受け入れることしかできない。
とても痛くて怖い、はずなのに、口づけで痺れた体は、徐々に鈍くなる痛みを受け入れている。
熱い。全身が熱っている。
彼の強引な口づけは頭を蕩けさせ、奧がじんじんと熱くなる。
「んんっ……殿下っ……もっと……もっと酷くして……」
どうしてそんなことを口走ってしまったのか、シャロン自身にもわからない。ただ、この鈍い痛みが、奧から沸き起こる熱がもっと欲しいと求めている。
「くそっ……シャロン……こんな時に……そんなことを言うな……」
苦しそうな彼は、更に不機嫌そうに乱暴な口づけをくれる。
意識がふわふわする。できることなら彼にしがみつきたい。けれども、枷がそれを阻む。
乱暴な侵入者は湿った音を響かせながらシャロンの奧を叩く。
痛いはずなのに、それをもっとと求めている。
「んんっ……いっ……いっ……」
最早言葉にならない声だけが漏れる。
「……んんっ……くそっ……もうっ……」
強引に突き上げられシャロンはのけぞる。
熱い。
白くなりそう。
意識が飛ぶ寸前、とくとくと波打ち熱い物で満たされたような気がした。
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