グレイレディ

ROSE

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グレイレディ

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 料理、看板、お店、路地。
 歩く猫、鳥、花。
 目に入った可愛いをとにかく写真に収める。ハッシュタグを付けて投稿。みんなやっている。
 とにかく可愛く、埋もれないように。目立ちたい。そんな人達が溢れかえっている時代だ。
 奈緒なおもそのひとりだった。
 学校帰りにチェーン店の新作メニュー。休みの日はちょっと背伸びして高いお店で料理の撮影。
 カワイイはお金が掛かる。 
 でも、課金しないと埋もれてしまう。
 女の子の世界は、カワイイは戦場だ。みんなニコニコ褒め合ってマウントし合っている。フォロワーの数、いいねの数はそのままカーストに直結しているようなものだ。
 ダサい子は仲間はずれ。
 誰も口にしなくたって肌で感じている。
 モデルと同じ靴、同じ服。美容室には毎月通うしヘアアイロンもプロが使っているのと同じ物を。
 お金が掛かる。
 けれども必死の努力の甲斐があり、奈緒はなんとか学校で上位三人のフォロワー数を確保している。
 数フォロー上等。水増しだってする。
 とにかく、仲間はずれにされないように必死だった。

 その日も美香みかと一緒に買物に出かけていた。地元にようやくやって来た話題のカフェと、全国的にそこそこの知名度があるご当地キャラクターの限定ピンバッジが目当てだ。
 ご当地キャラクターのピンバッジは募金付き。買うだけでなんだか社会貢献しているような気分にさせてくれるし見た目もカワイイ。フォロワーの反応に期待できなくても通学鞄に付けておけば教師からの反応はいい。担任はとにかく社会貢献だとかそういうのが好きな人種だ。
 目当てのピンバッジはそこそこ人気だったらしく、駅ナカの土産物屋に行ったときには残り二つになっていた。ちょうど美香と二人分。運がよかったねと二人で笑う。
 駅前で自撮り。ついでに生まれるより前から設置されているだろうレトロなポスターの前で記念撮影。
 ハッシュタグを付けて投稿。
 通知音が気持ちいい。
 そう思って通知の数を確認しようとした。
「え?」
 ついさっき撮った写真。
 窓の向こうに奇妙な人影が写っていた。
 背が高い。とても背が高い女性だ。長い髪で、顔はよくわからない。
 駅の後ろは公園になっているから人が写っていてもおかしくはない。
 けれども、ついさっきの写真だ。窓の向こうを確認しても誰も居ない。
 この一瞬でどこかに立ち去ったのだろうか。
 けれども、こんなに背の高い女性が居たら目立ちそうだ。
 たまたま。偶然映り込んだだけかもしれない。
 気を取り直して他の写真の通知も確認する。
 気持ち悪い。
 せっかくいい気分だったのにどんどん気味の悪さが加速する。
「美香、これ……」
 思わず美香を呼ぶ。
 今日投稿したどの写真にもあの女が写り込んでいるのだ。
 今朝の靴、空、待ち合わせのポスト、ピンバッジ、駅。
 全ての写真にあの女が写っている。
「なに? またフォロワー増えた自慢?」
 美香が呆れた様子でスマホを覗き込む。
「違う! この人! 今日の全部の写真に居るの……」
 自宅で撮影した靴にも、家を出てすぐの空にも。
「は?」
 美香は明らかに「なにいってんの?」という表情で、スマホを奪い取った。けれどもスクロールしていくうちに表情が変わる。
「……なにこれ……悪戯、じゃないよね?」
「こんな悪戯しないって」
 美香の目の前で撮影して投稿したのにそんな加工する暇なんてない。
 気持ち悪い。
 もしかしたら自分のスマホがおかしいだけなのかも。そんな風に考えたくもなる。
「ねえ、美香のアカウントで見てもこの人写ってる?」
「え? やだ……確認しろって?」
 美香は心底嫌そうな顔をして、スマホを返してくる。それからしぶしぶという様子で自分のスマホを確認した。
 そして無言で画面を見せてくる。
「……ってことは……他の人にも見えるってことだよね?」
 はっきりとあの女が写っている。
 それに通知がどんどん増えていく。
 つまり、みんな面白がっている。
 やらせだとか否定的なコメントもたくさん入るのだろう。
 問題は、家からずっとこの女が映り込んでいるという事実だ。
 この女は奈緒と一緒に写るのか、奈緒のスマホで撮影した場合だけ写り込むのか。
 奈緒はおそるおそる公園にカメラを向ける。
 誰も居ない。
 居ないことを確認してシャッターを切った。
 思わず、スマホを落としてしまう。
 画面には、はっきりと髪の長い彼女が映っていた。

 折角だからと、ハッシュタグを付けて投稿してしまった。
 たくさん反応をもらえたけれど、それ以降彼女は写らなくなった。
 フォロワーから教えられた話だと世界各地で似たような現象があるらしい。
 目立ちたがり屋が写真に写り込む。
 きっと彼女も必死だったのだろう。誰だって仲間はずれは嫌だから。
 一瞬で拡散され、数日も経たないうちに忘れ去られる。
 毎日、その積み重ねなのは奈緒も同じだ。
 そう、考えると妙な親近感のようなものを抱いてしまった。
 
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