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15 なんでもない関係
しおりを挟むアンバー不在の城内は静か過ぎて困惑するほどだった。
デラと二人、時々クレムが庭の手入れに来る程度で、毎朝の新聞配達員とたまに訪れる郵便配達員以外の来客すらない。
デラはいつもよりも仕事が少ないからか、ゆとりある時間でジャムを煮たりいつもよりも手の込んだお菓子を作ってくれたし、一緒に料理をする時間も楽しいものだった。それでも、いつも一番に喜んでくれるアンバーの存在がないのは寂しい。
「ああ、このジャム、すごく美味しいよ。パンによく合う」
寂しさを誤魔化すように明るい声色を作る。けれども、デラはきっと見抜いているのだろう。微笑んではくれるけれど、やはり彼女も寂しそうだ。
「アンバーもきっと喜ぶよ」
「そうね。戻るまでに何種類か用意できるといいのだけど」
クレムが庭で育てた木苺はジャムにできるだろうか。林檎のジャムもいい。
アンバーはなにかと健康に悪そうなものを好む傾向があるけれど、デラの作るジャムは健康的に見える。
「デラのジャムと搾りたてのジュースがあればアンバーも健康になるよ。おいしいから」
浮き沈みが激しいアンバーだっておいしいものをたくさん摂取すればきっと元気になる。
そんな考えは希望でしかないけれど、ダニエルが考えられる励ましはその程度だった。
「そうね、ダニーが誘ってあげたら、アンバー様もすぐ元気になるわ」
デラの気遣いなのだろうか。
出発前、少しだけ距離を感じてしまったダニエルとしては、本当にそれでいいのかと不安を抱く。けれども、デラがそう言うのならば間違いないのだろうという、アンバーと長い時間過ごしてきた人間の言葉に説得力の重みを感じる。
「うん。じゃあ、アンバーが帰ってくる日に備えて、もっとジャムの種類を増やそう。あと、デザートのレシピも極めたいな」
デラと一緒に料理をする時間は楽しいから、アンバーのためという名目でつい、そんな提案をしてしまう。
料理に集中しているときは余計なことを考えなくて済む。それに、デラだって多少の気晴らしになるはずだ。
そんなダニエルを見抜いたのか、デラは優しく笑みを見せる。
「そうね。ダニーが一緒に作業してくれるなら、力作業は全部お願いしちゃおうかしら」
「任せて。デラに力仕事なんてさせたら帰ってきたアンバーに怒られちゃうから普段の倍は仕事するよ」
くすくすと笑うデラを見て、肩の力が抜けるような安心感に包まれた。
アンバーからの連絡は、短い電話が一本だけだった。
彼の性格を考えれば毎日長電話がかかってくるのではないかと期待していたのに、長い留守の中、たった一回きりの電話、それもデラが出てしまい、ダニエルは声を聞くことすら出来なかった。
別にアンバーの恋人でも兄弟でもないし、本当の家族でもないのだから不思議でもないはなしなのに、なんとなく傷ついてしまう。
なんでもない関係。
普通ではない関係。
アンバーは恩人なのであってそれ以上の存在ではないのだ。
「アンバー様は明後日お帰りになるそうよ」
「よかった。無事だったんだね。あんまり連絡がないから本当は少し不安だったんだ」
ほんの五分も会話していなかっただろうデラも、どこかほっとした様子だ。言葉には出さないだけで、彼女も長く離れたアンバーを心配していたのだろう。
「一緒にとびきりのごちそうを用意して驚かせようか?」
「そうですね。デリバリーに負けないように気合いを入れましょう」
何を用意しようか。二人で計画するのは子供の頃に悪戯の相談をした時のようにわくわくする。
こういうサプライズは嫌いじゃない。むしろとびっきりのサプライズを用意してアンバーを驚かせたい。
アンバーはいかにも体に悪そうな食べ物が好きだし、甘い物も大好物だ。
ミートパイや特大のピザ、カラフルなケーキを用意して、部屋も飾り付けよう。
そう、決めると急激に体が軽くなったような気がする。
「ダニー、買出しを頼みますよ」
随分と長い買い物メモを作ったデラが送り出してくれる。
その表情は、二人で過ごしたこの短くない期間の中で一番明るいものに思えた。
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