ベストフレンド

ROSE

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14 期待と不安が揺れ動く

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 生前葬を終えたアンバーは、敷地内にジュリエットの柩を埋葬し墓標を立てた。
 金持ちの道楽と言われてしまえばそれで済まされてしまいそうな行動だが、ベンとクレムが交代で手入れをするらしいことからも本当に墓として扱うようだ。
 気がかりなのは墓の手入れ係にダニエルの名は挙がらなかったことだ。
 避けられているという程ではないが、あの葬儀からなんとなく距離を感じるようになってしまった。
 別に避けているわけでもない。
 ただ、アンバーと視線が合うことが減り、スキンシップも殆どなくなってしまったように思える。
 そこに寂しさを感じる自分自身がどんな感情を向けての寂しさなのか。ダニエルは未だに理解することができない。なんとなく胸の奥で感情の整理がついていないのだ。
 仕事はいつも通り。城の中を掃除したり、料理を手伝ったり。
 就職活動もいつも通り。つまり門前払いだ。
 そんな中だ。

「ダニー、僕は暫く留守にするよ。君は……好きにしていい。僕の居ない間に出て行きたかったら出て行ってもいいし、デラといつも通り過ごしてくれてもいい」
「暫くってどのくらい?」
 急な出張だとかそう言ったことも考えられるけれど、アンバーの様子を見るとそうではなさそうだ。期待と不安を天秤に乗せてゆらゆら揺れ動いているような状態に見える。
「うーん、一ヶ月くらいかな? 状況によってはもう少しかかるかも」
「ジュリと別れるの?」
 思わず、そう訊ねてしまったのはなぜだろう。ダニエル自身にもわからなかった。
「もう別れたよ。ジュリは死んだんだ。僕が殺した」
 そう言うアンバーの感情が読めない。後悔が完全にないわけではないのだろう。けれども自分の決意を否定することもなさそうだ。
「ダニー、僕は僕を愛したいんだ」
「それは勿論。アンバーが愛されるべき人間だってことは僕もよく知っている」
 けれども、ジュリを否定してしまったアンバーはきっと自分自身を否定している。
「君にとって必要なことだとは理解しているつもりだよ。でも……ううん、余計なお節介だね。忘れないで。君は僕のヒーローだ。これからもずっとね」
 こんな励ましの言葉が役に立つとは思えないけれども言わずにはいられなかった。
「……ありがとう、ダニー。君がいてくれると心強いよ」
 アンバーは力なく笑う。そして。
「さっきは君の好きにしていいって言ったけれど……君が僕の帰りを待っててくれると嬉しいな。勿論……無理強いはしないよ」
 無理強いはしないと見上げたアンバーが、どこか不安気に見える。
「勿論、君が望んでくれるなら僕は君の帰りを待ってるよ。普段手の回らない場所までピカピカにしてね」
 ダニエルが笑ってみせれば、アンバーはほっとしたように息を吐く。
「うん、約束だよ」
 そう、笑って見せた彼はやはり少年のように見えた。

 行き先は聞かず、荷造りの手伝いもなかった。
 ベンがアンバーに同行し、暫く留守になるという非常に不用心な話を聞いたときは驚愕したが、それだけ信頼されたのだと思うと誇らしい気分になった。
 二人が留守の間、デラを護る役目を得たのだ。アンバーが家族同然に大切にしているデラを護る役目を。
 つまりアンバーもベンも完全にダニエルを信用してくれているのだ。
 結婚詐欺に遭って全財産も仕事も失ってしまうようなダニエルを。
 その信頼をこそばゆく感じ、喜ぶと同時にこんなにもあっさりとダニエルを信頼してしまうアンバーとベンを不安に思う。彼らこそ悪い人間に騙され、利用されてきたのではないだろうか。
 アンバーのを考えると多くの悪意に触れてきただろう。そして、彼の結論はジュリとの決別だったわけだが、その結論が本当に彼自身にとってよいことなのか。最適な答えなのかはダニエルには判断出来ない。
 ただ、かつてアンバーと同じような境遇の人が数年後に自分の答えに後悔する場面に遭遇したこともある。
 もっと悪いのは、安易にその手助けをしたことにより大切な家族を失ってしまう場合だ。
 アンバーは念入りに準備をする人間だろう。自分の結論の為に相応しい手段を選んでいるはずだ。
 そう信じたいのに、不安ばかりが胸の奥に広まっていく。
 その不安を見抜かれたのだろう。
 旅行鞄を手に、出発準備をしたアンバーが少年の様な笑みを向け、ダニエルの手を握った。
「そんな顔しないで。ちゃんと帰ってくるから」
「アンバー……」
「留守は頼んだよ。デラが心配だったんだ。でも、ダニーが居てくれるなら安心だよ」
 どうしても、無理矢理作った笑みに見えた。
 本当はアンバー自身が怖がっているのだと思う。
 いつか夜に泣いていたアンバーを思い出してしまう。
 病気じゃないのに手術をするのが怖い。
 それで命を落としてしまった人も、ダニエルの周囲には居たのだから余計に心配になってしまう。
 それでも、アンバーに願いを叶えて欲しい。
「僕に出来ることは留守の間に完璧な掃除をすることと、アンバーの無事を祈ることくらいだけれど、帰ってくるときは連絡してね。デラと一緒にご馳走を用意して待つから」
 自分の声色はちゃんと明るくなっていただろうか。
 不安が表に出ていないだろうか。
 ダニエルは自分の呼吸ひとつにさえ不安になってしまう。
「うん。約束だよ」
 そう、アンバーが笑顔を見せた。
 それがどのくらい本心なのかは読めない。
 けれども、少年の様な彼に救われたことは確かだった。
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