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13 ジュリエットの柩
しおりを挟むあの少し不快なパーティーから一週間ほど経った。
珍しい来客を迎え、城の中は妙な緊張感があった。
ただアンバー一人が妙な浮かれ具合を見せ、客人である牧師が困惑していた。
「本当によろしいのですか?」
「勿論、依頼しているのは僕の方だ。それに、最近は『生前葬』というのも流行っているのだろう?」
困惑する牧師にアンバーはそう続ける。
生前葬?
ダニエルは自分の耳を疑った。
「では詳細をお伺いしましょう」
牧師は困惑しきった様子で、それでもアンバーの要望を叶えようと詳細を聞くことにしたらしい。
二人はそのまま書斎に入ってしまい、ダニエルは詳細を聞くことが出来なかった。
が、城の中が妙であることは感じ取った。
ベンもデラもダニエルにはなにも知らせていない。
けれども裏庭に妙な覆いがあったり城の中で慣れない香の匂いが漂っていたりする。
「デラ、なにか聞いてる?」
白い花が入った籠を抱えて歩くデラを捕まえて訊ねる。
「……葬儀の準備を進めています。その……あくまで簡易的なもので……アンバー様の要望です」
デラの言葉にまさかと思ってしまう。
アンバーは自分の葬儀の準備をしている?
そう考えた途端、ダニエルは強い不安に襲われる。
どこか儚い空気を纏ったアンバーはある日突然消えてしまいそうに感じることがある。
まさか消えるための準備を進めているのではないだろうか。
考えたくないのに、そんな考えが脳を支配しようとした。
ダニエルは思わず裏庭に飛び出す。覆いの中がどうしても気になってしまった。
周囲を見渡し、誰かに見られていないか確認してしまうのは疚しい気持ちがあるからなのだろうか。
その覆われた空間には立派な柩と大きな写真枠があった。
枠の中の写真は、少し不機嫌そうな表情をしているけれど整って……愛らしい印象の少女。アンバーとよく似た少女に見えた。
柩の蓋に【ジュリエット】と名が刻まれている。
これだけ見ればダニエルは理解出来てしまう。
アンバーは過去を捨てる決意をしたのだ。ジュリエットを捨ててアンバーとして生きるのだと。
「ああ、ダニー、ここにいたんだ」
突然響いた声にダニエルは飛び上がりそうになった。
別に秘密を探ろうとしていたわけではないといくつかの言い訳を考えたけれど、言葉が出てこない。
「驚かせちゃったかな? でも、あまり深く考えなくていいよ。ただ、僕の中で踏ん切りをつけるためのお葬式だから」
アンバーは明るい口調でそう言う。けれどもダニエルはそれだけの理由とは思えなかった。
「アンバー、本当にいいの?」
ジュリエットを捨てるということは、アンバーが自分の過去を捨ててしまうといいうことだ。自分の愛せない部分に対する否定。そんな感情を表しているように思えた。
「うん。僕にとっては必要なことだよ。だって、ちゃんとジュリとお別れしなきゃ、僕は僕を愛せそうにないもの」
表情ばかりは笑顔を作っているのに、アンバーが苦しんでいるように見える。
「ねぇ、ダニー。もし、迷惑でなかったら、君の記憶の片隅に、かつてジュリという少女が居たことを残しておいて欲しい。女の子の格好をさせられるのが大嫌いで、お人形遊びよりもラジコンカーで遊びたがった女の子だ。ヴァイオリンの稽古が嫌いでね、木登りしてわざと指を怪我しようとするような子だったよ」
まるで故人を偲ぶかのように思い出話を始めるアンバー。
彼はジュリエットを他人として語っている。
「そのジュリって子は、少年みたいで、困った人を放っておけない優しい子かな?」
「ふふっ、そんな風に見てくれる人もいたかもね」
アンバーは笑う。
「正直、僕はジュリのことを完全に理解出来ているわけではないと思う。でも……友達に恋しそうになるような危うい子だからね。ジュリが僕の生き方の障害になってしまうように感じたんだ。だから……ジュリには眠ってもらおうと思って……僕って、酷い人間かな?」
まるで反応を恐れるように問われ、ダニエルは困惑する。
「それは、君とジュリが考えることだよ。少なくとも、詐欺に遭った僕の意見を参考になんてしちゃいけない」
まだ恋愛の話を真っ正面から受け止められるほどは立ち直れていないのだと思う。
なにより、ジュリが恋する友達のことを聞いてしまうのが怖かった。
それは、つまりアンバーが恋する相手に繋がるわけで……。
そう考え、ダニエルは自分の思考に驚く。
アンバーの口から恋する相手の話を聞くのが怖い。それはつまり、アンバーに恋人が出来ることに怯えているようだ。
どうかしている。
アンバーは恩人で、友人だ。けれどもそれ以上の関係ではない。
そんな関係になってはいけない相手。たぶん無意識のうちにそう考えてしまっている部分がある。
彼は恩人で、特別な友人。そして、家族のような存在。
その関係を壊したくない。だから、アンバーに恋人が出来てしまうことを恐れている。
「ダニー、僕を傷つけないように気を遣ってくれているんだね。でも、あんまり自分の過去を冗談に使わないで。それって、本当は傷ついている自分をもっと傷つけることになっていると思うから」
気がつけば、アンバーが目の前に立っていた。そして、ダニエルの手を握る。
「ダニーが居てくれてよかった。いつも心強く感じるよ」
ぐいっと、手を引っ張られる。ダニエルはそのまま姿勢を崩してしまい、アンバーの方へ引き寄せられた。
ぶつかる。
思わず目を閉じそうになった瞬間、唇になにかが触れた。
それは瞬きよりも短い時間だったと思う。けれども柔らかな感触が唇に熱を伝えた。
「……アンバー?」
一体どういう考えでこんなことをしたのだろう。
驚いてアンバーを見れば、困ったような表情で笑う。
「……ごめん。友達にすることじゃなかったね」
そう口にしたアンバーは今にも泣き出しそうに見えた。
いや、ジュリエットなのだろうか。
少女と少年がせめぎ合うような不安定さが滲み出ている。
「さよなら、ジュリエット」
アンバーは少女の写真に向かってそう言うと、ダニエルに背を向けた。
「あとは、牧師と進めるから……ダニーは好きに過ごしてて」
弔問客は招いていないよと、どこか突き放そうとしているようにも感じた。
一体、何を考えているのか。
ダニエルにはアンバーの考えが読めない。
ただ、いたずらにしてはやり過ぎて、アンバー本人も自分の行動に驚いているように感じた。
「……僕は……どんな顔をすればいいのかな?」
特別な友人だけれども、そういう関係ではないと、そういう関係にはなれないと思っていた。
なのに。
魔法にかけられてしまったような気分だ。
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