ベストフレンド

ROSE

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11 お願い

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 ダニエルが庭で草刈りをしていると、アンバーがブランコに腰を下ろした。
「ねぇ、ダニー」
「なに?」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
 アンバーは少しだけ躊躇うように口にした。
「珍しいね。僕に出来ることなら喜んで」
 わざわざお願いがあると口にするなんて深刻なことなのだろうか。
 ダニエルは少しだけ身構えた。
「あー……従姉妹の誕生日パーティーがあるんだけど……同伴者が必要で……あー、いつもは女の子を頼むのだけど……その……」
 前に言っていた上手くいっていない親戚だろうか。
「僕でいいの?」
 正直自分は場違いだろうと思ったが、少しでもアンバーの力になりたいダニエルはそう訊ねた。
「え? 来てくれるの?」
 同伴の誘いだと思ったのに、アンバーの方が驚いた表情を見せる。
 どうやら誘われたと思ったのはダニエルの早とちりだったらしい。
「そっか……うん。ダニーが来てくれるなら心強いな」
「あー……もしかして、僕は勘違いしていた? 君が僕を誘ってくれたのだと思って」
「誰か紹介して貰おうと思ったけど、ダニーが来てくれるなら凄く助かるよ」
 アンバーはくたびれた笑みを見せる。
 どうやらダニエルに声をかける前に嫌なことがあったらしい。
「僕でいいなら喜んで。とは言っても、君の親戚が集まる場に僕みたいなのが同行して迷惑にならないかな?」
 アンバーの親戚ということは皆家柄のいい人ばかりが集まるのだろう。そうなると、ダニエルみたいなゲイで、いかがわしい店で働いていた一文無しは歓迎されない。
「ダニーが一緒だと僕は凄く心強い。でも……確かにみんなダニーのことを悪く言うだろうね。ダニーが悪いってことじゃないよ。僕が……さっさと結婚相手を探して生きれば済む話だ」
 アンバーは溜息を吐く。
「なら、僕が女らしく歩けばいいかな?」
 ハイヒールとドレスには慣れている。踵を浮かせてドレスをたくし上げるような仕草で歩いてみせればアンバーが笑う。
「もうっ、ダニー……本気?」
「僕が居たクラブにはゲイと女装した男がたくさん居たからね。あー……僕も、時々……いやぁ……わりと女装してた」
 長身なのに高いヒールを履くから迫力があると言われていた頃を思い出す。
「ヒールで踊れなきゃ生き残れない店だったの」
「……想像出来ないな。でも、僕のためにそこまで無理しなくていいよ。ダニー、タキシードを仕立てよう。ジャスパーなら一晩で仕立ててくれるから」
 ダニエルは目の前ですぐに手配するよと言い切ったアンバーに、あのデザイナーはアンバー以外の仕事がないのではないかと心配になった。



 サイズは先日スーツを仕立てたときに把握しているのである生地を使って仕立てると、翌朝には本当にタキシードが届きダニエルは驚いた。
「ジャスパーってデザインに品があるけどそれ以上に仕立ての丁寧さと素早さが好きなんだよね」
「確かに……一晩でここまで出来るとは思わなかったよ」
「数さえこなせば作り慣れた形にそう時間はかかりません」
 誇らしげなジャスパーにダニエルは心の中でそっと拍手した。
 ここまでの技術を身につけるために彼はどれだけの服を仕立てたのだろう。
 いつか給料を貯めて自腹で彼の服を買おうと決意した。
「ジャスパーも支度があるのにありがとう。助かったよ」
「いえ、アンバー様のためならいつでも喜んで」
 ジャスパーからはアンバーに対する好意を感じる。それが恋愛的な感情なのか、尊敬なのか友情なのか。ダニエルには判別できない。
 ただ、僅かに自分が入り込めない関係が居心地悪いと感じてしまった。
「ジャスパー、この先も紳士服一本でやってくの?」
「そうしたい気持ちが大きいのですが、やはり多少は婦人服も仕立てられなければ生き残れないでしょうね。知り合いがを専門に活動しているのですが、やはりそう言った特殊性を強みにできるのは婦人服ブランドの方でしょうね」
「ふーん」
 自分で訊ねたくせに、アンバーは興味がなさそうな返事をする。
「特殊な紳士服って?」
「紳士サイズの……えっと……肉体的に男性が着る婦人服、かなぁ?」
「ああ、つまり僕の仕事着みたいな?」
 そう返すとアンバーは頷く。
 どうやらジャスパーの言い回しが気に入らなかっただけらしい。
「ジャスパー、支援者が誰か忘れてはいけないよ。君の発言は……僕にとって不快だった」
 アンバーが包み隠さず告げるとジャスパーも理解したらしい。すぐに頭を下げる。
「申し訳ございません。配慮が足りませんでした」
「配慮しろとは言っていない。ただ、認識を改めて欲しいだけだよ。腕はいいのにその口で仕事を失いたくはないだろう?」
 アンバーの発言にダニエルは驚いた。
 普段は柔らかく少年の様な印象でどちらかというと穏やかな人間だと思っていた。
 それなのに、失言一つで立場の弱い人間を脅迫するような真似をしている。
「アンバー、大丈夫?」
「……ああ。ダニー……少し頭を冷やしてくるよ。ジャスパー、ダニーの最終確認が終わったら帰っていいよ。代金は後日振り込むから」
 アンバーは落ち込んだ様子で背を向け、どこかへ行ってしまった。
 
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