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10 詐欺に遭った直感のようなもの
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ジャスパーの店からスーツが届いた。
それまでの間にもアンバーの浮き沈みは激しかったが、それでも仕事は順調だと言っていた。
仕立てられたスーツを試着しろと言われ、部屋でフィット感を確認すると五着とも素晴らしい仕上がりだった。これだけあれば毎日スーツを着ても問題ない。それにネクタイやシャツ、ハンカチまで揃えてくれたらしい。
全ての品を確認しアンバーに礼を伝えようと部屋を出ると、どうやら来客があったらしい。
「ああ、ダニー、ベンに書斎までお茶を持って来てと伝えてもらえるかな? 打ち合わせが少し長引くかもしれないから、ランチはデラと二人でカフェにでも行くといいよ。僕は必要ならデリバリーを注文するから」
そう言うアンバーの後ろには背が高くアンバーには負けるけれどそれなりに上等なスーツを着た男が居た。かっちりと整えられた髪と作られたような笑顔。きっと歯並びは完璧に矯正したのだろう。靴も時計も一級品。
「……弁護士?」
ダニエルは思わず訊ねた。
「うん。事業のことでね。あー、そう、何人か弁護士を雇っておくのは普通のことさ」
アンバーは無理矢理作ったような笑みを見せる。
雰囲気からして男はアンバーの恋人には見えない。
彼にとってあまり楽しくはない打ち合わせなのだろう。もしかすると上手くいっていると言っていた仕事は本当は上手くいっていないのかもしれない。けれどもそれはダニエルが口出しすることではない。
「そうなんだ。じゃあ、僕はデラを誘ってランチに出かけるよ。あー、帰りは少し寄り道した方がいいかな?」
「寄り道してくれるなら、雑誌を買ってきて欲しいな。僕がいつも読んでいるやつはデラが知っているから」
「わかった。じゃあ、夕食で会おう」
そう言ってアンバーと分かれる。礼を伝えるのは後にしよう。
そこでダニエルは気がつく。
あの弁護士がアンバーの恋人ではないと思ったとき、なぜか安心したのだ。
まさか。一度詐欺に遭った直感のようなものだろうか。
ああいう男がアンバーに近づくのは財産目当てに違いない。
一瞬でそこまで考え、ダニエルは自分を恥じた。
海の外からやってきたカフェチェーン店は若者達で賑わっている。学生が多いことで今日は休日だっただろうかと思いつつ、席で待つデラの分もパイを運ぶ。
ミートパイが人気の店だ。売れなかった時代によく世話になったなと思いつつ、過去の知り合いと遭遇しないか不安になる。
「デラ、本当に同じのでよかった?」
「はい。ここのパイはおいしいですから」
デラ曰く、下手なレストランに入るよりは海外から入ったチェーン店の方がおいしいらしい。
「アンバーもこういう店に入ることがありますか?」
まだ、デラとの距離感が掴みにくい。
アンバーはずっと昔からの友人みたいに振る舞ってくれるし、それを許してくれる。デラも、気楽に話しかけても怒りはしないけれど、彼女は少し堅苦しく感じる。
「アンバー様は……ええ、肩の凝りそうなレストランは嫌いだと。そうでなければキッチンに折り畳み椅子を置いて食事をしたりしませんよ」
彼女が笑うのは大抵アンバーの話をする時だ。アンバーもデラを大切にしている。きっと長い付き合いなのだろう。
「アンバーは不思議な人ですね。ずぶ濡れだった僕を拾うし、家の中でもかっちりした装いのくせにソファーに寝転んだまま本を読んだりデリバリーのピザを食べようとしたり。しっかりしてそうなのに蜘蛛を見てパニックを起こすし」
彼が優しい人なのはよくわかる。それでも変わっていると感じてしまうのも事実だ。
「お優しい方ですので困っている人を放っておけないのでしょうね。私が事故で足を失った時も欠かさず見舞いに来てくださり、義足を用意して下さったのもアンバー様です」
慌てたアンバーが涙を堪えながら見舞いに通う姿が目に浮かぶようだった。
彼のことだから大切なデラのためにたくさんの情報を集め、一番腕のいい職人に作らせただろう。
「アンバーはデラのことをとても大切な家族だって。勿論、ベンのことも」
「あの方は、そうですね。でもダニー、あなたもアンバー様にとって特別なのだと思いますよ。あなたがアンバー様の世話になり続けるのを申し訳ないと感じていることは知っていますし、新しい仕事を探していることも知っています。あなたが新しい生活を望むのであればその応援をしたいと思っています。ですが……アンバー様がよく笑うようになりました。ダニー、あなたが来る前のアンバー様は消えてしまいそうな程に塞ぎ込むことが多かったのです。ですから……私はあなたに一日も長く留まって欲しいと思います」
どこか申し訳なさそうにそう口にしたデラに驚く。
てっきり、デラはさっさとダニエルを追い出したいのかと思っていたからだ。
「えっと……僕はてっきりデラに嫌われているのかと……」
「え? 私、そんなに失礼な態度でしたか?」
デラは驚いた様子を見せた。本人は全くそのつもりがなかったらしい。
「ううん。僕の思い込みだったみたい。あー、その、デラが嫌でなければ僕は君と友人になりたい」
そう告げるとデラは笑う。
「勿論」
その答えになんとも言えない安心感で満たされたような気がした。
昼食を終え、書店に寄る。
アンバーが読んでいる雑誌は定期購読しているらしく、デラはそれを受け取っただけだった。経済誌とメンズファッション誌、音楽誌はクラシックのものだった。
もう少し時間を潰すべきか悩んだけれど、デラはあまり長く歩かない方がいいだろう。そう思い、城に戻った。
頑張って手入れをしているつもりが、相変わらず怪奇映画のロケにでも使われそうな廃虚に見えてしまう。
外壁を眺めていると、丁度弁護士とアンバーが出てきたところだった。
「じゃあ、頼んだよ」
「ええ。お任せください。ところで……そろそろそのスーツの裁縫師を紹介して頂けませんか?」
「だーめ、贔屓の仕立屋はそう簡単には明かせないよ」
アンバーが悪戯っぽく笑う。
弁護士と随分親しそうに見えた。
「あ、ダニー、デラ、おかえり」
ダニエルたちに気づいたアンバーが手を振ってくれるけれど、なんとなく胸の奥がざわついてような気分になった。
「ただいま」
その返事が正しいのか、ダニエルには自信がない。
けれどもアンバーはどこか満足そうに頷いて、それから弁護士を見送った。
「仕事の話は終わり?」
「うん。だーかーらーっ、夕食はパーティーだっ!」
みんなで作ろうとアンバーがはしゃぐ。けれども無理矢理元気に振る舞っているように見えた。
弁護士となにかあったのだろうか。
けれどもダニエルにそれを問う権利はない。
そう自覚して余計に胸の奥がざわついたような気がした。
それまでの間にもアンバーの浮き沈みは激しかったが、それでも仕事は順調だと言っていた。
仕立てられたスーツを試着しろと言われ、部屋でフィット感を確認すると五着とも素晴らしい仕上がりだった。これだけあれば毎日スーツを着ても問題ない。それにネクタイやシャツ、ハンカチまで揃えてくれたらしい。
全ての品を確認しアンバーに礼を伝えようと部屋を出ると、どうやら来客があったらしい。
「ああ、ダニー、ベンに書斎までお茶を持って来てと伝えてもらえるかな? 打ち合わせが少し長引くかもしれないから、ランチはデラと二人でカフェにでも行くといいよ。僕は必要ならデリバリーを注文するから」
そう言うアンバーの後ろには背が高くアンバーには負けるけれどそれなりに上等なスーツを着た男が居た。かっちりと整えられた髪と作られたような笑顔。きっと歯並びは完璧に矯正したのだろう。靴も時計も一級品。
「……弁護士?」
ダニエルは思わず訊ねた。
「うん。事業のことでね。あー、そう、何人か弁護士を雇っておくのは普通のことさ」
アンバーは無理矢理作ったような笑みを見せる。
雰囲気からして男はアンバーの恋人には見えない。
彼にとってあまり楽しくはない打ち合わせなのだろう。もしかすると上手くいっていると言っていた仕事は本当は上手くいっていないのかもしれない。けれどもそれはダニエルが口出しすることではない。
「そうなんだ。じゃあ、僕はデラを誘ってランチに出かけるよ。あー、帰りは少し寄り道した方がいいかな?」
「寄り道してくれるなら、雑誌を買ってきて欲しいな。僕がいつも読んでいるやつはデラが知っているから」
「わかった。じゃあ、夕食で会おう」
そう言ってアンバーと分かれる。礼を伝えるのは後にしよう。
そこでダニエルは気がつく。
あの弁護士がアンバーの恋人ではないと思ったとき、なぜか安心したのだ。
まさか。一度詐欺に遭った直感のようなものだろうか。
ああいう男がアンバーに近づくのは財産目当てに違いない。
一瞬でそこまで考え、ダニエルは自分を恥じた。
海の外からやってきたカフェチェーン店は若者達で賑わっている。学生が多いことで今日は休日だっただろうかと思いつつ、席で待つデラの分もパイを運ぶ。
ミートパイが人気の店だ。売れなかった時代によく世話になったなと思いつつ、過去の知り合いと遭遇しないか不安になる。
「デラ、本当に同じのでよかった?」
「はい。ここのパイはおいしいですから」
デラ曰く、下手なレストランに入るよりは海外から入ったチェーン店の方がおいしいらしい。
「アンバーもこういう店に入ることがありますか?」
まだ、デラとの距離感が掴みにくい。
アンバーはずっと昔からの友人みたいに振る舞ってくれるし、それを許してくれる。デラも、気楽に話しかけても怒りはしないけれど、彼女は少し堅苦しく感じる。
「アンバー様は……ええ、肩の凝りそうなレストランは嫌いだと。そうでなければキッチンに折り畳み椅子を置いて食事をしたりしませんよ」
彼女が笑うのは大抵アンバーの話をする時だ。アンバーもデラを大切にしている。きっと長い付き合いなのだろう。
「アンバーは不思議な人ですね。ずぶ濡れだった僕を拾うし、家の中でもかっちりした装いのくせにソファーに寝転んだまま本を読んだりデリバリーのピザを食べようとしたり。しっかりしてそうなのに蜘蛛を見てパニックを起こすし」
彼が優しい人なのはよくわかる。それでも変わっていると感じてしまうのも事実だ。
「お優しい方ですので困っている人を放っておけないのでしょうね。私が事故で足を失った時も欠かさず見舞いに来てくださり、義足を用意して下さったのもアンバー様です」
慌てたアンバーが涙を堪えながら見舞いに通う姿が目に浮かぶようだった。
彼のことだから大切なデラのためにたくさんの情報を集め、一番腕のいい職人に作らせただろう。
「アンバーはデラのことをとても大切な家族だって。勿論、ベンのことも」
「あの方は、そうですね。でもダニー、あなたもアンバー様にとって特別なのだと思いますよ。あなたがアンバー様の世話になり続けるのを申し訳ないと感じていることは知っていますし、新しい仕事を探していることも知っています。あなたが新しい生活を望むのであればその応援をしたいと思っています。ですが……アンバー様がよく笑うようになりました。ダニー、あなたが来る前のアンバー様は消えてしまいそうな程に塞ぎ込むことが多かったのです。ですから……私はあなたに一日も長く留まって欲しいと思います」
どこか申し訳なさそうにそう口にしたデラに驚く。
てっきり、デラはさっさとダニエルを追い出したいのかと思っていたからだ。
「えっと……僕はてっきりデラに嫌われているのかと……」
「え? 私、そんなに失礼な態度でしたか?」
デラは驚いた様子を見せた。本人は全くそのつもりがなかったらしい。
「ううん。僕の思い込みだったみたい。あー、その、デラが嫌でなければ僕は君と友人になりたい」
そう告げるとデラは笑う。
「勿論」
その答えになんとも言えない安心感で満たされたような気がした。
昼食を終え、書店に寄る。
アンバーが読んでいる雑誌は定期購読しているらしく、デラはそれを受け取っただけだった。経済誌とメンズファッション誌、音楽誌はクラシックのものだった。
もう少し時間を潰すべきか悩んだけれど、デラはあまり長く歩かない方がいいだろう。そう思い、城に戻った。
頑張って手入れをしているつもりが、相変わらず怪奇映画のロケにでも使われそうな廃虚に見えてしまう。
外壁を眺めていると、丁度弁護士とアンバーが出てきたところだった。
「じゃあ、頼んだよ」
「ええ。お任せください。ところで……そろそろそのスーツの裁縫師を紹介して頂けませんか?」
「だーめ、贔屓の仕立屋はそう簡単には明かせないよ」
アンバーが悪戯っぽく笑う。
弁護士と随分親しそうに見えた。
「あ、ダニー、デラ、おかえり」
ダニエルたちに気づいたアンバーが手を振ってくれるけれど、なんとなく胸の奥がざわついてような気分になった。
「ただいま」
その返事が正しいのか、ダニエルには自信がない。
けれどもアンバーはどこか満足そうに頷いて、それから弁護士を見送った。
「仕事の話は終わり?」
「うん。だーかーらーっ、夕食はパーティーだっ!」
みんなで作ろうとアンバーがはしゃぐ。けれども無理矢理元気に振る舞っているように見えた。
弁護士となにかあったのだろうか。
けれどもダニエルにそれを問う権利はない。
そう自覚して余計に胸の奥がざわついたような気がした。
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