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7 八つ当たり
しおりを挟むあの夜から大きな変化があったわけではない。
ダニエルは相変わらず庭掃除と力仕事を任され、デラと少し仲良くなった気がする程度の変化だ。
アンバーはベンと出かけることが多くなった気がする。それと、薬の量も。
前は隠れて飲んでいただけなのかも知れないが、近頃は食事の席で薬を飲むようになった。
薬はベンが管理しているらしく、小皿に乗せられたいくつかの錠剤と水のグラスが用意されているだけなので、ダニエルには薬の名前がわからない。けれども見ているだけで飲むのが大変そうな量に思えた。
「アンバー、そんなに飲んで大丈夫なの?」
思わず訊ねると困ったような表情を見せられる。
「半分はサプリメントだよ」
アンバーはそう答えるけれど、それが真実かどうかなんてダニエルにはわからない。
顔色はあまり回復していないように見える。というよりも、気分の浮き沈みが激しくなっているようだ。
上機嫌に鼻歌混じりでペット特集の雑誌を広げていたかと思えば、気がつけば絨毯の上に寝転んでうじうじとその毛を指で押していたりする。
まだ目に見える範囲に居るときはマシな方で、自分の部屋に引きこもって食事の席にさえ現れないこともあった。
大抵、外出の後、アンバーは落ち込みやすい。
デラに代わって洗濯物のリネンを運び、天気がいいから今日は庭に干そうかなどと考えていると、なにかが割れるような音が響いた。
「僕にどうしろって言うんだ! 好きでこんな風に生まれたわけじゃない!」
アンバーの声だった。
驚いて声の方角を見れば彼の書斎で、部屋の中は随分と荒れている様子に見えた。
彼が物に八つ当たりをする光景を初めて見た。
家族の肖像画に向かってペンや文鎮、ペーパーナイフなどを次々にぶつけている様子だった。
「アンバー、大丈夫?」
もしかしたら今度は辞書がダニエルの方へ飛んでくるかもしれない。けれども声をかけずにはいられなかった。
「……ダニー……ごめん、放っておいて。今……凄く感情的になっているから……」
必死に深呼吸を繰り返しながら、なんとか声を絞り出しているという様子が痛々しく思える。
「誰かになにか言われた? 悪魔祓いでもされそうになったとか?」
「……それ、ダニーの経験?」
「僕じゃないけど、そう言う人も居たよ。そんな彼も今じゃ牧師だ。大丈夫。僕でよければ話を聞くよ」
ダニエルの言葉に、アンバーは少しだけ落ち着きを取り戻し注意を向けた。
「悪魔祓いってほどは酷くないよ。けど、僕にとっては似たようなものかな。見世物にされた気分で……なんだか自分がとっても惨めな生き物になった気がしたんだ」
アンバーは落ち込んだように溜息を吐く。
「話を聞くよ。そっちに行ってもいい?」
「花瓶やカップが割れてて危ないからだめ。僕がそっちに行くよ」
アンバーは室内履きのまま窓枠によじ登り、見た目通りの少年みたいな動きで外へと飛び降りた。
「アンバー、危ないじゃないか」
「へーき。このくらい。それより僕の話聞いてくれるんでしょ?」
駄々を捏ねる子供みたいな表情。今のアンバーは必要以上に子供染みた態度を取っているように見える。
こっち。と手袖を引かれ、ダニエルは大人しくその後ろを歩く。
連れられた先はブランコ付きの大きな木の下だった。
「このブランコ、大人二人乗っても平気かな?」
「どうだろう。僕はそんなに軽い方じゃないから」
「乗ってみる? 怪我をするときは二人仲良く入院だ」
まるで悪戯っ子のような笑みを見せ、それから「早く!」とダニエルの手を引く。
ブランコの幅は二人がけのベンチほどある。背もたれ付きなので横になって本を読むのにも丁度よさそうだ。
しかし、あくまで一人での使用か、子供の使用を想定しているだろう。精々成人女性二人が限界ではないだろうか。
ダニエルは恐る恐る、勢いよくブランコに飛び乗ったアンバーの隣に腰を下ろす。
脊髄損傷なんてことにならないといいなと怯えていたが、意外にもブランコは大人二人分の体重に耐えてくれた。
「意外と大人が乗っても平気なんだね」
アンバーは面白そうに笑う。
「うん。ブランコなんて何年ぶりだろう……」
アンバーが地面を蹴ってブランコを揺らす。
ゆったりとした動きは、ダニエルが子供の頃乗っていたブランコとは違ったものに感じられる。
なんというか、命知らずなスピード感はない。それどころか、ゆったりとした風が吹き、時間の流れが緩やかに思えた。
「たまにはこういうのも悪くないね」
アンバーは笑う。
「そうだね。それで……話したいことはあるかい?」
無理に聞き出したりはしない。
けれども困っているのであれば力になりたいと思う。
普段は穏やかなアンバーがあそこまで取り乱したのだから余程なのだろう。
「……どうしようかな」
「話したくないなら無理に話さなくてもいいよ」
迷っている様子を見せたアンバーは、きっと心の中で大きな葛藤を抱え続けている。
ダニエルに話して問題ないのか。自分の本心はどこにあるのか。そもそも他人に話していい内容なのか。自分の内に留めておくべきなのか。
その感覚はダニエルにだって理解出来る。
かつての自分を思い返せばアンバーの悩みを無理に聞き出したりなどは出来ないのだ。
ダニエルはじっとアンバーが話し始めるのを待つ。
すると、不安そうな手が、ぎゅっとダニエルの手を握りしめた。
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