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6 悪としては不正みたいなもの

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「マヌエラ! あんたなにしたのよ!」

 学級対抗戦の朝、普段通りエドガーの顔を眺めながら朝食を摂っているとルチアが怒鳴り込んできた。
 どうやら本当に私から奪い取った薬を使ったらしい。
「なんの話かしら?」
 お相手はどなたかしらとほんの僅かに心躍るのを隠しながら訊ねるまでもなく、善学級から混乱した声が響く。

「リヒト様が……」
「まずいぞ。今日の試合出られるのか?」
「マヌエラ……相変わらず卑怯な女ね」

 だいたい理解したわ。
 つまり、私から没収した薬をリヒトに使ったのね。可哀想に。
 あれは私が頑張って抽出した『辛酸』よ。いつか勝手におさわりするエドガーに飲ませようと思っていたものだからとってもきついはず。
「解毒薬はどこよ!」
「なんのこと?」
 劇薬だけど、厳密に言えば毒ではないわ。純粋に辛くて酸っぱいだけよ。数日味覚は壊れるかも知れないけれど、死にはしない、はずよ。
「リヒト様が突然悶えて意識を失ったわ! あんたの仕業でしょ!」
「んー? 私はずっとエドガー様と一緒に居たわ。ねぇ?」
 同意を求めてエドガーを見れば当然のように手を握られる。
「ああ。今朝もマヌエラの手料理を楽しんでいる。朝早くから私の為に手料理を用意してくれたマヌエラになにかを仕掛ける時間などなかったよ」
 私の手の甲を親指で撫で回しながら海藻と海老を瓶に入れて振っただけのよくわからないを誇らしげに見せる姿に呆れてしまう。
「エドガー様! そんなものは料理とは呼びません! なんですか。海藻と海老がまるごと入っているだけでしょう!」
 その通りだがルチアに言われるとなぜか腹が立つ気がした。
 一応私が毎日食べている海藻とそこら辺で捕獲した海老だから鮮度はいいのだ。実際、海老は未だ動いている。
「鮮度が素晴らしいのだ。見てくれ。この海老なんか先程から皿から逃げだそうとしている」
 そうね。瓶の中で振られて目を回していただけの海老だものね。
「マヌエラ! あんたエドガー様にどんな魔法を使ったのよ!」
「この男に関しては本当になにもしていないわよ」
 そう。勝手に【恋】だとかいう呪いにかかっただかで、とんでもない盲目になっただけよ。
 やっぱり気まぐれなんて起こさずに溺死させておくべきだったかしら。でもあの辺りで貴族が死ぬと面倒なのよね。
 最早ルチアを無視して過去の反省会を繰り広げる。
「だいたい他人の心を操る魔法なんて卑怯じゃない!」
 私から奪って使おうとした女がよく言うわね。
 目の前の現実に引き戻される。
「卑怯? だって私、悪だもの。使えるものはなんだって使うわ」
 面倒だからこの女の寿命を奪ってやろうかしら。
 そう思ったけれど、この女相手にあのは少しばかり遠慮したい。
 それにエドガーの目がある。今実行してしまえば後々面倒な事になりそうだ。
「理解していないようだから教えてあげるけれど、対抗戦の『試合中』以外は魔法の使用は禁止されていないし、学内では命さえ奪わなければなにも問題無いのよ。それに……なにをしてもバレなければ不正じゃないわ」
 そう。バレなければ。ドーラ先生は余程あからさまな不正でない限りは目を瞑ってくれる。つまり、善学級の先生達が言い逃れできない追求をしてこない範囲の不正は見逃されるのだ。
 悪に必要なのは言い逃れの能力。不正の隠蔽能力よ。
「学校行事よ? 正々堂々と戦いなさい」
「ええ、悪の名にかけて正々堂々と」
 むしろ変化球を使わないなんて悪としては不正みたいなものじゃない。
 ルチアに微笑み、エドガーを見る。
 そう考えればいつでもどこでも真っ直ぐ突っ込んでいくエドガーのような人は変化球を身構えている善学級から見れば非常にやりにくい相手なのかもしれないわね。
 むしろ、いつも正々堂々と善学級よりも善らしい態度のエドガーが本番でなにかしでかすのではないかと警戒している人もいそうだ。
 これを利用すればいいわ。
 エドガーは普段通りでいい。私は絶対なにかをしでかすと周囲に警戒されている。
「ねぇ、エドガー様」
「なにかな?」
 名前を呼ぶだけで尻尾がちぎれそうな毛玉みたいな反応をされると少しだけ居心地が悪くなる。
「あのね」
 耳を貸して、と少しだけ身を乗り出しながら言うと彼は優雅な動きで頭をこちらに近づけた。
「今日の試合だけど」
 吐息を多めに囁けば僅かに身を捩らせる。
 痛いくらいルチアの視線を感じる。
 余程エドガーが欲しいのね。あげてもいいけれど……今じゃないわ。
 この場に居る全員の視線が集まるような気がするのは錯覚かも知れない。けれども……利用価値があることだ。
 私がエドガーに悪知恵を授けているように見える。
「私は少しだけ準備に時間がかかるから、エドガー様は先に会場で待っててくれる?」
 周囲には聞こえないように囁けば、なんとか内緒話を聞き取ろうと耳を澄ませている人達に気がつく。
 面白い。私が少しエドガーをからかうだけでこんなに注目されるのね。
「あ、ああ。わかった。その通りにしよう」
 エドガーは少しだけ困惑したような様子で返事をした。
 なぜこんなことをわざわざ耳元で話す必要があったのか不思議なのだろう。
 けれどもそんな素敵な表情を見せてくれたから、きっと見ていた人達は思うでしょうね。
 今日はエドガーがなにかを仕掛けると。
「ありがとう。エドガー様。今日のあなた、いつもより素敵に見えるわ」
「本当か? ああ、もっとあなたに惚れて貰えるよう努力しよう」
 輝く笑顔を見せられると居心地が悪い。
 やめて頂戴。悪らしくないわ。
 けれども下準備は済んだわ。
 その証拠に、ルチアが騒がしく「マヌエラー!」と叫んだもの。
 
 
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