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2 勝った方が正義

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 決闘演習は魔法以外のあらゆる武器を使用できるエドガーの得意教科だ。
 私はどちらかと言うと苦手。鞭と格闘技で参加しているけれど、嘔吐の治まったルチアにしつこく絡まれている。
 綺麗な金髪に緑色の瞳。裸足でもヒールを履いた私よりも身長があるのも棒きれみたいな細い体も気に入らない。そのうち足が切断されて身長が半分になればいいのに。
 なにより気に入らないのはどう見たって善学級に相応しくないあの性格。きっとエドガーは賄賂で彼女の分の席を買ってしまったのね。
「マヌエラ、よくも授業前に毒を盛ってくれたわね」
「なんの話かしら?」
 盛ったのはリヒトによ。つまり、リヒトの飲み物を勝手に飲んだのがこの女。
 別に構わないけれど、私にいじめられたと架空の罪をでっち上げてくれているのは知っている。ただ、でっち上げる内容がエドガーの考えられる悪事程度なのは私の評判が下がるから止めて欲しい。
「私の服にペンキをかけたのもあなたでしょう?」
 それはエドガーよ。
 婚約者の悪い噂を流しているやつを困らせたいって意気込んだ割に水彩絵具を水に溶かしてかけたの。洗濯で落とせる範囲で。
「ルチア、私がやるならそんな小さなことはしないわ。あなたならよく理解してくれているものだと思ったけれど……」
 悲しそうな表情を作っても睨まれるだけだった。
「だいたい証拠もないのに私を疑うなんて酷いわ。それでも善学級の生徒なの?」
 逆に責めれば黙り込む。
 詰めが甘いのよ。
 そんな会話を広げている間にエドガーの番が来たらしい。
「マヌエラ! 私は必ずや正々堂々この勝負に勝利する! 見ていてくれ!」
 悪が正々堂々勝負だなんて恥ずかしいわ。
 そして毎回名前を呼ばないで欲しい。
 思わずため息が出る。
 お相手はリヒトだ。二人とも武器は剣。リヒトの方は猫だましや煙幕なんかも使うからどう見たって相手の方が悪の素質がある。
 情けない。せめて剣に毒くらい塗っておきなさいよ。
 魔法攻撃は禁止されているけれど、こっそりエドガーの剣をすり替えておく。
 私特製の毒がたっぷりと染み込んだ剣よ。触れただけでパンパンに腫れるの。
 顔でも怪我して恥をかいてくれればいいのに。
「むっ? いつもと剣の重さが違うような……」
 エドガーが一瞬困惑を見せた。どうしてこういう時だけ鋭いのかしら?
 けれどもすぐに開始の合図が響く。
 それと同時に煙幕。リヒトは相変わらず卑怯な手を使うつもりらしい。そうよ。勝てば正義なのだからどんな手段も使うべきよ。
 エドガーにたっぷりと手本を見せてあげてちょうだい。
 心の中で念じながら観戦していたが、あっさりとエドガーの剣がリヒトの急所を突く。
 勿論実習だから死にかけたら肉体保護が発動するのだけど、判定で刺さる瞬間は確かに痛いのだ。
「ぐわっ」
 リヒトが苦しそうな声を上げる。それと殆ど同時に彼の喉がブクブクと腫れだした。
 あ、塗る毒を間違えてたわ。
 ものすごく痒くて痛い腫瘍がいくつも増え続ける毒ね。
「は? なにが起きたのだ? リヒト、大丈夫か?」
 エドガーはリヒトに駆け寄り応急措置を始めようとする。
「……馬鹿……」
 当然、触れればあなたも毒の餌食よ。
 同じ腫瘍が両手に増殖し続ける羽目になったエドガーも悲鳴を上げる。
 カッコ悪い……。
 でも、私の責任よね。
「エドガー様、これを飲んで。ゆっくりよ」
 材料が高価すぎるから本当は売りつけたい万能解毒薬の小瓶を開け、彼の口元に運ぶ。
「触らないでね。その腫瘍、感染するみたいだから」
 感染ではなく毒の効果なのだけど。
 エドガーはおとなしく薬を飲み、時々苦さで噎せる。それでも最後まで飲み干した。
「助かったよ……しかし、あれはなんだ?」
「新手の感染症かもしれないわね。きっと傷口から菌が入るのよ」
 こっそり剣を元のものとすり替える。
 毒剣はリヒトのものと入れ換えておくわ。彼は自滅したのよ。少なくとも、学校の調査ではそうなるはず。
「しかしマヌエラ、よく薬を持っていたな」
「万能薬よ。エドガー様が死にかけた時のために常備していたの。でも、ものすごく高価だから……」
 そこで悲しそうな表情を作る。
 リヒトの分はないのだと。
 痒みと痛みに悶え、暴れているリヒトを見て笑わないのが大変よ。
「いったいなぜこのようなことになったのだ? 彼を医務室に運ばなくては」
「だめよ。先生に任せましょう」
 我らが悪学級のドーラ先生は面白そうに笑うだけで、善学級のフレア先生はあたふたと慌てているだけだ。これはしばらく医務室にすらいけないだろう。
 エドガーの前で私を散々罵ってくれることに恨みはないけど……些細な悪事を私の仕業だと勘違いしてくれていることには恨みがあるのよ。
「マヌエラ……あんたの仕業でしょ?」
 ルチアに睨まれる。
 当然よ。私以外にここまで出来る優秀な生徒はいないもの。
「証拠はあるのかしら? 証拠もないのに疑われるなんて悲しいわ」
 大袈裟に悲しんで見せればエドガーが慌てて割り込む。
「よしてくれ。我が婚約者、マヌエラは素晴らしい女性だ。証拠もないのに言いがかりなど善学級の生徒として恥じるべきではないか?」
 庇ってくれるのは戦略ではなく本心でそう考えているからなのだろう。
 犯人は私よ?
 呆れてしまう。
 ルチアは負けずに言い返すだろうと思ったけれど、意外なことにエドガーに見惚れているようだった。
 確かに……見た目はいいものね。
 なんというか、エドガーは善学級の人間に好かれるのだ。
 それを利用できる頭があれば立派な悪になれるのに。勿体無い……。
 リヒトの腫瘍はどんどん増え続け全身に回る。
 ついでに側にいた生徒にまで毒が飛んだようで被害が拡大し始めた。
「あら……想像以上ね……」
 さすが私。毒薬作りの天才ね。
 とうとうドーラ先生がフレア先生を蹴飛ばして事態の収拾に動く。
 結果今日の授業はすべて中止になってしまった。
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