41 / 41
番外編
さきちゃんのおさいふ
しおりを挟むさきちゃんには【おさいふ】というにんげんさんがいるようだ。
そのにんげんさんは【ひろし】さんと言うらしい。
そのおさいふさんが居るときのさきちゃんは、少しだけ怖い。
「ほら、たいやきさんがお肉を食べたいと言っている! 財布!」
お肉屋さんの前までずるずるとおさいふさんを引きずったさきちゃんは普段とは全く違う厳しい声で彼に命じる。
おさいふさんはなにやら平べったい小さな板をお店の人に渡した。あれはなんなのだろう?
平べったい板はお店の人からおさいふさんに戻されるとき、小さな紙が添えられていたような気がする。にんげんさんの世界のことはまだよくわからないことが多い。
「探偵さん、お刺身、でしたよね? 今日もまぐろでいいですか? それとも違うお魚?」
「そんなまいにちおさしみでなくてもいいよ。たくやさんはやきざかなをたべたいといっていたしね。わたしはみをすこしわけてもらえればそれでじゅうぶんだ」
たくやさんは焼き魚の一番美味しい部分を分けてくれる。
あつあつの身をふーふーはふはふするのも悪くないね。
「……探偵さんは無欲……」
さきちゃんはなぜか感動しているようだった。
「ほら、大志! お魚! いっちばん美味しいの買っていくよ!」
またおさいふさんがずるずる引きずられている。
おさいふさんは少しだけ不満そうな様子を見せるけれど、私と目が合うと這いつくばって地面に額をつけそうな勢いでへこへこし始めるから不思議なにんげんさんだ。
「お魚、なにがいいですか? ホッケ? サンマ? サバもいいですねー。あ、おっきいサーモンもありますよ」
さきちゃんは楽しそうに市場を見渡している。
「……早希、ここは現金しか使えなさそうだぞ」
「政治家センセイは現金くらい持ち歩いているでしょうに」
「……まあ、持ち合わせは……マグロ一本くらいなら買えるか?」
おさいふさんが長財布を確認しながら言う。
マグロ一本は一体猫何匹分の食事になるのだろう? にぼし何本?
てんちょうさんのおみせにだって切り身くらいしか置かれていないのに、あのおさいふさんはまるごと一本買うつもりなのだろうか。
「さすがにマグロ一本は田中さんに迷惑だよ」
「……早希、田中さんへの迷惑は考えられるのに私への迷惑は考えられないのか?」
おさいふさんは不満そうに口にするけれど、さきちゃんはまったく気にしていない。
「お猫様に尽くすことが幸せでしょう? たいやきさんにも、おはぎさんにもおいしいものたくさん食べて欲しいでしょう?」
「それは……そうだが……シュガー様にもお土産を用意しなくては……」
「彼女、にぼし嫌いみたいだけど」
「なっ……」
あのおさいふさんはしゅがーさんの知り合いなのだろうか?
彼女はにぼしが貧乏くさいから嫌いだとよく口にしていた気がする。確か蒸した鶏肉が好きだったような……。
たぶん、さきちゃんが欲しい情報はそれだろう。
「さきちゃん、しゅがーさんはむしたとりにくがすきだよ」
「え? そうなんですか? お肉かー。ささみとかでいいのかな?」
さきちゃんはうーんと考え込む。
どうしてだろう。
さきちゃんが他の猫のことを考えているともやもやしてしまう。
さきちゃんはわたしにとって特別なにんげんさんだから、わたしもさきちゃんにとっての特別な猫でありたい。
そう思うのに、おさいふさんの悪影響を受けてしまっているように見える。
「大志、シュガーちゃんは蒸した鶏肉が好きみたいだけど」
「なに? どこ情報だ? 私の元には入ってきていなかったぞ?」
おさいふさんは慌て出す。
なんだか落ち着かない気分になっていると、さきちゃんが目の前でしゃがんでいた。
「探偵さん、大丈夫ですか? 疲れちゃいました? 抱っこします?」
心配かけてしまったらしい。それを申し訳なく思うと同時に、少し喜んでしまっている自分に気づく。
「では、あまえさせてもらおうかな」
あちらの世界では遠慮してあまり触れてくれないさきちゃんに抱っこして貰える貴重な機会だ。甘えてしまおう。
腕の中で、さり気なく体を擦り付けてもさきちゃんは拒まない。
そうしている間にも、おさいふさんがたくさんお魚やお肉を購入していた。
騒がしいにんげんさんだ。
けれど、彼に疲れてしまったと口にすれば、さきちゃんがたくさん甘やかしてくれる。
そんな狡い考えを持つ自分に気がついてしまった。
0
お気に入りに追加
28
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
異世界は黒猫と共に
小笠原慎二
ファンタジー
我が家のニャイドル黒猫のクロと、異世界に迷い込んだ八重子。
「チート能力もらってないんだけど」と呟く彼女の腕には、その存在が既にチートになっている黒猫のクロが。クロに助けられながらなんとか異世界を生き抜いていく。
ペガサス、グリフォン、妖精が従魔になり、紆余曲折を経て、ドラゴンまでも従魔に。途中で獣人少女奴隷も仲間になったりして、本人はのほほんとしながら異世界生活を満喫する。
自称猫の奴隷作者が贈る、猫ラブ異世界物語。
猫好きは必見、猫はちょっとという人も、読み終わったら猫好きになれる(と思う)お話。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お疲れさまでした。(=゚ω゚=)
ありがとうございます。
また気が向いたときに番外編を追加予定です。
にぼしを食べながら楽しんで頂けたらと思います。
猫好きの私からしたら、主人公がうらやましいです。煮干しを大量に持参して、行き来したいです。(ФωФ)
ありがとうございます。
行ける日を信じて大量のにぼしを常備しておきましょう。