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どこでもなくてどこでもあるから

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 複雑な心境。
 たったこれだけの文字にどれだけの感情を込められるのだろうかと思うほど、悩みに悩んだ。
 探偵猫だってとても勇気が必要だっただろうし、田中さんとたいやきさんが不安そうに見守っているのもなんだか気まずい。
 いや、テーマパークでプロポーズするような断りにくい状況を作っているのだろうか? そんなの、出た瞬間振られるに決まっている。
 また余計なことをごちゃごちゃ考えて、言い訳を探しているなと思わず笑ってしまった。
 その瞬間、三つの視線がこちらに集まった。
「大志と同類にだけはなりたくないと思っていたんだけどなぁ……」
 岬の遺伝子なのかなんなのか。業が深いとしか思えない。
 深く、息を吐く。
 本当はたぶんずっと気づいていた。
 気まずくなったのも、たいやきさんに怒ったのも全部……。
「探偵さんはいつだって穏やかで優しくて……尊敬できる猫です」
 こんな風に濁して誤魔化そうとしている。
 でも、ここはどこでもないばしょでどこでもあるばしょだ。
 つまり。
 私の出す結論が間違いではありませんようにと心の中で石像の女神に祈る。
 とっくに、結論が出ていたと思う。
 だって、別の世界で沢山の猫の中でも彼を見つけられてしまうのだから。
「少なくとも……私の中で探偵さんは特別な存在なんだと思います」
 恋愛対象として見ているかと言われると、微妙寄りのイエス。
 だって猫でなければと何度も考えていた。
 探偵猫は呆けた顔をしている。
「いきなり夫婦はなしですけど……まあ、節度ある交際から始めるのはあり……かなぁと……」
 自分で言ってとても恥ずかしい。
 もう少しマシな言い方はないのか。
 なんだ節度ある交際って。
「……えっと……まずはぶんつうから?」
 困惑したような探偵猫の言葉に、いつの時代だと言いたくなる。
「田中さん、探偵さんに変なこと教えませんでした? 次は交換日記とか言い出しません?」
 確かに昭和チックな商店の前だけれど、さすがにそれはないだろう。
「いいじゃないか。文通。顔を合わせて言いにくいことも伝えられる」
 田中さんは真面目な顔で答える。つまり、彼と付き合う女性は文通から始めさせられるのだろう。
「まあ、いっしょにお出かけしたりとか、ごはんを食べたりとか……そう言うところからお互いのことを知っていくのがいいかなって……」
 しゃがんで探偵猫の目線に合わせようとするけれど、やっぱり四本足の猫は小さい。
 少女漫画みたいなロマンチックな恋愛を望める相手ではないだろうし、親に紹介したら精神病棟に入れられるかもしれない。
 それに、寿命の差はどうしても避けられない……のだと思う。
 けれども。
 ここは人間の世界とは違う。
「つまり、いままでどおり?」
 探偵猫が訊ねる。
「うーん……ちょっと特別、かな?」
 おでかけだとかごはんだとか、今までと一緒かもしれない。
 だけど、私の中での向き合い方が少しだけ変わる。
 それに。
「ここでなら、寿命が終わってもきっと会えるはずですし」
 医者犬のシフォンさんは人間の世界ではもう亡くなった犬のはずだ。
 死後の世界なのか夢の世界なのか。もしかするとそれ自体も曖昧で境界のないものなのかもしれない。
「……探偵さんのこと、前から素敵だとは思っていたんですよ?」
 別に、フォローのつもりではない。
 改めて口にするとなんだかとっても気恥ずかしい。
 探偵猫と目を合わせられない。
 そう思ったのに、目の前の黒猫はぴんと尻尾を立てて硬直していた。
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